ひとひらの言の葉 -6ページ目

ひとひらの言の葉

ふと思うこと

ドライブはいい。
好きな音楽をかけて、気の向くまま、あてもなく車を走らせる。
本当は予定があって出かけたのだけど、そのまま少しぐらい遠出しても何ら問題はないだろう。
流れていく景色を横目に、気ままに車を走らせていて思い出した。
そうか、私はドライブが好きだったっけ。
小一時間ぐらい走っただろうか。
案外スッキリするものだ。

人間の感情というのは常に矛盾だらけである。
忘れたくないけど忘れたい、伝えたいけど言いたくない。
色々な感情をうまくコントロールして、理性的に対応できるようになるのがきっと“大人”という生き物なのだろう。
私は、自分はそれができる人間だと思っていた。
あの人に出会うまでは・・・

世の中には自分と似た人が3人いるという。
あの人は私とよく似ていた。
だから出会えた事はとても嬉しかった。
でも近付く程に苦しくなった。

ドッペルゲンガーは精神を蝕んでいきいずれ死に至る。
私も近付く程に精神が崩壊していくのが自分で分かっていた。
でも一緒にいたいと思ってしまった。
いられるはずないことを最初から分かっていたのに。

私は物心着いた頃から何故か人に頼られる存在であった。
占いにしろ、カウンセリングにしろ『あなたは人を救うためにいる』などと言われ、そんな大それた事と思ったものだ。
でもいつの間にか自然とそんな立場にいることが多くなった。
そしてそのことが私という人間を作り上げていったのかもしれない。
自分では違うと思いつつも、その場所にいることで自分を保っていたのだ。
そうして私自身が救われたこともある。

その反面、自分の好きなことは我慢しながら生きてきた。
もともと人に迷惑をかけるのは好きじゃない。
人を救う立場の人間が間違ったことをしてはいけないと自分の中で正しくあることを決めていた。

でも、やはり私は人間だった。
あの人と出会ってから自分の感情のコントロールがきかなくなり、それが怖くなった。
前に使っていたブログのページは自分の感情を抑えるために閉鎖した。
でもそれは間違いだったようだ。
文章に起こすことで自分の感情を整理していた私は余計にバランスを崩していった。

この間久し振りに記憶を無くすぐらいに飲んだ。
朝目が覚めて、笑ってしまった。
自分がこんなに脆かったことを知らなかった。

忘れたくないけど忘れたい。
今は考える時間を自分に与えないよう仕事や私用も詰め込んでいる。
でも一度壊れた心は戻らない。
今の私には誰も救えない。
そもそも誰かを救えると思うこと自体烏滸がましいのかもしれない。

私はこれからどこへ行けばいいのだろう?

自分に正直に生きたい

 

本当の気持ちに嘘をつき続けて

苦しい思いをするなら

すべてを受け入れよう

 

色々なものを壊してしまうかもしれない

だから守れるだけの強さを手に入れる

 

そうしたら

罪は許されるだろうか

止まない雨はない

だから大丈夫

 

少し日が差してくれば

前も見通せるようになる