長い顎じゃねー「ろんろんあごー」から、
やたら褒めるヤツは警戒せーー、
と、
「ゲイニンコロスニャハモノハイラヌ、
オセジノミッツモイエバヨイ」、と、![]()
局面を替えて、
たしかラオツセンセイは、
「敵を潰そうとするなら、
その敵をどんどん思い上がらせればよい」![]()
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とかとか、。。
股じゃーねー又、局面を替えると、
モトモト「芸能」は、
「仏法」を邪魔する「魑魅魍魎」を防ぐために、
てか、
そいつらの気をそっちに向けて、
まともな「法」をまともな存在にのみ説くために、
いわば、
あえて、
むしろ色っぽく、
位置づけられた「戦術」
だったのだそーでRRR。。
この「原点」をふまえると、
「芸能人」には重要なアイデンティティがある、
コトになるのだが、![]()
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神社仏閣そのものが「空洞」になってしまうとともに、
必然的に「芸能」も空洞化となり、
さーて、
別にゲイノーに限らず、
「世辞=褒め」
ってーのは、
たとえば「物書き・ガクシャ」の世界では、
権威評価の定まった存在を扱いつつ、
その存在に依存して自己をアピールする、とゆー、
「政治経済学」なのであり、
決して、
「評価の定まっていない存在」を扱うリスクを負わず、
もし後日定まれば、
「秘かに注目していた」とか何とか・・
さてさてともあれ、
褒め殺し
に
贔屓の引き倒し
は、
あるいは悲しき、
あるいは寂しき、
人類普遍の「欲望経済学」のテーマではRRR。
