パイロットライセンスの筆記試験対策を
1ヶ月、実家でみっちりやった。
アメリカからの国際電話のやり方や、
国際運転免許証、
英会話も少々がんばった。
1年半かけて必死に貯めたお金を全て引き出し、
高額なトラベラーズチェックに替えた。
そして、とうとうその日がやってきた。
念願のアメリカ出発の日。
おじいちゃんとおばあちゃんが
関空まで見送りに来てくれた。
15年前の5月30日、
10年ごしの夢を叶えるために
アメリカ行きの飛行機に乗った。
アメリカン航空のサンノゼ行き・・
「セントギガの音源」をいくつかと
「地球の歩き方」
を手荷物のデイバックに忍ばせておいた。
念願のセスナに乗ることを考えるだけで、
全身が震える程興奮していた。
不安は全くなかった。
これから夢を叶えに行く者にとって
「全てがバラ色に見える」
とはこういうことかと実感したのを覚えている。
17時間のフライトは、あっという間で
現地時間の朝、サンノゼ空港に到着した。
予想どおりだったが、
高額なトラベラーズチェックを持っていた事で、
税関で引っかかった。
お父さんのカタコトの英語では、
全然通じていなかったようだが、
幸運にも日本語がわかるスタッフがいたので、
「フライトスクールに留学するためにきたから、授業料が
全てトラベラーズチェックになっているんだ」
という説明をなんとか理解してもらい、
無事に入国手続きを済ませる事ができた。
スーツケースを受け取り、
ロビーに出ると、
「Nice Air」というプレートを持った
フライトスクールの担当者が
出迎えてくれた。
お父さんのスーツケースにも
「Nice Air」のステッカーが
貼ってあったので、
現地スタッフも直ぐに気付いてくれた。
まず、初日は、
空港からフライトスクールに立ち寄り、
テキストをもらい、
ラジオ(無線機)やヘッドセット
(飛行機のパイロットが付ける
大きなヘッドフォーンのようなものだ)
を購入した。
フライトスクールなので当たり前のことだけど、
辺り一面、飛行機だらけの空港を見て
感動したのを覚えている。
RUNWAYをせわしなく行き来する飛行機の数は、
半端なものではなかった。
もうすぐ、ここで訓練がはじまるのか・・・
と思うとなんだかもう、
はしゃぎたくなってきた。
その後、担当教官に会い、
簡単なガイダンスを受け、
ドミトリー(お父さんが宿泊する寮)
に移動した。
ドミトリーに付き、
自分の部屋に荷物を置いたあと、
10人程のパイロット仲間を紹介してもらった。
みんなそれぞれ個性的だったが、
いい奴ばかりで、すぐに打ち解ける事ができた。
しばらくドミトリーで休んだあと、
なぜか、海で野球をすることになり、
いきなり海に連れて行かれた。
まだ、時差ぼけで頭がボーッとしていたが、
野球はかなり楽しかった。
いきなり、初日からカリフォルニア焼けを
経験した。(顔がヒリヒリ痛かった)
野球が終わったあと、
ランチのため、レストランに
連れて行ってもらったが、
何を食べたのかあまり覚えていない。
ただ、生ガキだけは
おいしかったという記憶は
なんとなくある。
帰りに、大きなスーパー(ヤオハン)で
食料を大量に買い込み、
ドミトリーに戻った。
数ヶ月前からこのドミトリーに住んでいる
先輩パイロットたちにドミトリーのルールや
裏話などを聞きながら、
うれしたのしい第1日目の夜が
更けていった。
いつも、応援していただきましてありがとうございます。
▼今日も、「ポチッ」とお願いします。
