kyottides的 喜怒哀楽 -21ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 このところバテ気味だったり仕事が忙しかったりで、いつの間にか一週間以上もブログ更新していませんでした。
 とりあえず、何か載せようということで、火曜日に投稿したメッセージを再録することにしました。

 ブログで友達になった沙亜耶さんがパーソナリティを務めているラジオつくばの番組に投稿した「今日のお題」へのメッセージです。投稿を「嬉しかった」「いい話」と返してもらえたので、再録してみようかな、と思いました。

------------ ここから ------------

アルバイトの思い出
 子どもの頃、犬が恐くて、実際にシェパードに噛みつかれたこともあって恐怖の対象でしたが、学生時代に、ひょんなことから、子どもがいない社長夫婦から「犬の散歩してくれないかな」と頼まれたのが生後間もないボクサーでした。
 その仔犬は、散歩コースのあちこちの番犬に吠えられると一目散に逃げ出すほど気が弱い子でした。無理やり引きとめて相手をにらみ返すように仕向けようとしてもダメ。そのうち段々と体も大きくなり、踏ん張るくらいはできるようになりましたが、電柱のマーキングもオスらしい片脚上げのおしっこの仕方もとうとう覚えられませんでした。散歩の終わりには公園で何十メートルかのダッシュを繰り返すのが好きで、こっちがくたびれても「もう一回」と催促するくらいに嬉しがっていました。
 半年もしたころ、だいぶ大きくなってきたので、その子は訓練所に出されることになって散歩のアルバイトは終わりました。
 就職が決まった頃だったか、結婚が決まった頃、彼女と二人で、何年ぶりかで社長夫婦に挨拶に行った時のこと。あの弱虫ボクサーが、耳たぶも尻尾も切られて、見るからにボクサーらしくたくましい姿になっていたのですが、その子がわたしの姿を見るなり、ものすごい勢いで跳びかかってきました。
 「やっ、やぱいっ!! こんなデカイ犬じゃ殺されちゃう!!」
 と、固まってしまったとき、この子は跳びかかるなり、むちゃくちゃ興奮した荒い息遣いで人の顔を舐めまわしたのでした。前脚を人の肩に乗せれば大人と同じくらいの背丈になっていたし体重もだいぶ重くなっていて、後ろにのけぞらないように踏みとどまるのが精いっぱいでした。こんな大きな犬に思い切り抱きつかれて顔じゅう舐めまわされるなんて、初めてでした。
 「あの頃のことがよっぽど楽しかったんだろうねぇ」と社長。談笑中も食事中も、ずっと私の周りから離れないワンコでした。
 犬のことを可愛いと思うようになった、初めての相手でした。

------------ ここまで ------------

 それにしても、暑さは一段落したというか、逆にコメの不作などの心配にもつながるような大雨続きで、とにかく蒸します。
 みなさん、食事、睡眠など健康管理にお気をつけて、くれぐれもご自愛ください。

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 魁皇の引退が決まって寂しいなぁと思っていた同じ日に、俳優・原田芳雄さんが亡くなったニュースも聞くことになってしまった。

 「一つの時代が終わったんだな」とは、昭和天皇が他界した時の父の感想だった。まだ62歳だったが、その時、一度は手術はしたものの病巣を取りきれなかった末期ガンで、その年の5月には本人も鬼籍に入ってしまった。父の逝った年齢も若かったが、祖父が他界した時も64歳くらいだった。だから、自分も同じような年齢でこの世とお別れなのかな、と思うことがある。
 (ただ、バアサンは90過ぎまでしぶとく生き続けたから、その遺伝子をもらえていないかとも思うのだが、バアサンのX染色体ではなく、ジイサン、オヤジと受け継いだY染色体をもらっているわけだから、その望みは薄いかもしれない。あとは80を過ぎても元気な母親のX染色体の遺伝子に期待するばかりだ。というか、寿命に関わる遺伝子情報が性別に関わるX、Y染色体に入っているのかどうか知らないけれど。)

 原田芳雄という俳優は、若いころは、サングラス姿の多い迫力のあるヤクザというかマフィアの大物というような怖さを発揮していた。ギラギラとした怒りを内に秘めた侍、三船敏郎の時代に比べると、刀をマシンガンに持ち替えて、しかも、三船敏郎の時代の寄り添う女に何も言えない武骨さではなく、女を酔わせる欧米的なダンディズムで、侍の時代がギャングの時代に変わったことを見せつけた俳優でもあったと思う。生き続けていれば、松田勇作と双璧を競っていたかもしれない。
 ある程度年齢を重ねたのちには、出てくるだけで迫力を感じる存在感のある大物になったと思う。芦田伸介とか佐分利信などのような、映画やドラマで出てくるだけでワクワクゾクゾクさせるような威圧感があふれ出るような存在になった。同世代の俳優で言えば、山崎務が好敵手だっただろうと思う。この人たちのいずれもが、財界の大物、フィクサー(黒幕)というような役柄が似合っていた。
 役柄の上では、緒方拳とか菅原文太のような茶目っ気を散りばめるようなタイプではなく、どこまでもダンディであり続けた人の一人だと思う。例えば、笑顔のシーンはあくまでも苦笑いしか似合わなかったように。
 いま、そうした渋い人たちのような、出てくるだけで圧倒されるような存在感を受け継いでいるとしたら、渡辺健、佐藤浩市(三國連太郎の息子)くらい、か。

 そうした数々の名優が亡くなる時に、カッコよかったと、多くの人が語るように、自分の父親もまた、意識が混濁する直前の最期の言葉が「ありがとな」「あとは、よろしく頼む」だったことが思い起こされる。戦前戦中生まれのオヤジたちの世代の死にざまというのは、どこまでも、人への気遣いのままなのだと思うと、一つの節操というものを感じる。

 自分が死ぬとき、感謝の言葉を残せるだろうか。
 いや、感謝しながら死ねるようになりたい、そう思うのでもある。

 (ところで、山崎務さん、菅原文太さんはご健在ですので、誤解なきようお願い致します。)

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 だから、ね、民主党はもう、おとなしく、黙っててくれないかな。

★ 蓮舫氏「優勝すごい」でツイッター炎上
 無責任な政治屋(つまり、政治家の名に値しない諸君のこと)は、自分のやったことについて忘れっぽくても、傷ついた人々は、それを決して忘れない好例でしょう。

★ 首相「私も諦めず頑張る」=なでしこ優勝で
 「やるべきことがある限り、私も諦めないで頑張りたい」って、キミ、仕事の優先順位も理解できていないようなトップは即退陣でしょう。
 何人もの大臣やわけの分らない補佐官たちなど、失言だらけで次々と失脚しなければならないような人物しか選ぶことのできない任命責任や、そもそもの震災対策や原発対策からして「唐突」な発言や指揮(指示)など、一事が万事、仕事のやり方も知らないような総理大臣なんて前代未聞なのですから、諸々の仕事で世の中に迷惑をかけっぱなしであること、政治を停滞させたり混乱させたこと、この責任を取って退陣することこそが最優先に「やるべきこと」でしょう。
 オタクが「やるべきこと」と思っていることを、オタクがやろうとすることが、日本のみんなにとって、とてつもない迷惑なんだって、分かってもらえないことが日本国民にとっての不幸なんだよ、管クン。仕事のやり方を知らないトップが頭につっかえている社会とか組織って、これ以上ないくらいの悲劇なんですよ、管クン。傍(はた)から見れば最高に滑稽なコメディだから、中国だの韓国だのロシアだのが領土問題で調子に乗っているの、わかってる? 管クン。

 これ以上、どこかで何かを言ったりやったりすれば、子飼いのレンホウちゃんのTwitterみたいなことになりかねません。分かる? 管クン。
 首相官邸に「なでしこジャパン」を呼びつけるアポを取ったらしいけど、今の内閣になんか「招待」されたって疲れてるのに迷惑なだけの彼女たちじゃないのかな? 管クン。

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★プロ野球★
 楽天イーグルスが順位を上げてきました。でもまだパ・リーグ6球団の中で4位ですから、この先、もっと順位を上げていってほしいと思っています。イーグルスをひいきにしている理由は、⇒ こちら
 ところで、ヤクルト・スワローズと読売ジャイアンツとの対戦成績ですが、ジャイアンツがスワローズに対して8連敗というのは、50何年ぶりという記録だそうです。
 半世紀ぶりというのは、スワローズがまだ国鉄スワローズだった時代の話です。その後、ジャイアンツは川上監督に交代して、長嶋、王をはじめとしたスター選手の活躍で9年連続の日本シリーズ優勝という1960年代の黄金時代を築きました。盗塁王の柴田とか、渾身の投球の時には帽子が飛んでしまったピッチャー堀内とか、西武ライオンズの監督になったキャッチャー森などが印象に残っています。
 多分、あの頃と同じように、そういう屈辱を味わった後で、生まれ変わるのではないか、つまり、監督が交代して心機一転を図る決断をしてから変身するのではないか、ジャイアンツを見ていると、そんなふうに思います。

★大相撲★
 先場所(技能審査場所)が幕尻で7勝8敗の負け越しだったにもかかわらず幕内に残った高見盛でしたが、今場所も1勝7敗と振いません。あの奇妙なほどの体の柔らかさがなくなって土俵際で粘ることも出来なくなっている印象です。一過性のスランプというよりは、最早、限界なのかなぁと、少々さびしい思いもしています。
 成績優秀な力士ではないけれど、愛嬌もあってファンに親しまれてきたユニークな力士ですが、これを最後に十両陥落ということになりそうです。
 ちなみに、好みの力士では普天王がいました。顔も体つきも、まるっきり五月人形のような、錦絵になりそうな、そんな美形の力士でしたが、今年5月に30歳の若さで引退して、年寄稲川を襲名しました。
 大相撲力士の中では、早くからブログを立ち上げた力士としても有名だったそうです。⇒ 普天王
 魁皇の最多勝利記録とか、白鵬の連覇記録とか、琴奨菊が大関に出世できそうだとか、楽しみな話題も多い今場所ですが、小柄な大関の日馬富士が元気なことと、豊真将とか隠岐の海のような若手が力をつけてきていることが嬉しくなっています。

★サッカー★
 いよいよ、今夜というか、明日の明け方ですね、女子サッカーのワールドカップ決勝。
 勝ったことがない相手に挑戦するのですから大変だろうと思いますが、ドイツに勝ったミラクルのように、アメリカ相手の決勝でもまた奇跡が起こってほしいと思いますよね、やっぱり。

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 祇園祭が、クライマックスだということで、今夜はこんな曲を思い出しました。祇園祭に関係ないけれど、「そうだ、京都行こう」から思い出した次第。(残念ながら、実際には他の予定があって出かけられませんが。)
 ジョン・コルトレーンの演奏は10分を越える長いものです。JR東海のコマーシャルは実に10年以上も続くヒット作で、四季折々のいろいろなバージョンがありますから、夏編を選びました。

My Favorite Things


John Coltrane - 1961
GONTITI


JR東海 そうだ京都行こう 2008年 夏 比叡山延暦寺編
 3.11大震災の被災地で失業保険給付の申請が13万人にのぼっているというニュースの中での話。
 正社員で28年間働いていた人の失業給付が月額15万円ほどで最長1年間という話に驚いた。

 たしか、10年か15年以上同じ会社に働いていた正社員であれば、失業給付は最長18カ月だったはずだ。失業保険制度の改悪がじわじわと進んでいるのは知ってはいたが、給付期間が半年も短縮されていたとは唖然とした。
 同じ会社で長く働いていた人ほど年齢も上がっているわけだから、再就職のハンディは大きくなる。だから、失業給付の期間は長く働いた人ほど長く保障される仕組みだったはずだ。(それによって、再就職のための職業訓練の期間も保障されるはずだった。)
 それに、給付金額が15万円という話にも驚いた。
 これには、例えば、働いていた会社の賃金体系も大きく影響していると思う。月々の失業保険の会社負担分の支払いや定年などでの退職金の金額を抑えるために、複雑な賃金体系を設けて手当部分を増やし、基本給部分を出来るだけ低額に抑えようとする会社があるからだ。以前の失業保険であれば、基本給の80%の給付だったはずだから、月額15万円の失業保険というのは、その人の基本給は18万円だったことになる。28年間働いた人の基本給がこんな金額だとしたら、その人の会社には労働組合がなかったか、あっても御用組合だったのかもしれない。本当に従業員の利益を守って闘う労働組合であれば、基本給をこんなに低く抑えるような賃金体系をこそ問題にして闘うからだ。
 あるいは、失業給付の基準が、大幅に引き下げられ、基本給の50%にまで抑え込まれたのだとしたら、本人の基本給は30万円だったはずである。失業保険の給付額がこんなにまで引き下げられてしまうのでは、失業保険の名に値しないだろう。基本給の半分しか給付しないのでは、生活の保障にはまったく役立たないのだから。だからと言って日雇いのアルバイトでもしようものなら、即、支給の打ち切りなのだから、給料の一部から失業保険(本人負担分)を払い続けてきた人にとっては、踏んだり蹴ったり、どん底に落ちろと言われているようなものである。

 会社の賃金体系か失業保険制度の改悪によるものか、いずれの場合にしても、問題のカナメの部分には「連合」がいる。「連合」が大企業組合とか正社員クラブとか非難されるように、労働組合の名をかたりながら、実は、会社の回し者だった御用組合であればこそ、こんな基本給の抑制だの失業保険の改悪だのがまかり通ってきたのだ。不安定雇用労働者を野放しに増やし続けたことにも責任がある。民主党はそんな「連合」とお友達である。

 月々の賃金から失業保険を天引きされていながら、いざ、実際に失業した時のことが不安な人は、迷うことなく闘う労働組合に入るべきである。会社にそんな組合など見当たらないとしたら、全国一般などの地域労組に個人加入すべきである。
 トヨタやニッサン、マツダなどの自動車産業や東芝、日立、シャープ、パナソニックなどの電機産業など、大企業でも会社の後押しを得て牛耳っている「連合」加盟の御用組合以外に、闘う労働者の少数組合がある。そういう少数組合であっても、会社は労使交渉は拒めないことになっている。御用組合ではなく、そういう闘う組合に加入して御用組合に負けないだけの勢力に育てていくべきである。会社に睨まれ、敵視される組合ではあるけれど、だからこそ、労働者の支持と信頼を獲得できるのである。
 あの九州電力の「やらせメール」事件のように、働く人々が頼りにし、告発の場を獲得するのは結局は共産党であるように、どうせ、勇気を出して労働組合を結成したり加入したりするのであれば、共産党系と呼ばれる勢力こそが、依拠すべき相手だと思っている。

 以下の部分を読みたい人は、マウスでドラッグして下さい。
 若いころ、学習塾の講師のアルバイトをしていた時、元・ブント(=民主党の仙谷由人が所属していたセクト)で司法試験に挑戦中というバイト仲間がいた。彼はもちろん共産党嫌いである。その彼が言っていたのは「だけどさあ、日共(=日本共産党のこと)ってよく闘ってるよ。労働裁判の判例なんか、ほとんど日共系の労弁(=労働問題弁護士)が関わっている事件だからね。しつこいくらい、よくやってる」だった。
 ちなみに、彼の大学時代の思い出は「他のセクトはなんだかんだと言っても馴れ合っていたんだけどさぁ、民青(=日本民主青年同盟)だけは本気だったなぁ。あいつらが動く時は、ホント、怖かった」という話だった。
 全共闘などの「極左」集団が華々しかった1960年代末、共産党や民青は正式にはその存在を総括していない(つまり、なかったことにしているか、知らなかったことにしている)けれど、「あかつき部隊」という伝説のヘルメット集団がいた。「安全第一」と書いた黄色のヘルメット姿で、全共闘などのヘルメット姿を皮肉っていた「部隊」である。その「あかつき部隊」は、御用メディアによって「極左」ともてはやされた全共闘に対して民主運動を分断、混乱させる分裂勢力だとしてムチャクチャ腹を立てていた一部有志集団だから、本気で襲いかかると、恐れられていた。(あの頃、ゲバルト=暴力に打って出るなら民青が一番強いと、誰もが思っていた。人数だけでも全共闘だのの「極左」セクトを上回っていた。しかし、共産党も民青も、そういうゲバルト路線は取らず、あくまでも民主運動に徹する方針だった。「あかつき部隊」はだから、まぼろしの伝説的存在となった。)


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 昨夜6時からの総理大臣記者会見。原発依存からの脱却を表明することが目的で開かれたものだった。

 で、この会見には、いったいどんな意味があるのだろうか。

 3.11大震災による福島原発の事故によって、電力業界やこれと癒着してきた自民・公明などの保守党に加えて民主党も、根拠も無しに言いふらしてきた安全神話が崩壊したばかりではなく、その事故の代償があまりにも大きすぎることから、日本のみならず国際的にも原発に対して懐疑的または否定的な世論が高まることとなった。
 国内外のこういう世論の動向をそのまま受け止めるならば、ドイツやイタリアのように原発との決別へという道を選択するのはもっともなことだと思えるだろう。

 だがしかし、民主党による総理大臣のこういう発言でまず思い浮かんだのは、政権をとった当初の最初の国際会議での演説だった。当時、鳩山由紀夫は、地球温暖化ガス=CO2の15%削減を日本の目標であるとブチ上げたのだ。で、この話は今だれがどのように担当して、実現に向けて何が実行されているのだろうか。この問題の今については、何も報道されていない。ついでに言えば、東アジア経済圏構想なるものも総理大臣が一人で勝手に掲げたこともあった。
 総選挙で争点の一つとなっていた普天間基地の問題にしても、海外移転、最低でも県外移転を公約にし、総理大臣に就任してからも、まるで、その実現のための秘策があるかのように国民を期待させ、この問題をズルズルと引き延ばした挙句、何の根拠もなくブチ上げた目くらましに過ぎなかったことがバレて、彼は1年で総理大臣の座を放り出した。(鳩山、小沢一郎、北海道教組出身議員の政治資金問題は、言ってみれば、首相交代の引導を渡すダメ押しの問題になったにすぎず、実行できる見通しのない公約問題が本質だった。)

 民主的な討論や研究の積み重ねなどは一切なく、世論うけしそうな話をトップが突然ブチ上げるアドバルーン戦術は、国民はもう、見飽きているのである。
 だから、思うのだ。「で、この会見には、いったいどんな意味があるのだろうか」と。

 原発からの脱却というのは、それ自体、結構なことだと思っている。共産党や社民党は、ずっと、そう言い続けてきたし、特に共産党は「安全性が担保できないもの(事業)に依存すべきではない」と、福島原発については、東京電力の原発事故隠しの問題の頃から、何度も問題をとりあげてきただけに、福島県議会でも国会でも、この問題に関わってきた議員や党員、支持者たちが「あの頃から問題提起してきたのに」と、少数野党の「忸怩(じくじ=歯がゆく悔しい)たる思い」を語っている。
 一旦事故が起これば、その影響の計り知れない大きさとか、補償問題をはじめとした代償の大きさに、国民世論は、原発に対する疑問に大きく傾いている。
 そんな世論のうけを狙ったアドバルーン。それが、ゆうべの記者会見だった。ろくに政策研究も民主的討論もしたこともないままに、総理大臣の個人的な見解を表明しただけの話である。政府の政策として、何がどのように実行されるのか、何の具体策もないままに、あの鳩山CO2演説のように、単にうけを狙っただけの目くらましである。

 民主党には、こういうアドバルーン戦術が多すぎる。唐突に耳触りのいい話をブチ上げておいて、その実現可能性については、あとで「あれは言いすぎでした」とケツをまくってシラっとする。(子供手当や高速道路無料化の話まで思い出す。)
 人をバカにするのもいい加減にしろ、と言いたい。


 ついでに言えば、脱原発宣言に見せかけるシラジラしい記者会見の意図は見え透いている。なんと言っても国民世論が脱原発に傾いているのだから、これを争点に解散・総選挙の争点に仕立て上げ、それによって、再び、民主党支持のなだれ現象を再現したい、ということに尽きる。党利・党略、私利・私略のあけすけな表現なのである。
 ここまでバカにされては、国民ももう、黙ってはいないだろう。というよりも、実は、国民的な気分・感情としては、もう、民主党への期待など修復不可能なところまで、地に落ちてしまったことを理解すべきである。管直人には、人々のそういう本音は、全く見えていないのだろう。

 これでまた、今日からの国会は、管直人発言の意図と退陣のタイミングをめぐる問題で修辞学的弁論の論戦という消耗戦の新たな項目がつけ加わることになる。それだけ、余計なつまらない質疑応答で時間を浪費することになり、管直人は「総理大臣就任何日目」と、延命日数を数えることをのみ楽しみにすることになる。

 さらに、もうひとつ、触れておこうと思うのは、きのうの記者会見での最初の質疑である。
 記者クラブの幹事会社を代表する形で最初に質問した記者(毎日新聞)が、「まず、質問の前に」と前置きしたのは、「(あの復興院担当の)松本大臣の辞任に際して総理に記者会見を申し入れたにもかかわらず応じなかった。自分に都合のいい時だけ記者会見を開く態度は辞めてもらいたい」という要望だった。
 管直人は、憮然としたまま、この要望には、何も答えず、無視して捨てた。
 御用メディアの御用記者たちでさえ、こう言わざるを得ないような首相官邸と記者クラブの関係を物語るものであり、しかもなお、そんな要望になど聞く耳を持たない総理大臣なのでもある。

 総理大臣が言いたいことを言うのは構わないが、それは、個人的な意見や願望としてのことであろう。だが、何の準備もなく、何の実現の手立てもなく、何の計画も定まっていないことを政府の政策であるかのように「発表」してしまうのは、詐欺に等しいというものである。
 今回の脱原発発言は、あのCO2削減演説、普天間移転公約とともに、民主党トップの詐欺的体質そのものなのだ。管直人なんて、ほんと、ムシズが走るほど汚らわしい人物にしか見えない。

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 幼児の虐待、殺害事件のニュースに触れるたびに、どうしてあんな小さな子たちに暴力をふるうことができるのかと理解に苦しむ。
 育児ノイローゼなどの苦しみの果てに親の心が壊れてしまう事例もあるだろうし、自らがDV(ドメスティック・バイオレンス)の被害者だった者が親となったときにDVを次の世代に及ぼしてしまうという例もあるだろう。また、シングルマザーと付き合って新たな家庭をつくるはずだった相手の男によるDVも少なくないように思う。
 それぞれに子どもを虐待したり殺害したりした親の側の事情には、様々な要因があるだろうから、一概に切って捨てるわけにはいかないのかもしれないが、それにしても、あんな小さな子どもたちに対して、なんてことをするんだ、と思ってしまう。

 当たり前の話だが、小さな子どもは、人間になる練習の毎日であり、その成長の速さに驚かされることも少なくない。幼い子ほど、その表現力は泣くか笑うかしかなく、言葉の表現力はずっと後、何年もたってからでないと獲得はできない。泣く、笑うの他に2、3歳くらいの子であれば、ジタバタして駄々をこねたり、異様なほどに人にしがみつき、抱きつくなど、オーバー・アクション気味になる。また、拙い(つたない)言葉も、いちいち、大声になりがちである。
 そういう発展過程の理解とか対応を誤ると、いつでも不機嫌な親と子であり、家庭内がいつも怒鳴り声と泣き声の応酬になってしまうと思う。その果てに虐待、殺害という悲劇が生まれてしまう。
 しかし、もともと表現力の乏しい幼い命であって、人間になる練習をしているのだと思えば、幼な児(おさなご)のやることについては、大人の側は、可笑しがったり楽しがったり、また、命を育んでいる自分自身が、親であるという感覚的な自覚が育ってくるものだと思う。それは、ある意味、親自身の成長過程でもあるだろう。
 そういう親子関係は、何も血縁による必要はない。しがみついてくる子を抱きしめてあげることでお互いの絆は生まれ、強まるものだと感じている。子どもができなかった夫婦が養子を迎えるにしても、シングルマザーと新しい家庭を作ろうとする男にしても、子どもがしがみついてくるようになるかどうか、それが、分かれ道になるだろうと思っている。
 たぶん、それは、見守ってあげる、という大人の側のゆとりがあるかどうかで違いが出てくるのだろう。

 私立女子校のケース。
 「低学年の子ほど、無駄な動きが多いのよねぇ」
 「ん?」
 「今度、中学校が併設になって1年生が入って来たのよ。ついこの間まで小学生だった子たち。」
 「うん」
 「あの子たち、よく転ぶの。学校の廊下で。」
 「へえ」
 「小さい子って、普通に歩かないのよね。必要もないのにスキップしたり、走ったりするもんだから、よく転んでるわけ。高校だけだった頃には、なかったことね。高校生って、やっぱり、それだけ成長してるんだなって、改めて感じたな」
 「なるほど。まあ、中学生にしたって高校生にしたって、大人の人間になる前の練習中の生き物だからね」
 「うん。学年が上がるほど、無駄なことしなくなってるのが成長のしるしかな」
 「年齢に応じて無駄なことしながら成長するんだろうな」
 「そうね。子どもだと思ってた高校生たちが急にお姉さんに見えるようになったのも、我ながら可笑しかった」

 そういえば、小学生の頃って、真っすぐには、家に帰らなかった。必ずと言っていいほど、どこかで「冒険」してから帰っていた。あとから思い返せば、ばかばかしいほど幼い「冒険」なのだけれど、それもまた、無駄の積み重ねの一環だっただろう。自分たちの場合は、道路やビルの建設現場に捨てられていたヘルメットを拾って来るのが仲間たちで作った秘密基地の「少年探偵団」兼「サンダース軍曹」の任務だった。「コンバット」が人気ドラマだったあの頃、アメリカ軍のようなカッコいいヘルメットを手に入れることが憧れだったし、「少年探偵団」に入るのが夢だった。
 そんな子供の頃の写真の中には、まだ赤ん坊だった弟や妹の、よだれかけをして満面の笑みの得意顔の写真の背景が、ボロボロに破れた障子だったり、使い終わったカレンダーの写真を貼り付けた継ぎはぎだらけの襖(ふすま)だったり、この喜色満面の赤ん坊によって破壊された家の中の惨状もまた写っていることが少なくなかった。あの頃、だからと言って、誰も怒らなかった。障子を破くなんて、赤ん坊の仕事の一つ、くらいに思っていたのだから。どこのうちの写真もそんなものではなかったかと思う。むしろ、障子を破くくらいに元気に育っていることを喜びあっていたように思う。

 ショッピングモールで見かける家族連れで、小さな子たちが大声を出したり、キャッキャとはしゃぎながら飛び跳ねているのを見て、「ははは、人間になる練習中だね」と思うと、楽しくてしょうがない。(あんなにはしゃいでいたら、どうせ、どこかにぶつかって、ひっくり返って大泣きするんだろうな、と思っていたら、その通りになるし。道路に飛び出しかねないなど、よほど危険な場面でもない限り、手も足も全身も伸び伸びバタバタさせてあげたい、大声もまた楽しんであげたい。)

 小さな子たちが成長過程=発展途上にあることを楽しむことが出るか否か。面白いと思えるか否か、それは振り返ってみれば、自分自身の命を大事に思えるかどうかの違いだとも思っている。
 殺伐とした投げやりな人生にとっては、幼い命をいつくしむ気持ちなど湧いてこないだろう。だが、どんなに不遇な人生であろうと守りたい命がある人にとっては、自分自身が生きること自体もまた、励まされることになると思う。

 子どもは面白いと思える大人でありたい、子どもがなついてくれる大人でありたい、そんなふうに思う。

ひばり児童合唱団 少年探偵団の歌


COMBAT TV Show Intro


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 唐突に、という話は何度めだろうか。
 原発の安全性を確認するためストレス・テストを行なうと総理大臣が「唐突に」指示したために、「玄海原発の安全性は国が保証する」と言い放った経済産業大臣が苦渋の表情を浮かべ、時期が来たら責任を取る(=辞任する)という答弁に追い込まれた。
 閣僚間の意思統一ができていないことに与党の幹事長、国会対策委員長などまでも自らの党首でもある総理大臣の批判を公然と口外し始めた。
 国政ばかりでなく、県知事たちも晴天の霹靂(へきれき)だと、混乱ぶりを隠さない。
 経済界も唖然として、何を言うべきか、困り果てている様子だ。

 さて、こうなると、管直人というのは、ペテンを弄して総理大臣の椅子に固執したうえに、自らがトップに立つ内閣でも民主党でも、意思疎通もなく唐突にコロコロと方針を変えるのだから、もはや、暴君と呼ぶべき事態にまで踏み込んだと言うべきだろう。
 こんな内閣、こんな総理大臣は、誰もが見たことがないだろう。ある意味で狂気とさえ思える総理大臣の言行に、この国はいったいどうなってしまうのだろうかという恐怖感すら感じるほどではないだろうか。

 管直人は、国会で「憲法上与えられた権限の中で全力を挙げて仕事をしている」と答弁している。
 権限を手に入れたのだからやりたいようにやる、ということなのだろう。それが管直人流の憲法解釈であり、民主主義についての独特の政治観なのだ。

 国会をはじめとした議会というのは、様々な利害を代表して選挙された者たちの言論の場であるから、政敵に言質を取られまいと弁論を闘わせることは当然ではあるけれど、そして、それだけに政治家を目指す者たちが弁論術を磨こうと励んでいることも、いわば、専門技術の鍛錬だということになるけれど、その弁論術にもまた、歴史がある。
 いま、弁論術として最も一般的に訓練されているのがディベートだ。普通、討論と呼ばれる方法で、分かりやすい例の一つは模擬裁判だろう。参加者がある事件について原告と被告に分かれて討論を練習するという方法である。これと同じように、様々なテーマで教育ディベートが行なわれることがある。例えば、今もっともホットなテーマと言えば原子力発電だが、これについて賛成・反対の立場に分かれて討論をする、というような教育・学習としてのディベートであり、場合によっては政治や行政に民意を反映させるための直接のディベートでもある。
 これは、言ってみれば、討論を行なう当事者だけでなく、聴衆をも納得させるための弁論の技術である。どのようにして聴衆を納得させるのか、という立場であるから、民主的にことを決しようという態度だと言える。
 ところが、古い時代の古い方法に依拠している者たちもいる。
 それが、修辞学、つまり、レトリックである。このレトリックという言葉は、ほとんど、詭弁と同じような意味に解釈されるほどの歴史上の遺物だと思うのだが、こういう方法で弁論を展開しているのが、まさに、管直人なのである。
 修辞学とは、君主に仕える官僚たちが、自らの身の安全を確保するために発展させた弁論方法、つまり、責任を取らされて処刑されたり辞職・左遷されるのを免れるための「護身術」の類いである。
 かつて、竹下登 (田中角栄の弟子) が「言語明瞭・意味不明」と言われたように、とてもハキハキと答弁するのだけれど、言ってることの意味がサッパリ分からないという総理大臣だった。野党の質問に突っ込み倒されないように、なんとかして質問をはぐらかすための「涙ぐましい努力」でもあった。角栄の番頭と呼ばれた人物にふさわしく、会社で言えば専務的な立場を貫いて、総理になってからも念頭には角栄親分がいて、その親分と自らの立場を守るために「言語明瞭・意味不明」を通したものだった。
 しかし、今の総理大臣、管直人は、誰かを守るために詭弁を弄しているわけではない。彼はもっぱら、自分自身のためにのみ、この修辞学的な態度を貫いているのである。
 「わたし自身が、辞職だとか退陣だとか、わたし自身で言った覚えは、わたし自身、ない」と、くどいほど「わたし自身」を挟み込んだ国会答弁をしている。オレは、オレだけは、言い間違えなどしていない、というわけである。
 「一定のめどが立った時点で、若い世代に諸々の責任を引き継いでいきたい」とは言ったけれど、「辞める」などの言葉は使っていない、そういうことなのだ。
 物事を「言った、言わない」レベルに落とし込み、詭弁を弄ぶ(もてあそぶ)言論ゲームに辱(はずかし)めてしまおう、それが、管直人の修辞学的弁論術なのである。

 そういう相手というのは、政敵が外から攻めてみたって、幾らでも言い逃れしようと、または、言い逃れできると、開き直るものである。それは、身内からの批判にしても同じことで、外からの批判であろうと内からの批判であろうと、カエルのツラにションベンである。その開き直りの息の根を止めるのは、誰も指示命令に従う者がいなくなる機能不全に持ち込むこと以外にはない。
 思い出すのは、三越百貨店の岡田社長解任事件だ。取締役会の全員が辞表を胸に忍ばせ、専務の緊急動議を待っていた。おもむろに専務が「社長解任動議」を発議し、間髪いれず全員が賛成の起立をした取締役会である。岡田は「なぜだ」の一言のあと絶句、その場で社長をクビになった。劇的な社長解任劇として伝説になった一幕だった。
 管直人にも、そんな日が近づいているのかもしれない。ただ、民主党が理念なき野合集団である、ということが三越百貨店の役員たちが志の人々だったのと違うところではある。

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 こんな横柄な大臣、即刻クビにすべきでしょう。元・社会党の人間というのは仙谷由人などにしてもそうですが、「オマエ、何様のつもりだ」と言いたくなるアホな政治家が多いことが特徴の一つになっています。
 結局のところ、管直人では、こんな閣僚しか任命できないのだから、管内閣そのものを一日も早く退陣させることが世のため人のためになるわけです。

【震災】松本大臣が被災地で「厳しい」注文(11/07/04)


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