エレクトーンの60周年という記念すべきハレの日に、19年間ともに育った猫とお別れしました。
名前はリリ。後ろから見るとくっきりと分かれた模様が特徴的な三毛猫です。

くりくりで真ん丸のお目々をした、近所でも人気者の美猫さんでした。



最初に出会ったのは母親でした。
買い出しに出かけていた母が、反対側の道路へ渡ろうとする見知らぬ三毛猫を見つけて、「いま渡ったら危ないよ」と声をかけたのです。
こちらを振り返った三毛猫は道路を渡るのをやめ、なんと汐日家までついてきてしまいました。

それが、まだ一歳にもなっていない子猫のリリでした。

おそらく違う家で飼われていて、外に出たまま来た道を見失ってしまったのでしょう。

さて、家についてきたはいいものの、当時我が家にはすでに奈々という猫がいたので、二匹は玄関先で一発触発のものものしい雰囲気に……(汗)ガーン
私はちょうど運動会から帰ったところだったので、玄関先で喧嘩する猫たちを見て驚いたものでした。
まさかその猫と19年近くも同じ時をともにすることになろうとは……。



19歳まで生きたということもあり、彼女は非常に丈夫な猫でした。
病院にかかったのは避妊手術をしたときと、虫歯になったとき、そして今回の3回だけです。
骨が非常に丈夫だったので、火葬したあとも喉仏や肩甲骨、足の骨などが綺麗に残っていました。
特に足の骨はオス猫並みに立派だったそうで、火葬場の方も「これ以上大きな猫の骨はないくらいですよ!」と言って通常よりもワンサイズ大きな骨壺(おそらく子犬用)を用意してくれました(笑)ニヤリ

その丈夫な身体を駆使して、彼女はよく走り、よく戦い、そして多くの人や猫たちを助けました。
夜のお散歩が大好きで、私たちのそばを馬のように走り抜けては、必ず私たちが追い付くまで待っていてくれました。
外で野良猫や自分の家の猫が喧嘩をしようものなら、一目散に駆けつけて追い払ってくれました。
その様はさながら戦乙女ジャンヌダルクのよう!
そして、なんといっても人の気持ちをよく汲み取ってくれる賢い子でした。



隣の家の三毛猫が亡くなったときは、悲しみに暮れる飼い主の人の家に通い続け、じっと寄り添い続けたそうです。
家の猫たちが飽きてしまったおもちゃや気に入らなかったクッションは、すべてリリが無駄にならないように使ってくれました。
こうめとたき、という2匹の子猫がやってきてからは、母猫の代わりになって彼女たちを立派に育ててくれました。

たきが迷子になったときは、近所のボス猫にかけあって探すように声をかけてくれましたし、そしてなんといっても実の母猫・父猫に2匹の無事を知らせてくれたことには驚きました。
今まで家の近くでは見たこともない猫だったので、探すのにはさぞかし苦労したことでしょう。



子猫たちは突然母猫代わりの存在を喪った事実に、まだまだショックを隠せない様子です。
二匹は家を出るリリの姿を不安そうに眺めていましたが、残念ながらリリは元気な姿に戻ることはなく、変わり果てた姿で家に戻ってきました。
たきはまだ死というものが理解できていないのか、「リリちゃん、やっと帰ってきたんだね!やっと遊べるんだね!」と言わんばかりに棺の中に飛び込んでしまったので、私たちが慌てて引きはがしました。
こうめは棺の中で息をしていないリリの姿を見つけると、くんくんとにおいをかぎ、それがリリであることを悟り……棺桶に花やご飯を供えている間、しばらく近くに寄り添って様子を眺めていましたが、やがてその場にうずくまってしまいました。
今は二匹とも、りりのにおいがついている布の周りに集まって離れようとしませんショボーン



思うにリリは、自分の生き方を自分の頭で考え、選択できる猫だったのではないかと思います。
リリは(仕方ないとはいえ)どこか奈々という先住猫に一方的に嫌われていたふしがあったので、基本的に二階を自分の縄張りとして、衝突が起きないように工夫していました。
そのせいで私たちはリリとの接点があまりなく、思うように甘やかしてあげることができませんでした。
本当は人間の膝に乗るのが好きだったのに。エレクトーンから鳴る木管の音が好きだったのに。生まれて初めて懐石を食べたときは目を真ん丸に見開いて感動してたのに。たまになでてあげれば、よだれを垂らすくらい喜んでたのに(笑)!笑い泣き

だからこそ、何度も思ったことがあります。
「貴女は本当に我が家に来て幸せだったのだろうか?」
あのとき道路に渡るあなたを呼び止めていなかったら、もしかしたら違う家で一匹だけで飼われて、もっともっと甘やかされていたかもしれない。もともとの家から出ることがなければ、今よりも幸せな毎日を送っていたのかも。

それでも、彼女は私たちの家から出ることはありませんでした。
彼女は自ら考え、そして選択していました。自分の立ち位置も、外に出るのをやめた日も、そして息をひきとる瞬間ですら。
リリが亡くなったのは、父と母が病院を訪れてから、ほんの1時間後のことだったといいます。
点滴をするようになり、胸水になり、呼吸が苦しくなって、酸素の入ったケージでしか生きられない身体になりました。
後ろ脚に力が入らないのに、自ら立ち上がってふらつきながら水を飲みに行くんです。
懸命にに生きようとする姿を見ていたら、私たちには生命維持装置を止めるという選択ができませんでした。
けれど、これ以上苦しんでもほしくなかった。
悩んでいる人間たちの話を聞いた彼女は、酸素部屋の中でたった一人きり、私たち家族が訪れるのを待って、そして静かに息を引き取ったのです。

それが彼女が自分自身で選び取った生き様であり、そして死に様でした。

私はまだ、自分の力で自分の生き方や死に方が上手に選べていません。
本当だったらとっくに覚悟を決めていなければいけない年頃なのに、自分の生き方に対して責任も覚悟も持てていません。
自分で飼い主を選び、置かれた状況に自分をフィックスさせ、しっかりと子どもたちを育てて旅立っていった19歳の猫の姿から、私は何を学べただろう。
考え始めると涙ばかり零れてきて、心は空っぽになってしまいます。
今言えることは、隣に並ぶこともできないほど、彼女がまぶしくてならないのだということだけです。

リリちゃんが亡くなった夜、夢を見ました。
柔らかい肉球を両手で握って、上下にゆすりながら楽しくおしゃべりした後、ふと上から彼女を見下ろしてみたら、まっさらな白い毛並みのぶち猫の姿に変わっていました。

彼女はもしかしたら、今まで救ったたくさんの魂を背負って、颯爽と次のステージに進んでいるのかもしれません。
今までありがとう、そしていってらっしゃい、リリちゃん。
私はこれから時間をかけて、君との別れを咀嚼し飲み込んでいきます。

昨日は新宿でとあるコンサートの記念すべき第一回企画会議がありまして、その後楠本まどかちゃんに応援上映に連れて行ってもらいました!

 

 

皆さん振付が完璧すぎてついていくだけでも必死でしたが(笑)、隣にまどかちゃんがいてくれたので安心して楽しむことができました!照れ

今回はユニットの垣根を超えたコラボということで、皆さんの意外な一面が見られて面白かったですね。

例えばいつもはほんわかしている子がゴリゴリのヴィジュアル系の曲を歌ってたりびっくり知ってるキャラクターさんが少ないな……と思って油断していたら、めちゃくちゃ好みの曲がぶちこまれてきて焦ったり(笑)ずっと気が抜けなくて楽しかったです笑い泣き

あと巨大なスクリーンで見る空飛ぶスケボーの躍動感はすごかった爆  笑

ペンラの色は基本的に黄緑で固定、ファーストインパクトで「あ……この顔好き……」と思ったシオンくんばっかり眺めていました。

途中何度か他の子に目移りしそうになったのですが、アンコール後にぼーっと周りを眺めて、時折思い出したように手を振ってる姿を見たら「アーーーーーだめだーーーー―推すしかない―ーーー―(顔覆い)」という変なスイッチが入ってしまいました。

ありがとうまどかちゃん……推しがいる毎日は素晴らしいものです……ラブ

 

そーしてはいはーい!新しいエレクトーン弾いてみた動画、アップしましたよ~!

 


大好きな菅野よう子さん×坂本真綾さんによる一曲!『プラチナ』という楽曲をアレンジさせていただきました。
かつて『カードキャプターさくら』のOPテーマとして起用された曲で、私くらいの世代の方にとっては等しく神曲として有名な曲なのではないでしょうかグラサン

ちょうど昨日は菅野よう子さんが作曲された奉祝曲が発表されたので、偶然にしてもなかなかタイムリーだったなぁと思います!ウインク

もともとは今年の春、同人誌の表紙作成などでお世話になった沙希ちゃんの結婚式にて、依頼を受けて作ったオリジナルアレンジです。
サビのストリングスのフレーズ以外は、すべてアカンパニメントなどを駆使して実際に発音させています。
どれも原曲をよく聞いて、聞こえてくる音をエレクトーンで模倣してみました。
透明感があって可愛らしい真綾さんの声は、ソプラノサックスとパンフルートで表現しました。サビはどうしてもストリングスにしたかった~
一番苦労したのがイントロの笛っぽいシンセの音で、あれだけはどうしても理想に近づけるのが難しかったので、通っているエレクトーンの先生に泣きついてえーん(←)一緒に作っていただきました。
一番最後のぴろぴろアカンパニメントは、なかなかうまくできたのでは……!?と個人的に気に入っています(∀`*ゞ)

そしてデータを作るのももちろん大変だったのですが、それ以上にこの曲はなんといっても足鍵盤!足鍵盤が鬼レベルの難曲でございまして!ガーン
本番前はハードな練習に没頭しすぎて、酸欠?になったのか立ち上がることができなくなってしまいました……(笑)
それくらいハードな曲なんですけど、どこで演奏しても皆さん喜んでくださるので、これからも機会があれば演奏し続けたいと思っていますチュー

動画の撮影につきましては、ハンドルを回すとカメラの位置を滑らかに動かせるという、新しいカメラ三脚を使って撮影いたしました!
今までは静止で撮影した映像に対し、編集ソフト上でカメラ移動の動きをつけていたのですが……
今回はカメラそのものを動かして撮影しているので、ピントの位置が変わったり奥行きが違ってくるという、非常に面白い映像になっています!おねがい
また三脚の下にタイヤを敷くことで、簡易ドリー撮影もできるようになりました。
たまに飼っている子猫たちがちょこちょこフレームにインしてきますので(笑)癒されながらご覧いただけると嬉しいです。

色合いも今までのコスプレ映像は、比較的パキッとした風合いに仕上げていたのですが、今回は自作フィルターをたくさんかけて、やわらかくマットな質感に仕上げておりますニヤリ
このあたりも動画編集の場数を踏んでレベルアップしてきたところかな~と思ってますニコニコ
女の子らしいやさしい映像になってると嬉しいです♪

 

それではー!

この度、トランペットとエレクトーンのデュオ『petitfour』は、10年余りの歴史をもって活動休止を迎えることとなりました。

2010年の私はまだ学生で、家から最も近いヤマハ音楽教室で受付のアルバイトをしていました。
コンクールだけでなく、STAGEA DAYなどを通じて人前で演奏することには慣れていましたが、コンスタントに演奏する機会はなかったので、今日までの演奏活動のメインはほぼpetitfourの活動だったということになります。
いつもソロ演奏のパートを設けていただいていたので、あらかじめ作っておいたオリジナルアレンジを披露させてもらったりしていました。
人前で演奏する技術はもちろんのこと、ステージで披露できるアレンジ力も身につきました。本当にありがたいことです。

一緒に活動してくださったトランペッターさんはとても紳士なお医者さんです。普段はアマチュアオーケストラで演奏されています。
会場の方とコミュニケーションを取ったり、演奏の合間のMCでシーンに合った話題を取り入れたり、お隣で拝見しながら貴重な勉強をさせていただきました。


そもそも学生のときの自分の夢は、「他の何を犠牲にしても、エレクトーンを演奏し続けたい。」ということ。
「演奏を聞いてくださっている方のたった一人でもいいから、いつかこのコンサートのことを思い出したり、これをきっかけにエレクトーンに興味を持ってもらえたりしたら幸せ」。そんなふうに思っていました。
だから、当時の自分が今の自分の姿を見たら、「夢が叶っている。すごい!」ってさぞかしびっくりしただろうなと思います。
社会人になるということは、音楽に関わるという夢をあきらめて、日々を淡々とこなすことだと思っていたので。

そんな私がpetitfourの活動をお休みするということは、人前で演奏することをしばらくお休みする、ということに限りなく近いです。
どうしてそうなってしまったかというと、実は自分でもその理由がよくわかっていなかったりします。
なので、まとまらないままこの文章を書き始めてしまっているんですけど、ちょっとだけ今の自分の状態に近いかな、と思った記事がありました。
毎週なんだかんだ目を通している、射手座のしいたけ占いです。

https://voguegirl.jp/horoscope/shiitake/sagittarius/20191007/#!/p/1/

『「楽しさ至上主義」みたいなものに嫌気が差すことがあります。』
たぶん、今の自分はここに到達してジタバタしているんじゃないかと思いました。
ちょっと前までの、それこそpetitfourの活動を始めたばかりの自分は、一生懸命アレンジして、演奏して、ちょっとでも誰かに喜んでもらえたなら、その繰り返しだけで十分幸せじゃないかと思っていました。いや実際幸せなんです。楽しいんです。それは本当にゆるぎないんですけれども。
だんだんと回数をこなすにつれて、「会場のお客さんに喜んでもらうのは当たり前だし、そうでなければならない」と考えるようになりました。
挙句の果てには「前回よりもさらに喜んでもらわなくては」、「そのために何をすればいいのか考えなくては」、……驕ったつもりは決してないけれど、そんなことまで考えるようにもなりました。
高齢者施設なら演歌や童謡、お子様の多い商業施設ではディズニーやジブリ。
デモンストレーターさんのコンサートを見に行っては、さまざまな企画を研究して自分なりに作ってみたり。

あれこれ考えている時間も、試行錯誤の結果に喜んでもらえた瞬間も、どれも本当にうれしかったです。
ただ、仕事の合間にそんなことを繰り返していると、こういうのは「勝ちパターン」を見出すものじゃない、とか余計なことを考えるようになってしまって。
当たり前のように頑張って、当たり前のように喜んでもらって、それを当たり前だと勘違いしそうになっている自分がだんだん怖くなってきてしまいました。
頑張りが足りないわけじゃないんだけど、忙しい日常の合間にその場しのぎの音楽を届けてしまっていないか?
最後の最後の一分一秒まで、ちゃんと自分が納得した100%の演奏を、気持ちをこめられているだろうか?

そんなことを考えていたら、答えは決してイエスではないような気がしました。
それはたぶん、積み重ねた時間が私に与えてくれた、新しい課題なんじゃないかと思います。
ある程度器用にこなせるようになってしまったからこそ、今このタイミングで自分に警鐘を鳴らさなければならなかったし、本当の音楽とは、本当の感動とは、果たして「慣れ」や「経験」からも生まれてくるものなのかどうかを、自分なりに考えていかなければならないような気がしまして。

私がデモンストレーターや講師の道に進まず、仕事の合間にエレクトーンを演奏する「エレクトーンパフォーマー」になろうと思ったのは、フツーに自信がなかったのが大きな理由ですが(笑)、きっとこういうときのためだったと思うんです。
音楽を仕事にしてしまうと、納得がいかなくても、何かがおかしいと感じても、人から望まれる形で前に進まないといけない。音楽を、食べるため・生きるための道具として使っていかないといけない。
でも、趣味の中で音楽を追求していられる間は、自分の軸がブレてしまいそうになったときに、ちゃんと立ち止まって自分を問いただすことができる。
今の私にはきっと何かが欠けているのだと思う。技術もついて、人からも喜ばれて、限りなく幸福で満たされているけれど、でもそれを黙って享受できるほど完ぺきではない。
じゃあ何が足りないの?という話になってくると、それはきっと次なる挑戦の果てにしか見えてこない気がするのです。

というわけで、ちょっとお休みします。
そんで、大丈夫だと思ったらまた新しいことに挑戦してみます。
こう言っちゃなんですが、自分にも他人にも厳しく在り続けるのって、めちゃくちゃ気力・体力がいるじゃないですか。
自分が正しいという保証はどこにもないし(というか見えてないし)、誰かの上に立って威張り散らしたいわけでもないのに、「きっとこういうことじゃないか?」と仮説を立てて進み続けるのは正直しんどくなる時もある……
だからなのか、最近は油断してるとすぐに怠けたくなるし妥協したくなるし、人に好かれたくなってしまうんです。
人から嫌われるのって普通にめちゃめちゃ怖いし、そうまでして得たものが未来の自分にとって価値あるものなのかわからない……。
だから、迷っています。でも、ここまでたどり着いてしまったら逃げ出すのも何かが違うような気がするから。

だから、今はひとまずpetitfourの歩みの軌跡に祝杯を。
これまで演奏を聴いて下さった方、そして応援してくださった皆様、10年間本当にありがとうございました!