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わたしと鬱と

うつ病のお話です。
※このようなお話が苦手な方は閲覧注意です

こんにちはフロゥです

新たに発症して病院へ行くところまでのことを書かせていただきました
ここへ書かせていただいていることは過去のことです
今現在の気持ちではなく過去の気持ちです
今のことではない ということを踏まえて読んでいただければと思います

ブログへ足を運んでいただきありがとうございます
- 不穏 -

私は家に帰らず外へ泊まることが増えました
家に帰らなければ愚痴を言われなくてすむけれど
帰らなければ愚痴のメールが届く
まったく解決にはなりませんでしたが帰ることができませんでした
次第に携帯が鳴るだけでも頭が痛くなり
私の落ち着ける場所がなくなっていきました
どこに逃げればいいのか
そんなことばかり考えるようになっていました


そして私は家を出ました


何も準備をせず出てしまったためしばらくは出張専用のマンションで身を潜めました
着替えは家に誰もいないときにこっそりととりに帰りました

同じ頃
仕事へ出て行くのも辛くなり
朝起きられない
目が覚めても起き上がれなくなりました
涙ばかりが出てきて仕事に出れず
そんな私を私は責めました
ちょっと嫌なことがあったぐらいで仕事をさぼって社会人失格だ

何もないのに怖いと泣き喚き
携帯電話がなると頭を抱えて震え
ずっと下ばかりを見て
誰とも会いたくないと言い出し
明らかに私の状態がおかしくなり
彼氏は私を精神科へ連れて行きました
-沈みかける-


自席での仕事が片付くと私は資料室で片付けをすることが多くなりました
席に座っていると上司がくるからです・・・・
逃げるようにして資料室へ隠れて仕事をし
自席にいるときは上司が近づいてくる気配があると
コピーをとりにいくふりをしたり
他の人のところへ用事にでかけたり
お手洗いに立ったりと・・・・
落ち着いて仕事をすることもできませんでした

1ヶ月がたとうとしていたある日
我慢ができなくなり女性の先輩に悩みを打ち明けました
先輩は親身に聴いてくださいました
そのことで気持ちは少し楽になりました

しかし沈みかけていた私の気持ちはそう簡単に元には戻らなくなっていました



仕事は年度末の忙しい時期へ差し掛かっていました
家に帰ると母の愚痴です
仕事に熱中していて楽しく働いていた時は愚痴を言われてもなんということはありませんでしたが
上司とのことがありストレスがかかっている状況での母からの愚痴は家での居場所まで奪っていきました
私は母へ口答えをしたことがありませんでした
何でも親の言うことを聞いて育ってきました
そんな私だからこそ帰りが遅いということが母にとってはとても不満だったようです
それでも私は反発できませんでした
少しだけ「もう私もいい歳だし」と笑って言う程度でした