(再掲)
「『もう少し待っていれば
うまくいったのに』
とよく後悔する」Kさん。
「私、なぜ、待てないんだろう?」
「好機が訪れる星の時間を
信じられないからかもしれません」
「星の時間?」
「はい。
『モモ』(ミヒャエル・エンデ)に
出てくる言葉です。
自然の『自』という漢字には
『みずから』と『おのずから』
という2つの意味がありますね」
「ええ」
『みずから』は
主体的な意志を表わし
『おのずから』は物事が
勝手にそう成ることを
意味します。
『みずから』ばかりだと
焦って空回りし
『おのずから』を待っていると
何も起こらない。
その両方が合致する瞬間が
自然であり、星の時間です」
「複数の人が関わっていると
時間がかかるのですね」
「はい。
それぞれ事情や都合が
ありますから。
ただ、利害が対立し
長く膠着状態にあったとしても
何かの拍子ですべてが
味方するタイミングが来ます。
たとえ時間がかかっても
そこさえつかめば物事は
動き出すでしょう」
「なるほど。
じゃあ、結婚したいと思っても
なかなかいい人が
現れない場合は?」
「自分に関しては
どれほど本気で
結婚を望んでいるのか。
未来に現れる相手に関しては
遠くに住んでいたり
学生だったりなどで
今はチャンスが
ないのかもしれません。
いい出会いを
めぐり逢いと言うのも
自分だけでなく
世の中全体を見通せる
潜在意識(無意識)が
ベストのタイミングを
見計らい用意してくれる
からだと思います」
「じゃあ、淡々とした気持ちで
機が熟すまで待ち
星の時間が来たら
勝負します」
出典:『NHK100分 de 名著 Momo』(河合敏雄、NHK出版、p51、p72、p.82)
いつも身近な人の言動に
イラッとしているHさん。
「どうしてそんなことも
分からないの!」と怒るとき
頭の中にあるのは
「自分は分かっているから
相手も分かるはず」という論理。
―ああ・・・。
でも、実際、相手が何を
思っているかは分かりません。
―分かっていないのに
分かっていると思い込む・・・。
ええ。
言うなれば、怒る側は
白昼夢を見ているわけです。
夢の中に出てくる登場人物は
自分がつくり出しているので
聞く力も理解力も自分と同レベル。
すべて自分の分身とみなすので
怒って当然という気持ちになる。
―じゃあ、イラッとしたときは
自分の分身に怒っていると
思えばいいのね。
はい。
そうすれば、白昼夢の世界から
戻ってこられます。
特に、相手の気持ちが
手に取るように分かるときは
自作自演になっている
可能性大なので
注意が必要です。
出典:『脳を休めればすべてがうまく回り出す』(大嶋信頼、WAVE出版、pp.147-150)
イラッとしているHさん。
「どうしてそんなことも
分からないの!」と怒るとき
頭の中にあるのは
「自分は分かっているから
相手も分かるはず」という論理。
―ああ・・・。
でも、実際、相手が何を
思っているかは分かりません。
―分かっていないのに
分かっていると思い込む・・・。
ええ。
言うなれば、怒る側は
白昼夢を見ているわけです。
夢の中に出てくる登場人物は
自分がつくり出しているので
聞く力も理解力も自分と同レベル。
すべて自分の分身とみなすので
怒って当然という気持ちになる。
―じゃあ、イラッとしたときは
自分の分身に怒っていると
思えばいいのね。
はい。
そうすれば、白昼夢の世界から
戻ってこられます。
特に、相手の気持ちが
手に取るように分かるときは
自作自演になっている
可能性大なので
注意が必要です。
出典:『脳を休めればすべてがうまく回り出す』(大嶋信頼、WAVE出版、pp.147-150)
(再掲)
ある病院では
いつの間にか
看護師さんたちの間に
1つの習慣が
できあがっていました。
朝、出勤すると
まずアルツハイマーで入院している
ひとりのおばあさんのところへ
「おはよう、おばあちゃん」と
挨拶しに行きます。
夕方も
「さようなら、おばあちゃん」と
挨拶してから帰る。
なぜ、皆おばあさんのところへ
行くのでしょう?
それは、このおばあさんが
いつも誰に対してもニコニコし
「あなたはかけがえのない方です」
と言ってくれるから。
看護師さんたちは
その一言を聞くと
「ああ、私は
生きていてもいいんだ」
と確信するのでした。
そして、皆
そのおばあさんの言葉が
なければ一日が
終わらない気がしていたのです。
そのうち 、お医者さんや
患者さんたちも、朝な夕な
おばあさんのところへ行くようにー
私たちが本当に欲しいのは
地位や名誉といったものより
無条件の愛なのかもしれません。
出典:『恵みあれば』(鈴木秀子、中央公論新社、pp.177-178)
ある病院では
いつの間にか
看護師さんたちの間に
1つの習慣が
できあがっていました。
朝、出勤すると
まずアルツハイマーで入院している
ひとりのおばあさんのところへ
「おはよう、おばあちゃん」と
挨拶しに行きます。
夕方も
「さようなら、おばあちゃん」と
挨拶してから帰る。
なぜ、皆おばあさんのところへ
行くのでしょう?
それは、このおばあさんが
いつも誰に対してもニコニコし
「あなたはかけがえのない方です」
と言ってくれるから。
看護師さんたちは
その一言を聞くと
「ああ、私は
生きていてもいいんだ」
と確信するのでした。
そして、皆
そのおばあさんの言葉が
なければ一日が
終わらない気がしていたのです。
そのうち 、お医者さんや
患者さんたちも、朝な夕な
おばあさんのところへ行くようにー
私たちが本当に欲しいのは
地位や名誉といったものより
無条件の愛なのかもしれません。
出典:『恵みあれば』(鈴木秀子、中央公論新社、pp.177-178)