今度の大震災で動員された自衛隊員は10万人で、行方不明者の捜索で救出した人々の数が2万人近い。
自衛隊を賛美する声も上がるはずだ。なにしろ、メディアは自衛隊の活躍しか報じていないのだから。
消防庁の報告では、今回の災害に派遣されたのは6千人弱である。警察庁の発表はないが、もともと旧・自治省管轄の地方公務員であれば、同様の規模だと推察される。合わせても2万人以内だろう。その彼らが救出したのが1万人弱である。
大雑把にすぎるかもしれないが、自衛隊は5人で一人を救出、消防と警察は2人で一人を救出した計算になる。
メディアは、なぜ、自衛隊ばかりをヨイショするのか。その意図を深読みしておく必要がありそうに思っている。
消防や警察など、日常の地方行政に当たっている地方公務員は、今度の災害でも、地元の公務員と同じように、避難所にいる被災者と同じ生活をしている、という話を聞いた。つまり、被災者と同じ配給食だけで活動しているのだ。
これに対して自衛隊は、野営も業務のうちであるから、食事などは、戦闘用に充分なものが支給される体制にある。
装備面でも、ヘリコプターの所有台数は、陸上自衛隊が600機以上、防災ヘリ、救命ヘリなど消防・警察の全国の所有台数はこの10分の1である。
少ない予算と困難な条件のもとで命がけの働きをしているのは、むしろ、消防・警察であり、彼らこそ、もっと、称賛されるべきではないのか。中でも救助・救援の専門家である消防の活躍こそ紹介されるべきである。その報道はあまりに少なすぎる。
それにしても、福島原発を巡っては、改めて政府その他の無能ぶりが浮かび上がったように思うのが、今頃になっての東京消防庁への出動要請である。警視庁や自衛隊よりもすぐれた放水車があることが、今頃になって分かったというのか。今の政府には、情報を発する能力も、情報を集約する能力も欠如している端的な例になってしまった。なぜ、あらゆる組織の知恵と情報の総動員ができないのか。首相官邸が自分たちの主導権にこだわり過ぎて情報音痴に陥っているからに他ならない。彼らは早々に退陣すべきである。
今度の大震災で、NHKはじめ、メディアに頻繁に登場しているのが福島県南相馬市の桜井勝延市長だ。
民主党推薦の無所属で市長に当選した人だから、民主党の友人なのだが、「国からも県からも、なんの連絡も入ってこない。私たちの置かれている状況についてはニュースで知るばかりだ」と、怒りを露わにしている。
その南相馬市では、福島原発の関係では、大半の地域が「屋内退避」指示の範囲なのだが、全市一斉避難に踏み切っている。
政府に対するこれ以上の不信感はないだろう。
民主党、中でも管直人一派が、組織建設の面でも人脈の面でも、本当に役立たずであることは、多くの人命がかかっている今回の事態に際しては、忌々しくも腹立たしくもある。
党中央の指示で地方組織が整然と活動できる政党と言えば、日本では、自民、公明、共産の三党だけだろう。民主のような手前勝手の寄せ集め集団には、今回の事態に際して、党中央は的確な指示も出せないし、地方組織もそれに従うことも出来ないだろう。この際、各党のサイトを見比べてみるといい。災害対策で具体的な動きを見せているのはどの政党か、よく分かる。民主党のサイトが、どんなものなのか、恐るべき 寒さ を感じることは間違いないだろう。
自民党 公明党 共産党 みんなの党 民主党
ましてや、民主党が行政組織を統率して動かすことなど、夢のまた夢である。
自らの責任を棚上げにして、国民に頑張りと節制を要求するなど、人の責任ばかりを論(あげつら)う管直人の「震災一週間にあたって」の演説など、余計なお世話しか喋っていない。バカやろう!!
民主党推薦の無所属で市長に当選した人だから、民主党の友人なのだが、「国からも県からも、なんの連絡も入ってこない。私たちの置かれている状況についてはニュースで知るばかりだ」と、怒りを露わにしている。
その南相馬市では、福島原発の関係では、大半の地域が「屋内退避」指示の範囲なのだが、全市一斉避難に踏み切っている。
政府に対するこれ以上の不信感はないだろう。
民主党、中でも管直人一派が、組織建設の面でも人脈の面でも、本当に役立たずであることは、多くの人命がかかっている今回の事態に際しては、忌々しくも腹立たしくもある。
党中央の指示で地方組織が整然と活動できる政党と言えば、日本では、自民、公明、共産の三党だけだろう。民主のような手前勝手の寄せ集め集団には、今回の事態に際して、党中央は的確な指示も出せないし、地方組織もそれに従うことも出来ないだろう。この際、各党のサイトを見比べてみるといい。災害対策で具体的な動きを見せているのはどの政党か、よく分かる。民主党のサイトが、どんなものなのか、恐るべき 寒さ を感じることは間違いないだろう。
ましてや、民主党が行政組織を統率して動かすことなど、夢のまた夢である。
自らの責任を棚上げにして、国民に頑張りと節制を要求するなど、人の責任ばかりを論(あげつら)う管直人の「震災一週間にあたって」の演説など、余計なお世話しか喋っていない。バカやろう!!
石油連盟は、精油施設の稼働率を上げたり東北への燃料配送への対処に動いたり、国内のエネルギー需要への対策に動いている。 電気事業連合会は、何をしているか。この両者のサイトのトップページを比べるだけでも、よく分かる。
東京電力は、福島原発の事故に対する諸外国の協力の申し出を断り、政府(内閣および経済産業省の原子力安全・保安院)もこれを追認していたことが暴露された。原子力を巡る秘密主義に囚われた大本営体質によるものでもあり、自力で対処できると高をくくっていたからでもある。
「空から水を撒こうか?」というアメリカの申し出を断っておいて、自衛隊が水を撒いたのも、実は、管直人とオバマとの電話会談が決まったために、その会談前に撒いておかなくては、ということで、管直人の命令で実施した、というのだ。
韓国からも核燃料の冷却材になるホウ酸の提供の提案が早くからあったが、東電も政府もこれに対しても無しのツブテと、つれない。
原子力発電への依存を高めている国々にとっては、今回の事故は人ごとではないから、主体的に関与し、教訓を共有したいと動き出しているわけで、IAEA(国際原子力機関)も具体的で迅速な情報提供を求めているのだが、とうとう、日本政府は対応が鈍すぎると批判せざるを得なくなった。
(ちなみに、日本の原子力関係者のそんな体質が見え隠れしていたのか、地震前に行なわれていたIAEAの選挙では、再選を目指していた現在の日本人事務局長は、落選している。)
日本の原発政策をめぐっては、電気事業連合会と自民党政府は、日本の原発は世界一安全だと「安全神話」をふりまくことで、反対する人々を封じ込めてきた。その神話の根拠については、充分な国民的な議論にかけることもなく、今回の震災に当たっての東電や原子力安全・保安院のように、一般には分かりにくい言いまわしで、煙に巻く態度に終始してきたのである。その体質を引きずってきたために、秘密主義が彼らの基本姿勢となってしまっているのだ。
だからこそ、今回の事態に至っても、率直で真摯な態度を示すことができない。テレビに登場する御用学者たちも皆、「とにかく冷静に」「現状はそれほど心配するほどではない」と事故の実態についての火消しにのみ躍起になっているのだ。
しかも、管直人内閣もまた、これに引きずられる形で、抜本的な改革に踏み込むことはできず、むしろ、諸外国に対する態度にも見られるように、自力で奮闘しているように見せかける政治ショーとして、この災難を利用しようとする態度が露骨である。
福島原発を巡る記者会見。内閣官房も東電、保安院も三者が同席して記者会見すればいいのに、なぜ、別々なのか。大局的な方針論から具体的な状況説明まで、一体化して国民の前に明らかにすべきだろう。枝野の政治ショーに見せたがる、今の会見方法に対して、記者クラブという御用制度に疑問を持たないメディアも呑みこまれているのを見て取ることができる。
だが、はっきり言っておかなければならないのは、今の内閣には本当に人材がいない、ということである。
管内閣が発足した頃に指摘したのは、管直人、仙谷由人の人望のなさだったが、今回の事態でも案の定、仙谷が内閣官房に戻ってきたり、辻元清美(前回、辻本と記していたのは誤記でした)なんかを首相補佐官に任命するなど、ふざけるのもいい加減にしろ、という内閣人事である。
戦後最大の天災であり、国家的な事業として被災者救済と災害復興を果たさなければならない、と言っているのであれば、管内閣の組織建設と人材シフトは粗末にすぎる。辻元みたいな秘書給与詐欺事件の有罪議員を担ぎ出すくらいなら、他党幹部を巻き込んで災害対策「実行委員会」を組織するくらいの大局観こそが必要ではないか。
人ごとでない他国の心配をよそに、オレたちはがんばってるぞポーズにしがみつき、
人ごとでない国民を党派を超えて巻き込むことも出来ずに、オレたちはがんばってるぞポーズを見せつけようとする
そんな管内閣など、一日も早く消滅してしまえ。
一日も早く、全党派が協力できる選挙管理内閣方式で危機管理内閣を発足させろ。ただし、民主党だけは「管一派を除く」である。
あ、そういえば、あの石油連盟と電気事業連合会の態度の違いについて、
計画停電は、東電のサボタージュの言いわけであること、管直人の危機をより広く振り撒いて危機感を煽ることで内閣支持を呼び戻そうとした党利党略であったこと、この二つが原因だったことがよく分かった、と、指摘しておきたい。
石油連盟は、全国レベルで危機対処に動いた。
電気事業連合会は、お見舞い声明だけで、ことは東電、東北電力の問題だと放置し続けている。やったことと言えば、中国電力が山口県の原発建設を中断して様子を見ることにしただけである。
自らのメンツにこだわる管内閣も東電も、国民にとって、役には立たないことが明白なのだ。
東京電力は、福島原発の事故に対する諸外国の協力の申し出を断り、政府(内閣および経済産業省の原子力安全・保安院)もこれを追認していたことが暴露された。原子力を巡る秘密主義に囚われた大本営体質によるものでもあり、自力で対処できると高をくくっていたからでもある。
「空から水を撒こうか?」というアメリカの申し出を断っておいて、自衛隊が水を撒いたのも、実は、管直人とオバマとの電話会談が決まったために、その会談前に撒いておかなくては、ということで、管直人の命令で実施した、というのだ。
韓国からも核燃料の冷却材になるホウ酸の提供の提案が早くからあったが、東電も政府もこれに対しても無しのツブテと、つれない。
原子力発電への依存を高めている国々にとっては、今回の事故は人ごとではないから、主体的に関与し、教訓を共有したいと動き出しているわけで、IAEA(国際原子力機関)も具体的で迅速な情報提供を求めているのだが、とうとう、日本政府は対応が鈍すぎると批判せざるを得なくなった。
(ちなみに、日本の原子力関係者のそんな体質が見え隠れしていたのか、地震前に行なわれていたIAEAの選挙では、再選を目指していた現在の日本人事務局長は、落選している。)
日本の原発政策をめぐっては、電気事業連合会と自民党政府は、日本の原発は世界一安全だと「安全神話」をふりまくことで、反対する人々を封じ込めてきた。その神話の根拠については、充分な国民的な議論にかけることもなく、今回の震災に当たっての東電や原子力安全・保安院のように、一般には分かりにくい言いまわしで、煙に巻く態度に終始してきたのである。その体質を引きずってきたために、秘密主義が彼らの基本姿勢となってしまっているのだ。
だからこそ、今回の事態に至っても、率直で真摯な態度を示すことができない。テレビに登場する御用学者たちも皆、「とにかく冷静に」「現状はそれほど心配するほどではない」と事故の実態についての火消しにのみ躍起になっているのだ。
しかも、管直人内閣もまた、これに引きずられる形で、抜本的な改革に踏み込むことはできず、むしろ、諸外国に対する態度にも見られるように、自力で奮闘しているように見せかける政治ショーとして、この災難を利用しようとする態度が露骨である。
福島原発を巡る記者会見。内閣官房も東電、保安院も三者が同席して記者会見すればいいのに、なぜ、別々なのか。大局的な方針論から具体的な状況説明まで、一体化して国民の前に明らかにすべきだろう。枝野の政治ショーに見せたがる、今の会見方法に対して、記者クラブという御用制度に疑問を持たないメディアも呑みこまれているのを見て取ることができる。
だが、はっきり言っておかなければならないのは、今の内閣には本当に人材がいない、ということである。
管内閣が発足した頃に指摘したのは、管直人、仙谷由人の人望のなさだったが、今回の事態でも案の定、仙谷が内閣官房に戻ってきたり、辻元清美(前回、辻本と記していたのは誤記でした)なんかを首相補佐官に任命するなど、ふざけるのもいい加減にしろ、という内閣人事である。
戦後最大の天災であり、国家的な事業として被災者救済と災害復興を果たさなければならない、と言っているのであれば、管内閣の組織建設と人材シフトは粗末にすぎる。辻元みたいな秘書給与詐欺事件の有罪議員を担ぎ出すくらいなら、他党幹部を巻き込んで災害対策「実行委員会」を組織するくらいの大局観こそが必要ではないか。
人ごとでない他国の心配をよそに、オレたちはがんばってるぞポーズにしがみつき、
人ごとでない国民を党派を超えて巻き込むことも出来ずに、オレたちはがんばってるぞポーズを見せつけようとする
そんな管内閣など、一日も早く消滅してしまえ。
一日も早く、全党派が協力できる選挙管理内閣方式で危機管理内閣を発足させろ。ただし、民主党だけは「管一派を除く」である。
あ、そういえば、あの石油連盟と電気事業連合会の態度の違いについて、
計画停電は、東電のサボタージュの言いわけであること、管直人の危機をより広く振り撒いて危機感を煽ることで内閣支持を呼び戻そうとした党利党略であったこと、この二つが原因だったことがよく分かった、と、指摘しておきたい。
石油連盟は、全国レベルで危機対処に動いた。
電気事業連合会は、お見舞い声明だけで、ことは東電、東北電力の問題だと放置し続けている。やったことと言えば、中国電力が山口県の原発建設を中断して様子を見ることにしただけである。
自らのメンツにこだわる管内閣も東電も、国民にとって、役には立たないことが明白なのだ。
偉そうにしている者ほど愚かなことを言ったりやったりしてしまうものなのだと、改めて思う。(その2)
いま最も大きな問題になっているのは、東京電力と政府(内閣および原子力安全・保安院)の態度だ。福島原発の損傷を巡って、情報も対策も、すべてが後手後手で、多くの人の不安と不満、そして、不信が広がっている。また、東電の計画停電にしても、津波の被災地まで停電させてしまったことで大きな怒りを買い、さらに、仕事も生活も滞るばかりでなく、交差点での死亡事故まで相次いでいる。
福島原発の事故現場では、東電にしても警察、自衛隊にしても、命にかかわる被爆をするかもしれないという必死の覚悟で勇気と使命感を奮い立たせているその同じ時に、都内の安全地帯にいる上層部や広報担当者は、あの太平洋戦争の時の大本営のように、国民に本当のことを知らせようとはせず、将来、責任を問われかねないことを恐れる保身的な態度に終始しているのだ。
メディアに登場する原子力関係の御用学者たちも含めて、度々使われる表現の一つ「一般の人が一年間に浴びてもいいとされる放射線の量を一時間で浴びてしまう量」とは、どういうことか。
算数をしてみると、浴びても安全な一年分の放射線の量をaとする。これと同じ量の放射線を一時間で浴びるということは、一日分にすると、24a であり、一年分にすると、24a×365=8760a である。
ちなみに、aに相当するのは、自然に浴びる放射線の世界全体での年間平均値、2.4mSv(ミリシーベルト)=2400μSv(マイクロシーベルト)。
つまり、同じ一年分で比較すると、安全な量の8,760倍の放射線となる。
官房長官・枝野の発言で報じられたような「放射線の測定量が、マイクロ・シーベルトがミリ・シーベルトになったから千倍の量」などという水準ではない。実際には、一万倍に近い量なのである。
これをわざわざ、分かりにくくしたのが、あの表現なのだ。率直に8,760倍であることは、関係者の誰もが言えないのである。
このように、東電も政府も、あの大本営体質だから、記者会見の場面では、記者たちも「もう、(そういう煙に巻くような話は)よしましょうよ。本当のことを言って下さいよ」「どういう事態が起こっていて、どういう影響につながるのか、その肝心なことがなぜ言えないんだ」と、珍しく声を荒げる場面が少なくなかった。
大本営体質であるから、事実の発表がノラリクラリであるだけでなく、対策も後手後手で、事態の真相が理解できているのか疑わざるを得ない。世界の原子力発電にとって教訓となるほどの事態だから、世界中(というよりも、原子力依存の国々)の報道ぶりの大きさが伝わってきているのにも関わらず、である。
大本営体質であるから、東電は現場から社員を引き揚げて逃げ出そうしたし、それを知った管直人が慌てて東電に乗り込んで「逃げるんじゃない!」と怒鳴りつけ、政府による対策本部を設けたほどだ。
つまり裏を返せば、当初の爆発事故の連絡がなかったばかりでなく、東電の逃げ腰の態度にも示されるように、今の政府・内閣は、どこまでも侮(あなど)られた存在なのでもあって、政治主導とは程遠い現実が浮かび上がるのである。
冷却のための放水にしても、冷却装置用の電源確保の作業にしても、なぜ、こんなにも日数がかかるほど悠長なのか、自衛隊などは先手先手で、出来ることを準備し待機しているのに、東電と政府の方針決定が遅すぎることが、異様に思えてならない。
今なら、自衛隊はクーデターを起こして軍政を施くことができるだろう。自衛隊への賛美が盛り上がっているのだから。
いま最も大きな問題になっているのは、東京電力と政府(内閣および原子力安全・保安院)の態度だ。福島原発の損傷を巡って、情報も対策も、すべてが後手後手で、多くの人の不安と不満、そして、不信が広がっている。また、東電の計画停電にしても、津波の被災地まで停電させてしまったことで大きな怒りを買い、さらに、仕事も生活も滞るばかりでなく、交差点での死亡事故まで相次いでいる。
福島原発の事故現場では、東電にしても警察、自衛隊にしても、命にかかわる被爆をするかもしれないという必死の覚悟で勇気と使命感を奮い立たせているその同じ時に、都内の安全地帯にいる上層部や広報担当者は、あの太平洋戦争の時の大本営のように、国民に本当のことを知らせようとはせず、将来、責任を問われかねないことを恐れる保身的な態度に終始しているのだ。
メディアに登場する原子力関係の御用学者たちも含めて、度々使われる表現の一つ「一般の人が一年間に浴びてもいいとされる放射線の量を一時間で浴びてしまう量」とは、どういうことか。
算数をしてみると、浴びても安全な一年分の放射線の量をaとする。これと同じ量の放射線を一時間で浴びるということは、一日分にすると、24a であり、一年分にすると、24a×365=8760a である。
ちなみに、aに相当するのは、自然に浴びる放射線の世界全体での年間平均値、2.4mSv(ミリシーベルト)=2400μSv(マイクロシーベルト)。
つまり、同じ一年分で比較すると、安全な量の8,760倍の放射線となる。
官房長官・枝野の発言で報じられたような「放射線の測定量が、マイクロ・シーベルトがミリ・シーベルトになったから千倍の量」などという水準ではない。実際には、一万倍に近い量なのである。
これをわざわざ、分かりにくくしたのが、あの表現なのだ。率直に8,760倍であることは、関係者の誰もが言えないのである。
このように、東電も政府も、あの大本営体質だから、記者会見の場面では、記者たちも「もう、(そういう煙に巻くような話は)よしましょうよ。本当のことを言って下さいよ」「どういう事態が起こっていて、どういう影響につながるのか、その肝心なことがなぜ言えないんだ」と、珍しく声を荒げる場面が少なくなかった。
大本営体質であるから、事実の発表がノラリクラリであるだけでなく、対策も後手後手で、事態の真相が理解できているのか疑わざるを得ない。世界の原子力発電にとって教訓となるほどの事態だから、世界中(というよりも、原子力依存の国々)の報道ぶりの大きさが伝わってきているのにも関わらず、である。
大本営体質であるから、東電は現場から社員を引き揚げて逃げ出そうしたし、それを知った管直人が慌てて東電に乗り込んで「逃げるんじゃない!」と怒鳴りつけ、政府による対策本部を設けたほどだ。
つまり裏を返せば、当初の爆発事故の連絡がなかったばかりでなく、東電の逃げ腰の態度にも示されるように、今の政府・内閣は、どこまでも侮(あなど)られた存在なのでもあって、政治主導とは程遠い現実が浮かび上がるのである。
冷却のための放水にしても、冷却装置用の電源確保の作業にしても、なぜ、こんなにも日数がかかるほど悠長なのか、自衛隊などは先手先手で、出来ることを準備し待機しているのに、東電と政府の方針決定が遅すぎることが、異様に思えてならない。
今なら、自衛隊はクーデターを起こして軍政を施くことができるだろう。自衛隊への賛美が盛り上がっているのだから。
偉そうにしている者ほど愚かなことを言ったりやったりしてしまうものなのだと、改めて思う。
石原慎太郎については、常々、国粋主義の極右翼だと批判してきたし、「政令なんか、まっぴらだ」と触れたばかりだが、その話題として取り上げた蓮舫・石原会談の、その直後に飛び出したのが「天罰」発言だった。既に、相当に有名な失言事件となっているから、改めて論じる必要もないだろう。
ただ、発言を撤回して謝罪したとされるものの、「添える言葉が足りなくて不快な思いをさせてしまった」という謝罪なのだから、実際には「天罰」発言そのものを撤回しているわけではない。本人にしてみれば、もっと言葉を添えておけば、よかったと言っているわけだから。
暴言癖のある傲慢な人間だから、わざと物議をかもす発言も少なくないのだが、もともとが、物書きだけに、こういう時の発言は巧妙である。だからこそ、この男の一言一句には警戒が必要なのだ。
謝罪・撤回を装ってはみたものの、石原慎太郎が東北・関東大震災のことを「天罰」などとオカルトめいた発言をしたことは、これからの日本人は、絶対に忘れないようにしよう。特に東京都民には、切にそうあってほしい。(東京が直下の大震災を受けた場合も、彼は内心では同じことを思うのだから。)
石原慎太郎については、常々、国粋主義の極右翼だと批判してきたし、「政令なんか、まっぴらだ」と触れたばかりだが、その話題として取り上げた蓮舫・石原会談の、その直後に飛び出したのが「天罰」発言だった。既に、相当に有名な失言事件となっているから、改めて論じる必要もないだろう。
ただ、発言を撤回して謝罪したとされるものの、「添える言葉が足りなくて不快な思いをさせてしまった」という謝罪なのだから、実際には「天罰」発言そのものを撤回しているわけではない。本人にしてみれば、もっと言葉を添えておけば、よかったと言っているわけだから。
暴言癖のある傲慢な人間だから、わざと物議をかもす発言も少なくないのだが、もともとが、物書きだけに、こういう時の発言は巧妙である。だからこそ、この男の一言一句には警戒が必要なのだ。
謝罪・撤回を装ってはみたものの、石原慎太郎が東北・関東大震災のことを「天罰」などとオカルトめいた発言をしたことは、これからの日本人は、絶対に忘れないようにしよう。特に東京都民には、切にそうあってほしい。(東京が直下の大震災を受けた場合も、彼は内心では同じことを思うのだから。)
メッセージボードへの伝言板リスト等の貼り付けについて、お問い合せをいくつかいただいておりますので、その手順についてご説明申し上げます。
コピー
まず、貼り付けるタグのコピーをとります。
タグは、ご自分のブログのデザインに合わせて、以下からお選びください。
2カラム用、3カラム用のどちらかをクリック
2カラム用
3カラム用
以下の画面のように、タグの部分を選択してコピーします。
貼り付け
次に、ブログの「マイページ」から、以下の手順で編集画面を呼び出します。
①ブログを書く ②メッセージボード ③HTMLタグの表示
編集画面が表示できたら、先頭に一行空白をあけて、その部分に、先にコピーしたタグを貼り付けます。
最後に「公開」というボタンを押せば、出来上がりです。
ブログを表示して、タイトルと最新記事との間の「メッセージボード」の部分を確認してみて下さい。
以下のような画面が表示されます。

うまくいかない場合は、いつでも、メッセージを下さい。
この伝言板リストやSAVE JAPANサイトは、まだ、利用価値があるだろうと思っています。ご協力いただける方は、よろしくお願い致します。(なお、掲載いただいた折には、ご一報いただけると嬉しく思います。)
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まず、貼り付けるタグのコピーをとります。
タグは、ご自分のブログのデザインに合わせて、以下からお選びください。
2カラム用

3カラム用
以下の画面のように、タグの部分を選択してコピーします。
![]() |
貼り付け
次に、ブログの「マイページ」から、以下の手順で編集画面を呼び出します。
①ブログを書く ②メッセージボード ③HTMLタグの表示
![]() |
編集画面が表示できたら、先頭に一行空白をあけて、その部分に、先にコピーしたタグを貼り付けます。
最後に「公開」というボタンを押せば、出来上がりです。
ブログを表示して、タイトルと最新記事との間の「メッセージボード」の部分を確認してみて下さい。

au by KDDI SoftBank NTT Google | NTT 伝言ダイヤル 171 ⇒ 使い方(日本経済新聞) 災害用ブロードバンド伝言板(Web171) |
うまくいかない場合は、いつでも、メッセージを下さい。
この伝言板リストやSAVE JAPANサイトは、まだ、利用価値があるだろうと思っています。ご協力いただける方は、よろしくお願い致します。(なお、掲載いただいた折には、ご一報いただけると嬉しく思います。)
蓮舫がノコノコ出かけて行って、都知事の石原慎太郎に「計画停電」への協力を頼もうとしたら、挨拶もそこそこに、
「東京だけで(東電の)3割の電力を使っていますので・・・」
「ちょっ、ちょっと待った。え? どーして政令出さないんだ」
このやり取りがニュースに出た瞬間に思ったことは、
全体を指揮するはずの蓮舫が、何を動き回っているのか、というのが一つ。
要は、テレビに映るためのパフォーマンスではないか。だから、管政権の浅知恵だというのだ。こういう見せかけの仕事モドキを見せつけられるのは、もう、ウンザリである。
もう一つが石原慎太郎の「政令を出せ」、である。
政令とはつまり、ついこの間のニュージーランド地震でも出ていたが、あの「夜間外出禁止令」などの類いである。
被災者の救援や災害復興に当たって、邪魔になる一般人は行動を控えろ、というのが非常事態の際の政令だ。特に、夜間外出禁止令などは、強盗や略奪などを防ぐ治安上の位置づけであることが多い。
石原が言うのは、電気やガス、ガソリンなどの燃料の使用を控えさせるために「政令」で国民に対して命令を出せ、ということである。いかにも強権的な政治が好きな極右翼の考えそうな発想だ。
遠く関東大震災の時以来、近くは阪神淡路大震災の際にも、そしてまた、今回の大震災および津波被害(気象庁が命名した名前だけでなく、今は、まだ、いろいろな名前が飛び交っている)にしても、諸外国のメディアや外交官の報告で一様に驚いているのは、日本人の節度の高さである。略奪行為などはほとんど皆無だということ、救援物資の支給に当たっても奪い合いなどの混乱が一切見られず整然と順番を待つことなど、誰に言われることもなく互いに協力し合い助け合う光景である。
こういう日本人の、お互いが我がこととして痛みを分かち合い助け合う心情と行動というものは、おそらく、世界でも例をみないほどの社会性であり共同体意識だと思う。一言で言えば、よその国にはないほどの共感社会だと思っている。
こういう我々に対して、石原の言うような政令は、必要なのか? そんなもので命令されて従うのが日本人なのか?
断じて違うと思う。むしろ、そんなものは一切なくして、何か出来ないか、と、知恵を出し合う自主的な行動を促進することこそが必要なのだ。政令なんかで人の行動を規制するのではなく、むしろ、日本人の創意工夫が発揮できるように後押しすることこそが必要なのだ。もっと自由にさせろっ!!それが私の主張である。
あの「計画停電」などは、だから、最も、日本人らしさを封じる方法なのだと思っている。政府が余計な事をする前から、国民のほとんどは、節電に協力する気概に満ち溢れていたではないか。政府だの都知事だのが、エラソーなことを言う前に、人々は、自ら進んで、何か出来ないかと知恵を出し合っているではないか。
それが日本人らしさなのだ。もっと自由に、もっと創造的に、もっとお互いを信頼し合う意識と行動こそ励ますべきだと思っている。
管直人も、その人寄せパンダの蓮舫も、偉そうにしたがる石原慎太郎も、みんな、クソクラエである。
こんな連中の言うことなど乗り越えて、お互いが知恵を出し合い、出来ることをしたい気持ちを励まし合っていきたい。
(また、今度の都知事選では、当選するとうぬぼれている、こんな石原を落選させようではないか。多選弊害もあれば、高齢弊害もあることだし。)
あ、そういえば、「計画停電」について。
今日の東電の姿勢に見られるように、東電は、出来るだけ電気を止めたくないことがよく分かった。であるならば、電気を止めたがったのは、誰なのか、その答えは、おのずと浮かびあがるだろう。
東電の要請に基づいて停電を許可した、などというポーズが、実は真逆で、止めたくない東電を押し切って「止めろ」と強権を振りかざしたことを隠す大ウソが含まれていると疑うのが普通だろう。
自発的に募金箱を設置する小売店がどんどん増えている。それが、我々日本人なのだ。
(もちろん、むかしから「火事場泥棒」がいたように、阿呆はいるけれど、そんなバカどもの行動よりもはるかに大きな勢いを持っているのが一般大衆なのだ。)
「東京だけで(東電の)3割の電力を使っていますので・・・」
「ちょっ、ちょっと待った。え? どーして政令出さないんだ」
このやり取りがニュースに出た瞬間に思ったことは、
全体を指揮するはずの蓮舫が、何を動き回っているのか、というのが一つ。
要は、テレビに映るためのパフォーマンスではないか。だから、管政権の浅知恵だというのだ。こういう見せかけの仕事モドキを見せつけられるのは、もう、ウンザリである。
もう一つが石原慎太郎の「政令を出せ」、である。
政令とはつまり、ついこの間のニュージーランド地震でも出ていたが、あの「夜間外出禁止令」などの類いである。
被災者の救援や災害復興に当たって、邪魔になる一般人は行動を控えろ、というのが非常事態の際の政令だ。特に、夜間外出禁止令などは、強盗や略奪などを防ぐ治安上の位置づけであることが多い。
石原が言うのは、電気やガス、ガソリンなどの燃料の使用を控えさせるために「政令」で国民に対して命令を出せ、ということである。いかにも強権的な政治が好きな極右翼の考えそうな発想だ。
遠く関東大震災の時以来、近くは阪神淡路大震災の際にも、そしてまた、今回の大震災および津波被害(気象庁が命名した名前だけでなく、今は、まだ、いろいろな名前が飛び交っている)にしても、諸外国のメディアや外交官の報告で一様に驚いているのは、日本人の節度の高さである。略奪行為などはほとんど皆無だということ、救援物資の支給に当たっても奪い合いなどの混乱が一切見られず整然と順番を待つことなど、誰に言われることもなく互いに協力し合い助け合う光景である。
こういう日本人の、お互いが我がこととして痛みを分かち合い助け合う心情と行動というものは、おそらく、世界でも例をみないほどの社会性であり共同体意識だと思う。一言で言えば、よその国にはないほどの共感社会だと思っている。
こういう我々に対して、石原の言うような政令は、必要なのか? そんなもので命令されて従うのが日本人なのか?
断じて違うと思う。むしろ、そんなものは一切なくして、何か出来ないか、と、知恵を出し合う自主的な行動を促進することこそが必要なのだ。政令なんかで人の行動を規制するのではなく、むしろ、日本人の創意工夫が発揮できるように後押しすることこそが必要なのだ。もっと自由にさせろっ!!それが私の主張である。
あの「計画停電」などは、だから、最も、日本人らしさを封じる方法なのだと思っている。政府が余計な事をする前から、国民のほとんどは、節電に協力する気概に満ち溢れていたではないか。政府だの都知事だのが、エラソーなことを言う前に、人々は、自ら進んで、何か出来ないかと知恵を出し合っているではないか。
それが日本人らしさなのだ。もっと自由に、もっと創造的に、もっとお互いを信頼し合う意識と行動こそ励ますべきだと思っている。
管直人も、その人寄せパンダの蓮舫も、偉そうにしたがる石原慎太郎も、みんな、クソクラエである。
こんな連中の言うことなど乗り越えて、お互いが知恵を出し合い、出来ることをしたい気持ちを励まし合っていきたい。
(また、今度の都知事選では、当選するとうぬぼれている、こんな石原を落選させようではないか。多選弊害もあれば、高齢弊害もあることだし。)
あ、そういえば、「計画停電」について。
今日の東電の姿勢に見られるように、東電は、出来るだけ電気を止めたくないことがよく分かった。であるならば、電気を止めたがったのは、誰なのか、その答えは、おのずと浮かびあがるだろう。
東電の要請に基づいて停電を許可した、などというポーズが、実は真逆で、止めたくない東電を押し切って「止めろ」と強権を振りかざしたことを隠す大ウソが含まれていると疑うのが普通だろう。
自発的に募金箱を設置する小売店がどんどん増えている。それが、我々日本人なのだ。
(もちろん、むかしから「火事場泥棒」がいたように、阿呆はいるけれど、そんなバカどもの行動よりもはるかに大きな勢いを持っているのが一般大衆なのだ。)
東京電力の「計画停電」という措置について、ウラがありそうな気がしてならない。
昨日までは、節電の呼びかけで、なんとかなる見通しのはずだった電力の供給が、今日になって急に事情が変わった経緯が不透明に思えてならないからだ。
疑っているウラとは、つまり、管政権の目論見のことである。
今回の大地震が起こるまでは、管政権の崩壊が秒読みの情勢だっただけに、今回の災害を千載一遇のチャンスとして利用したがることは、大いにありうるからだ。管直人・仙谷由人という一派は、それほどに、党利党略的であり、また、謀略的であることを思い出すのである。
★ 地震当初の「政治休戦」に当たって管政権が持ち出した話は「新年度予算を成立させたうえで(休戦)」という条件だった。これを野党が呑めるはずもなく、休戦そのものも、ドサクサ紛れに政権与党の自己都合を優先たせたがる体質に呆れたものだった。
今回の大地震のような災害の場合、暫定予算を提示するのがスジだろう。本予算については棚上げにしてでも、緊急事態への対応に集中した考え方に徹して、全政治勢力が共同歩調を取ることができる内容の暫定予算を策定すべきである。政治休戦とは、そういうことのはずである。
★ 福島の第一、第二原発の事故を巡る対応で、原子力安全・保安院の態度など、相も変わらない、素人には分かるまいという「秘密主義」めいた態度と、時間を追うごとに官房長官の枝野の発言がコロコロと変わったことに不信感を抱いた人も少なくない。
情報公開と、その納得のもとでの行動提起が全くできていない。原発の「安全神話」を巡って繰り返された「秘密主義」が首をもたげ、自民党が民主党に代わっても、というよりも、自民党以上に民主党の方が国民に対して不誠実な態度であることを露見させているのである。
★ 「計画停電」の実施に当たって担ぎ出した人間が、よりによって、アホの蓮舫・身勝手辻本である。「二位じゃいけないんですか?」の蓮舫を実施責任者にして、社民党を抜けて民主党に色目を使う無所属の辻本清美を“首相補佐官”などと、わざわざポストをつくってしまうなど、この期に及んでも、人気取りに走ろうとする愚挙を演じたのだ。
蓮舫にしたって、辻本にしたって、政治手腕を期待する者など、どこにもいないというのに、そういう現実が目に入らない管直人一派の浅知恵もいいところである。(民主党の他の大勢の議員たちにしても出番を作ってもらえないのだから、党員同士の信頼がないのだから、不満が募るだけの話だろう。そんなことをしてでも本会議での辻本の一票が欲しいのか?)だが、現実が目に入らない諸君にとってこそ、今回の大災害が、人気取りのチャンスに見えるのかもしれないのだ。それが国民にとっての災難なのである。
だからこそ、必要な電力を確保するのに、東電が早々と策を諦めたのか、選択肢の一つにすぎなかった「計画停電」に管直人が飛びついて党利党略に利用しようとしたのか、を、疑っているのである。
東西日本の電力の相互協力にとって周波数変換が困難なことなのか。鉄道電力は直流なのだから東西をつなぐだけで利用できるのではないか。そもそも、電力会社間での危機管理システムが皆無だったというのか? 考えれば考えるほど「計画停電」が安直な、というよりも、政治的な結論に見えてならない。
非常事態に際して非常事態の枠を広げてしまう言い分が、人を脅すのが好きな管・仙谷一派らしい。「(予算審議に反対するのは)歴史に対する反逆」などという発言と同様、「(今回の災害への対処は)国民一人一人の責任にかかっている」と、政府方針は正しいのだから国民は黙って責任を感じてついて来いと言わんばかりである。
「計画停電」は国民生活の困難・災難を救うことになるどころか、予期しない混乱と弊害を生じ、災害復興そのものの阻害要因だったとして後世に名を残すことになるかもしれない。
昨日までは、節電の呼びかけで、なんとかなる見通しのはずだった電力の供給が、今日になって急に事情が変わった経緯が不透明に思えてならないからだ。
疑っているウラとは、つまり、管政権の目論見のことである。
今回の大地震が起こるまでは、管政権の崩壊が秒読みの情勢だっただけに、今回の災害を千載一遇のチャンスとして利用したがることは、大いにありうるからだ。管直人・仙谷由人という一派は、それほどに、党利党略的であり、また、謀略的であることを思い出すのである。
★ 地震当初の「政治休戦」に当たって管政権が持ち出した話は「新年度予算を成立させたうえで(休戦)」という条件だった。これを野党が呑めるはずもなく、休戦そのものも、ドサクサ紛れに政権与党の自己都合を優先たせたがる体質に呆れたものだった。
今回の大地震のような災害の場合、暫定予算を提示するのがスジだろう。本予算については棚上げにしてでも、緊急事態への対応に集中した考え方に徹して、全政治勢力が共同歩調を取ることができる内容の暫定予算を策定すべきである。政治休戦とは、そういうことのはずである。
★ 福島の第一、第二原発の事故を巡る対応で、原子力安全・保安院の態度など、相も変わらない、素人には分かるまいという「秘密主義」めいた態度と、時間を追うごとに官房長官の枝野の発言がコロコロと変わったことに不信感を抱いた人も少なくない。
情報公開と、その納得のもとでの行動提起が全くできていない。原発の「安全神話」を巡って繰り返された「秘密主義」が首をもたげ、自民党が民主党に代わっても、というよりも、自民党以上に民主党の方が国民に対して不誠実な態度であることを露見させているのである。
★ 「計画停電」の実施に当たって担ぎ出した人間が、よりによって、アホの蓮舫・身勝手辻本である。「二位じゃいけないんですか?」の蓮舫を実施責任者にして、社民党を抜けて民主党に色目を使う無所属の辻本清美を“首相補佐官”などと、わざわざポストをつくってしまうなど、この期に及んでも、人気取りに走ろうとする愚挙を演じたのだ。
蓮舫にしたって、辻本にしたって、政治手腕を期待する者など、どこにもいないというのに、そういう現実が目に入らない管直人一派の浅知恵もいいところである。(民主党の他の大勢の議員たちにしても出番を作ってもらえないのだから、党員同士の信頼がないのだから、不満が募るだけの話だろう。そんなことをしてでも本会議での辻本の一票が欲しいのか?)だが、現実が目に入らない諸君にとってこそ、今回の大災害が、人気取りのチャンスに見えるのかもしれないのだ。それが国民にとっての災難なのである。
だからこそ、必要な電力を確保するのに、東電が早々と策を諦めたのか、選択肢の一つにすぎなかった「計画停電」に管直人が飛びついて党利党略に利用しようとしたのか、を、疑っているのである。
東西日本の電力の相互協力にとって周波数変換が困難なことなのか。鉄道電力は直流なのだから東西をつなぐだけで利用できるのではないか。そもそも、電力会社間での危機管理システムが皆無だったというのか? 考えれば考えるほど「計画停電」が安直な、というよりも、政治的な結論に見えてならない。
非常事態に際して非常事態の枠を広げてしまう言い分が、人を脅すのが好きな管・仙谷一派らしい。「(予算審議に反対するのは)歴史に対する反逆」などという発言と同様、「(今回の災害への対処は)国民一人一人の責任にかかっている」と、政府方針は正しいのだから国民は黙って責任を感じてついて来いと言わんばかりである。
「計画停電」は国民生活の困難・災難を救うことになるどころか、予期しない混乱と弊害を生じ、災害復興そのものの阻害要因だったとして後世に名を残すことになるかもしれない。


