何かあったら誰が責任とるんですか?
こんな言葉をよく耳にする。
それも最近はお母さんではなくお父さんからだ。
「誰が責任とるんだ」
一昔前は公務員用語というイメージがあった。
そりゃ公的責任があるから責任の所在を明らかにするのは当たり前だよね。
個人的なことは家庭や自己の責任では?
危ないからやめましょう。
と地域や団体の慣習をなくそうと提案したり、抗議したり。
学校への苦情も厳しい。
自分が思うことは人も同じように思うわけじゃない。
親の心配性で子どもの成長に欠かせない冒険心を奪い取らないでほしい。
子どもは2歳ころから周りに興味が向き、社会を学び始める。
親は子どもを守りたいと思うのは当たり前だけど、
社会生活を学び始めたら次は見守るというスタンスも大切になる。
もちろんルールやマナーは教えていかないといけないですが。
親も子どもの成長に合わせて子どもへの対応を変えていかないといけない。
今の子どもは転ぶことが少ない。
転ばないように周りの大人が気をつけているからだ。
だから転んだとき手が反射的に出ず、
顔を怪我する子が増えた。
あぶないことをさせないと
どこまでがあぶなくて
何があぶないことなのか
身につかない。
こういう感覚的なことは
成長していく過程でしか覚わらないし、
ヒヤっとする感覚から
セーブすることやいろいろな知恵が生まれる。
大人の役割は
子どもに生きる力をつけてあげることだと思う。
「わんぱくでもいい
たくましく育ってほしい」
っていうCMありましたよね (古い?)
まさにこの感覚が今の育児する大人に
必要で、
一緒になんでもチャレンジして危機感覚を体得させることは
知識を言葉から得ることより
生きるうえで必要な力となります。
起こるか起こらないかわからないことを怖がらないで、
とにかくやらせてみる。
手を出さずに見守ってみる。
って 大切。
見守るのって結構 忍耐いりますけどね(^^;;
今日もあたたかい日でありますように。
ありがとうございます。