11/2(土)〜3(日) 名古屋 今昔物語り (後編) | FLOATING JAM の 『続・浮いたり、沈んだり。』

FLOATING JAM の 『続・浮いたり、沈んだり。』

  不定期更新
  FLOATING JAM & FJスズキ の 『日常と非日常』




(『中編』からつづく。)



明けて 11/3(日)。
引き続き名古屋だがや。



夕方からのメインイベントの前に。


● 豊田市美術館 『反重力 Antigravity 浮遊 | 時空旅行 | パラレル・ワールド』


よくわからんけど、とりあえず「私好み」のタイトルなので行ってしまう。




中身は・・・。

インスタレーション的な作品多し。
全体に白かった。
確かに浮遊感に満ちていたかも。
まあ、その辺の端緒は ちょっと掴めた気がするので よしとする。




なんかやっぱり「集中力ない」せいにしてしまいますが、もうちょっと腰を据えて観ないといけないネタだった気もする。
重ねて、豊田市美術館に行く度に気になってた美術館の丘の麓の うなぎ屋さん が、いつにも増して気になって仕方ない。
で、そのお店で昼食~。
名古屋だから「ひつまぶし」・・・とかではなく、もっとストレートにうなぎが食べたかったので「うな重」。
そもそもメニューに「ひつまぶし」があったかどうかも知りませんが・・・。
表がカリッと焼いてあってウマかった。
(ってゆーか、大枚はたいてますから ウマくなかったら困る。)




この後、ちょっとしたお使いにと思っておりましたが。
名古屋市内、電車とバスを乗り継いで どうにかこうにか辿り着いたお店に 目当ての品はなく。
お客の気遣いのなさに加えて、店員さんの素っ気ない態度にちょっとテンション下がる。
あぁ。






栄に戻り、ようやく今回のメインイベントへ。



『前編』の冒頭に記した通り、大学時代に所属していた音楽系同好会の OB会に出席。

前回の開催からもう 8年も経っていたとは・・・。



前回は呑みだけでしたが、今回は演奏もできるライブバーにて。
なんだか、メジャーな人も演ってるお店だそうですが、約 120名(!)で貸し切り。

私の代が 19期、今年入部の最若手が 45期だそうで。
最古参は 4期の大先輩から ピチピチの現役まで含めての 120名参加なわけですが、ゆえに 半分以上は「知らない人」。

私の現役当時で部員 40~50名くらいでした。「同好会」としてはかなりの大所帯で、本来なら「部」に " 昇格 " すれば、予算的に優遇されたりとかいろいろメリットもあったらしい。
逆にその分 縛りが多くなったりという煩わしさとも裏腹で、伝統的に「同好会」を貫くという姿勢だったかと思います。
それが今では部員 100名超とのこと。うほほ。

定期演奏会なんかでも、昔以上の本気オーデョションを通らないと出られないらしい。
昔は「部長バンドがトリ」という予定調和もあったりしましたが、今は 部長バンドでもオーディション次第で落ちるんだと。
まあ、物理的に枠が限られてるわけだから必然的に そうならざるを得ないってことか。




あのころは「音楽をやる」というよりも むしろ「部活動をする」という方に意識が向いていたんだな~と、今 改めて思います。
例えば上記の予定調和も、そんなところに由来するものではなかったかと。


「音楽をやる」ための拠り所として同好会に所属するという ある意味手っ取り早い道筋を選択したわけですが、同時に これだけの大所帯を組織として運営して行くということは、その組織の「維持」自体が目的化しているところもなきにしもあらず。

そんな中でも デモテープ作ってライブハウスに出演したり/コンテストに応募したりという 音楽に対する意識の高いバンドもあったりもしましたが、私も含めて大方は「部活動としての音楽」に終始してました。
(因みに、当時の事情として「ライブハウスに出演」といったらものすご~くハードル高いと思ってましたし、実際そうだったと思います。)

逆に、「部活動」としてのある種 " 緩さ " ゆえに音楽が続けられたという側面も否定できない。
皆が皆 真正面から音楽そのものに向き合おうとしていたとしたら、その真剣さ故にむしろバンドの維持からして困難を極めたものと思われます。メンバー同士で歩調を合わせることすら難しかったのではないかと。
当時、そういうところを目指す人たちの集う別の音楽サークルというのも存在していて、そちらは部としての体裁よりも個々のバンドの活動に軸足を置いていた感がありました。基本、学年とか関係なく演りたい人同士で演るというスタイル。純粋に音楽の観点からしたら むしろその方が自然なのですが、結果 常にメンバーも流動的で部としての形は整い難い。

学祭では両部共同でライブハウスを開いたりとか、決して仲が悪い関係ではなかったのですが、最後の最後でどこかお互い相容れないところもあったような気がして、それは そんな意識の違いに根差すものだったのかも知れません。

入部時にきっちりそこまで意識してたわけではありませんが、恐らく各部へ見学に行った時点で 無意識に自分の身の丈に合った選択をしていたんだろうな~と思います。


もっとも、どのレベルを「音楽をやってる」と定義するのかという根本的な問題は置き去りにしておきますけど・・・。





今回、事前応募制で OB から現役バンド含めて 6組+α の演奏あり。
OB陣では同期のハードロックバンドが数年振りに再結成とか、あるいは 今もバンド演ってる先輩方のセッション的なヤツとかも。




「あのころ」を思い出しました。

私も、久々にロケンロ~ル! なハートに火が点いた。
(とはいえ、元来そういう血は流れてないのであくまで「似非」ですけど。)


と同時に、彼らの演奏内容に関しては

 「良くも悪くも、この人たち 変わらないな~。」

という感慨。



・・・いや、違うな。


少なくとも現場ではこの状況を肯定的には捉えられない自分がいた。

「あのころ」と同じ曲演ってるだけだし。
なんだか みんな力が入り過ぎてて 空回り気味だし・・・。
(あ、あと 酒も入り過ぎだし。)

がっかりとは言わないまでも、なんとなく釈然としないというのが偽らざる心境。

 「前に進んでない・・・。」





でも。


表層的には「あのころ」と同じ曲演ってるだけに見えますが・・・。

それは、恐らく個々のメンバーの内部事情はそれぞれにそれぞれであるはずの中で この OB会のために あえて「そこ」に向かって意識を合わせて来てるということなわけで。

「部活動としての音楽」をやって来た我々だからこそ 今また世代を越えて「同じ場」に集う意義があるとも思えるし。
同様に それらの演奏についても

 『「あのころ」を覗くフレーム』

として ずっとそこにあってくれればよいのだな~、と。

(毎度、伝わってる気がしませんが・・・。)




それにしても。

現部長が、前出の別の音楽サークルの 私の 1コ上の代の部長のご子息だとか。
あ~~。
結局、なんだかんだ言っても 確実に時は流れておりました。





結果的に。

せっかくなので、「あのころ」のネタも何らか「いま」に活かせたらよいんじゃないかな~と思うに至るのでした。
(きっと、ノド 潰れるけど・・・。)





(おわり。)




■ FJスズキ ■