ひとひらの言の葉

ひとひらの言の葉

ふと思うこと

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どこからだったのだろうか?
朝、駅に向かう道の途中、金木犀の香りがした。
周りに木は見当たらなかったのに不思議な話だ。
誰かの残り香だったのだろうか・・・

この家に来て2か月が過ぎようとしている。
場所との相性が良かったのか、以前より眠れるようになった。
何より、ここは窓からの眺めが良い。
月がよく見える。

「応援してます」と一生懸命探してくれた不動産屋さんに感謝しなければ。
それに、自分のことのように心配してくれた保険会社の人。
手続きを手伝ってくれた友人。
一歩外に出てみれば、味方になってくれる人はたくさんいた。


後遺症というのは一息ついたころに発症することがある。
長い間、威圧や不安にさらされ続けると、何もない時にふと不安になることがある。
起きてもいないことを想像しては、不安に押しつぶされそうになる。

医師が言うには、「〇〇さんの場合は原因が分かっているから、その原因から離れることが一番です」と。
それは重々承知ですけどね、そう簡単にはいかないものです・・・


あの日は朝まで一睡もせずに起きていたんだ。
でも、あの人は帰ってこなかった。

許せなかったんだ。
ずっと傷に苦しんでいる私の前で、何もなかったかのように平気で笑っているあの人が。
許せなかった。

いや、本当は、
許すことができない自分を許せなかったんだ。
何度も許そうとした。でも許すことができなかった。
その度に自分を責めた。

そんな自分を、許すことのできない自分を嫌いになっていった。

 

でも許さなくても良かったんだよね。
許すかどうかを決めていいのは傷つけられた本人だけだ。
周囲の人間が無責任に「それぐらいのこと」と決めることではない。

もっとも、あの時許したふりをしてしまった私もいけないんだろうな。
ちゃんと辛かったって、悲しかったって言えばよかったのだろう。
「いい人」になんかならなければ良かったんだ。

でもそれも過去のこと。
もう、私を不安にさせる人はここにはいない。
安心して眠っていいんだ。

現実に起きていることと、自分の想像からくる不安。
切り離して考えることで少しづつ悪い方に考えてしまう癖を治していこう。
現実で、目の前で起きていることに意識を向けるようにしていく。


それにしても、
本当にここからの眺めはいい。
雨上がりのせいもあるのだろうか。

本当に、
月がきれいだ。

腕時計の話がある。

ある老人が余命わずかの時、息子に時計を渡し、あちらこちらに買い取ってもらうよう持ち込むお話。
ほとんどの所は二束三文の値段しかつけなかったが、最後に持ち込んだ所では素晴らしい評価をされたという。

老人が教えたかったのは、自分を正しく評価してくれる場所に身を置きなさいということ。

笑ってしまった。

心身を脅かされない場所がある。
ただそれだけで涙が出てくる。
笑ってしまう。
自分がどれだけ追い詰められていたか気付けないほど鈍い人間だったとは。

ここのところ、ずっと眠りが浅い。
ほっと息をついた瞬間、後遺症が出るものだと聞いてはいたが・・・


『ありがとう』という言葉は『あなたの気持ちをちゃんと受け取りました』という意味でもある。
自分の感覚は見えなくていいものばかりが見えると言われ続けていた。
でもその感覚を長所だと言ってくれた人がいた。
その感覚に『ありがとう』と言ってくれた人がいた。

そういえばそうだったな。
どれだけ頑張っても『ありがとう』なんて言われなかったっけ。
身を置く場所を間違えていた。


エンディングノートを書こうと思ったのはネガティブな感情からではない。
自分のこれからの時間を大切に生きるため。
自分の気持ちを見つめ直し、整理するため。
そして残された者たちに少しでも悲しい思いをさせないため。

死ぬのを怖いと思ったことはなかった。
そもそも人間は生まれた瞬間から“死”に向かって生きているのだから怖がることでもない。
私が怖かったのは、残されること。
置いて行かれること。

そして置いていくこと。

残された大切な人たちがつらい思いをしないように。
少しでも痛みを和らげることができるように。

全ての思いが正しく伝わることはないのかもしれない。
それでも、少しでも伝えていこう。

不幸になるために生まれてきた人なんていないんだよ。
“あなた”が生まれてきたことで幸せになった人がいる。

それを伝えていく。
きっとね、私の眼はそのためにある。
小さなことからでいい。
自分に出来ることをする。

そうすれば、いつかは安心して眠ることができるだろうか?

人の縁とは不思議なもので、本当に必要な縁は自分が何もしなくても引き寄せられるようになっているらしい。
誰に言われたわけでもないが、何故か小さい頃から自分の感覚がそう告げていた。


画像として残る記憶力の良さは時に自分を苦しめる。
確か小学校にも上がる前のことだったか。
「あなた達さえ生まれていなければ」そう言った母は、悲しそうな顔をしていた。
「お前達がいなければな」そう言う父は異物をみるような眼をしていた。

自分の存在が、生まれてきたことが罪だと言われた者はどうすれば良かった?
生き続けることが償いになるのか?

いい子であればと思ったのだろうな。
自分の感情に関しての記憶はあいまいだ。

周りに言われても恨むことさえできなかったのは、別にいい人だったからではない。
父も母も自分を変えることができないのを人のせいにするしかできないほど弱い人なのだと分かってしまったから。
でも、私は同じ弱い人間にはなりたくなかった。

身の回りで起きることの原因の一端は、自分にあると受け止めるようにしていた。
うまくいかないのは自分のせいだと、足りない部分を必死に補おうとしてた。
でもそれが仇になったんだろうな。

違うんだ。
欠けていても良かった。

どんなに尽くしても伝わらない人はいる。
誠心誠意尽くした後、どう受け止めるかは相手の問題だ。
すべてが自分のせいだと思うこと自体が烏滸がましかったんだ。

春先に体調を崩していた時、ふと目にした一文。
“人間は自分の分かれた半身を探している”
その瞬間、自分の中で何かがストンと落ちた。

分かれた半身であるから似ている部分も多く、また一つの球体が分かれたから互いの足りない部分を持っている。
ここ数年の間に急激に起きた伏線の回収。

私は欠けていて良かった。

夏頃、心配してくれた友人が占ってくれた時に言った言葉。
「あなたは人を救うためにいる」
正直「またか」と思ったが、以前より嫌ではなかった。

全て救えるほどのことはできなくていい。
私が何気ない言葉たちに救われてきたように、私もどこか繋がった先で誰かの支えになってる。
それでいい。
ほんの小さな力でも良かったんだ。

もしかすると私は、
いや、きっとずっと誰かに許されたかったのかもしれない。
ただ一言「いいよ」って言って欲しかったんだ。


今日目の前にいた人が、明日必ずいるという保証はない。

だから伝えたいことはちゃんと伝えておかないとね。

“私はあなたに逢えて幸せです
 出逢ってくれてありがとう”