「地上の思い出」-「雨のよろし」=「女性論5」 | 「黄色潜水艦」遊びジャーナル(仮2)
[まずは、能書き]

アメーバに因むワケではナイ(笑)が、

「雨」雨は、わが好みの気象でアリアリ続けている。。

「雨」にまつわる多様なココロ現象については、
後日また散らかしマスが、

ひとまずは、

「雨」と「恋」。。

「通り雨」「時雨」「小糠雨」「俄か雨」・・・

つまり、

「雨」とは「天地和合」の兆しであり、

「天地」とは「乾坤」すなわち「陽と陰」、


・・・てなこって、

さような知識をもって「雨」(ほかの天候)を、
「考え」たり「データ分析」したりするのではなく、

そのように「感じる」領域において、
の話でRRR。。


・・・
[てことで、わが特殊「初恋」s(笑)へ]

私が22歳で「入籍=結婚」したとき、
中学以来の友人が、
「びっくりした、、お前30までは結婚しないと言ってたのに、、」
と、実は、私も「びっくりしていた」のであった。

もちろん、式も挙げず、できちゃったでもなく、
入籍だけをして、表札は二つ出して、
トイレつき風呂無し1DKに同居していたのだが、

早い話が、実質は「同棲」だったけれども、
一応は双方の親も合わせたし、必要なところへは知らせた、、
てなことであるから、「同棲」とは違う。

わが親父は、別段に反対もせず、
ただ、現在的に金不足なので、
いま継続中のゴルフ場の土地買収事業が落ち着くのを待て、
とのみ言っていたのだが、

式に使う金があるなら、
俺にくれ、祝い金で利益が出そうなら考える、でチョン。

相方の親も、後日分かったのだが、
自分たちがどさくさで「できちゃった婚」だったために、
「籍だけは入れてくれ」(式費用は助かった??)てことで、

ともあれ出逢いから3ヶ月くらいで相方がわがアパに入り浸った経過の、
合縁奇縁か悪縁か良縁か冗談か、
分かりにくいところのなりゆきだった。

基本的要素は、
相方が「愚直」であったことと、
「結婚=家庭」という要望がなかったことと、
とうてい「内助の妻」にはなれるタイプではないことと、、、

てなことで、
しかしながら、「社会矛盾」への観点が符合していたこと、
である。

私が「結婚」を拒否し、
今でもし続けている(笑)理由は、

後に分かったことなのだが、
結婚=まぐあひ、つまり、男女は「目と目が合えば」結婚成立だと、
太古ではそうだったらしいことが信ずるに足ることと、
一夫一婦制度が不自然であるという、絶対的な感覚による。

というのは、
成長のプロセスで、
正直に、あの子かなこの子かな、
いや、あの子もこの子も、、
というのが私の感覚であったために、

同時並行は必ずトラブるために、
独占欲と家族姻戚を残したままの「近代民主国家」の偽善的矛盾を、
たとえば女性との関係経過のなかで経験定着していたのであった。


だ・か・ら、

例の「遠距離」のカノジョと、
私は自分が「結婚」していても、
相手が「結婚」していても、
実はつきあえるので、

カノジョについて言えば、
「家庭事情」によって「脱出=出奔」の大義名分が必要だった、

その事情を理解していたからこそ、
私はカノジョの「屈折的別れの切り出し」を受け入れた。

父親不在で、連れ子婚、
幼児期の父親への記憶はあるようだが、
この環境トラウマのもと、
たぶんカノジョには、抱きしめていてくれる「父親」の代償、
ないしは、安定した場所、
これが必要だったと思われる。


では、
両者とも配偶者持ちで、
付き合った方がよかったのか、、?

私は一応、仕事の連絡先名刺は渡してきた、
が、数ヶ月して、事務所が移転したので、
実際、カノジョが連絡をしたか否かは分からない、、、


ただ、顧みてみれば、
そのカノジョが、
真剣に「今日は帰りたくない!」と、
初めてダダをこねた、
その日がその夜が、

たしかに「雨の日・夜」だったわけで、

その意味で、

むしろ私のほうが、
その「雨」雨の中霧のカノジョの「真実」キラキラに、
「雨」ゆえの「冷静さ」で対応した、

その「冷静さ」とは、

「恋」の真実は、
「安穏」を約束しないコトにおいて真実であり、

だからこそ、
その「危険」に賭けようとしたカノジョへの、
「真実への感謝」としての「拒否」、であった。。

ただ、

「その日」が雨雨でなければ晴れ
わが判断も、どうであったかは分からない雷
。。



ま、ともあれ、
「雨の中の二人」をどーぞ。





つづく。