私のダンナは、今日も元気に仕事に行きましたが、誕生日です。

土日の関係ない仕事なので(私もそうだが(笑)ゴミ捨てと共に出勤していきました。

歳をとるごとに、自分の誕生日は忘れがちになります。

なんなら、結婚記念日を私は毎年忘れます。友人がラインやらメールやらをくれて、ハッと気付くありさま(;゚ロ゚)

 

だがしかし。

誕生日くらいは私だって覚えているのです。

 

昨夜はいつも23時半くらいには寝てしまうダンナの枕元にそーっとプレゼントを置こうと部屋に入ったら、

起きてた(^^;)

暗闇の中で、YouTubeを見てるな、怖いわ!

15分早く、プレゼントを渡しました。

今年はswitchのソフトです。

なかなか手に入らない逸品で、ホントはPS5の方のソフトにしたかったのですがプレミアが付いてて無理だった。

それはそれは喜んでくれましたとも。

 

私もダンナも物欲があまりないので、「おめでとう」のカードだけでも満足。

 

昨年は、母のことや、私自身の病気のことで大変な心配をかけてしまったのですが、結婚して20年近く経ちます。

もともと、若かりし頃から結婚する気が皆無だった私。

昭和生まれです。

男女雇用機会均等法は施行されていましたが、そんなのが活かされるのは公務員とか、大手企業だった時代。

実際に私の友人もメガバンクに勤めていましたが、結婚と共に仕事を退職しています。結婚して部署替えになった時点で、やってられんわ、となったらしい。

 

私は仕事が好きで、そもそもキャリアが途中で途切れるのが嫌だったので、結婚する気はなかったのですが、うっかりダンナと結婚する羽目になりました(笑)

 

仕事が好きなので、あまり家庭的ではない

一人っ子だから両親と同じ市内でないと無理

自分の親の面倒は自分で(もちろん手伝えることは手伝うが、無理なものは無理)

出来れば名字はこっちにしてほしい

 

と始めから言っていたんですけどねぇ、なぜか諦めなかったダンナに根負けした形になりました。長男だけれど、私の姓を名乗ってくれたり、感謝しています。

あ、そうはいっても、ラブラブな恋愛期間を経た訳ではありません。なんなら付き合い始めから、こちらが年上なのもあって(年下と付き合うのは初めてだった)熟年夫婦のような雰囲気だった気がします(笑)

 

が。

我が夫ながら、優しいのですが、気が利かない、間が悪いなど、数々のエピソードを持っています。

 

○結婚祝いにうちの両親が買ってくれた眼鏡を、満員電車にもみくちゃにされているうちに吹っ飛ばされて、さめざめと泣いて帰って来た

※これは、本当に電車内で失くしたのか?疑惑がうちの母から出ました(笑)

 

○お義母さんのお葬式の時に中身がそれほど入っていないがお財布をタクシーに置き忘れ、真っ青になって探し回る

 

○結婚10年で買い換えた結婚指輪(うちは10年ごとに買い換えようと話している)を買ってすぐ、洗濯物を取り入れている際に、すぽぽぽーんと飛ばし、大家さんまで巻き込んでアパートの前を総出で探した

 

○↑同じく、その騒動の後、仕事先でグローブを外した際に、やはりすぽぽぽーんと飛ばして、事務方まで総出で探し回った

 

○年末に奮発して買った焼き肉弁当を持ったまま酒屋に行き、支払いをしようとお財布を開けた瞬間、弁当をひっくり返して謝り倒した&泣き濡れてた

 

おっちょこちょいな面は普段はないのに、なぜか間が悪い(笑)

まぁ、そうは言っても、結婚して喧嘩らしい喧嘩はしたことがない・・・

せいぜい、ダンナの亡きお義父さんのアパートの保証人になるのを反対した時、くらいかなぁ。あれは喧嘩か?

いや、違う気がする。懇々と言い聞かせた気がする(゚▽゚*)

 

結婚当初、ブラック企業に勤めていて、朝6:00に出て、夜日付変わりに帰ってくる生活(なのに給料は・・・っていう、今思えばあれはひどかった)を5年ほどしていましたが、さすがにアトピーがひどくなったりして

「転職しておくれ」

と、転職して、今の仕事になり、定時出社、定時退社になりました。

 

一応、私だってダンナのことは気にかけているのです(笑)

 

さて、これからケーキを買いに行きましょう。

 

ちなみに付き合い始めてからも数えると20年を超えますが、いまだに私のことを

「○○(下の名前)さん」とか「○○にゃん」と呼ぶダンナ(笑)

私は

「○○(ダンナの下の名前)くん」か、「○○ーーーっ」と呼び捨て(叱る時(笑)

 

仲の良い夫婦でありたいものです。

 

 

私の居住している市では、朝から大嵐のような風で、遠くが煙っています。

え?

これは春一番?

それとも昨日がそうだったのでしょうか。

 

昨日は、お薬をもらいに&血圧の管理でかかりつけ医に行ってきました。地元の診療所なのですが、パニック障害のお薬も処方して貰っています。

近くに心療内科はあるらしいのですが、行ったとて処方されるお薬は同じだし、もう20年のお付き合いなのである程度は付き合いの仕方も分かってるし、なんなら先生、産業医だったので、相談したら快く処方してくださいました。

 

結婚して引っ越してきてからのお付き合いの先生なのですが、ここ1年くらい血圧が引っかかって、家でも血圧管理をしています。

が。

なぜか、診察室で測ると「げっ!」ってくらい高い。

※家で測ると、少し下が高いか?くらいで通常血圧。

昨日も「高っ!」

二度目に測ったら正常血圧に戻りました。

 

私が処方されているのは、パキシル(2日に1回)、アルプラゾラム(1日に1回&頓服)、ツムラ柴胡加竜骨牡蛎湯エキス顆粒(1日に2回)

ちょうど2ヶ月に1回ペースでお薬をもらいに行っているのですが、地域の診療所なのでお年を召した方が多い。

いや、私だって十分BB・・・いえ、おばさんの部類なのですが、もっと上の70~80代の方が多いので、ネットで予約して行っています。じゃないと、診察待ちで立っていないといけない羽目になる。

 

コロナが5類になって以降、個人病院は大変だなぁ、と思います。

私のかかりつけ医は発熱があった場合は、自宅待機→電話が来たら赴く、という流れで、昨年の1月に39度の高熱を出した際は「発熱外来はいっぱいです」と断られた(号泣)

急遽、違う内科医に行ったのですが見事にインフルAで、リレンザを処方して貰いました。

 

思えばK先生とも15年くらいのお付き合いになります。

私が年を取ると言うことは、先生もお年を召されるということで、(たぶん10歳くらい上)

昨日も、昨年の手術の話などをしてきました。

「手術、どうだった?」

「術後、12時間後くらいから、朝までは痛かったです(;。;)でも、術後の病理検査では、一応ステージ1Aでグレード1でしたけど、3ヶ月に一度検診に行きます」

「そっかぁ、今は、全摘するんだね」

「まぁ、卵巣だけ残す手段もあるようですけれど、閉経してますし」

「え?」

「え??」

先生、カルテを見る。

「ああ、そうか、そんな歳だったけね」

「・・・先生?お互いです」

爆笑(看護師さん含め)

 

私は男性がちょっと苦手なのですが、K先生はのんびりした優しい話し方の先生なので、先生にはお元気でいて欲しいものです。

この医院、先生と看護師さんはいいのですが、受付がややぶっきらぼうな方がいらっしゃいます。

WEB予約をして「いつもの診療」と言ったら、「それなら予約しないでください」と怒られた(;´Д`)時があります。

それはさすがにクレームを入れましたよ。なんのためのWEB予約じゃ、こちとら病院に何時間もかけられんのじゃ(もっとマイルドに)と。

他の受付の方が謝ってくださって、言われたのは1度きりですが、虫の居所が悪かったのか?

 

気になる血圧管理ですが、「まずは体重を少し落とす」が目標。

塩分過多な生活ではありませんし。

夏前までにはー5キロを目指してみます。

でもなぁ、間食もめったにしないし、食生活が大幅に変わったわけでなし、同じ物を食べているはずのダンナは健康診断でも引っかからなかったし。

確かにコロナ渦以降、5キロ太ったので、その分を落とそう。

 

近くにやたらめったら出来たジムにでも行ってみようかしら(笑)

 

 

そういえば、途切れ途切れにしか書いていなかったのですが、父と母の病気から介護事業所やソーシャルワーカーさんには大変お世話になりました。

 

○病院のソーシャルワーカーさん

こちらは患者や家族に対して使える福祉などを教えてくれます。私はがんセンターのFさん(父)、総合病院のHさん(母)というソーシャルワーカーさんに大変助けられました。

 

○事業所の決定

地域包括支援センターにまず行きます。これは福祉事業所内にあることも多く、私は実家近く、歩いて15分くらいの場所にデイサービスや特養を運営している施設があり、そこで申請をしました。

介護が必要かどうかは、病院とも連携するので病院の書類も必要です

 

○介護認定

これは市役所(区役所)から人が来て、実際に要介護者と顔を合わせます(コロナ渦前)そこで介護の等級が決まるのですが、父は末期のがんだったので要介護3が下りています。

 

○事業所(ケアマネージャーさん)

事業所を決める時に、少し後悔しているのは口出しをしなかったこと。

父は別に寝たきりではありませんでしたし、母も判断出来たので、最初の申請は母と行いましたが、最終的な決定は「近くにあるから」という理由で、ある事業所に決まりました。

ケアマネさんは一度決めると変えるのは難しい、というかしづらいです。

例えば介護用品のレンタルなどはここを通します。

 

父が使った介護制度

訪問看護(週1)、ヘルパーさん(週2※これは3週間ほどしか利用していない)、介護用ベッドのレンタル

 

母が使った介護制度

デイサービス(週2回)、訪問リハビリ(週2回)※要介護2の時

 

「父のこと」という記事内にも書いてありますが、母が入院したときの最初の対応がひどすぎて、そこの所長は最後まで信用できなかったです(担当のケアマネさんが不在な時、所長に代わりましょうか?と言われても、改めて電話をしていたくらい。゚(゚´Д`゚)゚。v

担当のケアマネさんは、途中から対応が良くなりました。

(母が施設に移るまでの2019年から2022年までの3年近くは担当して頂きました)

※これは、母の入院している病と父の病院のソーシャルワーカーさんが代わる代わる連絡してくれたからだ、と今でも思っている(^^;)

 

どちらにしてもある程度の福祉の知識を持って話さないと、「それでどうしろと?」のような対応をされる場合があります。

もちろんそうでない所もたくさんあると思いますが、ケアマネさんを決める際は慎重に調べてから、と強くお勧めしたいです(;´Д`)

資格は持っていらっしゃると思うのですが、個人情報がガンガン知られるので、ほんっと!慎重に(大事なことなので2度書く(笑)

 

○訪問看護(父)

父を担当してくれた看護師さんは、父とは相性が良かったと思います。

ただ、マンションに住んでいる方は、パーキングが近くにない場合は、マンション内の駐車場申請をしなくてはいけなくて、これがわりと面倒でした。

 

○ヘルパーさん(父)

これは介護者がいる場合は利用できません。

うちは父が要介護者、母が入院という事態だったので手配できましたが、父の状態などが事業所から伝わっておらず、あまり戦力にはならなかった&お料理が・・・(控えめにいって、ごめんなさいなのですが、どうしたらこれを作れるのか?と思った。野菜が生煮えの肉じゃがとか・・・)

手配するなら、掃除洗濯お買い物までが限界かなぁ。

ただこれは、事業所との連携不足も大きな要因だったと思います。

 

○デイサービス(母)

これは利用する前に面接があります。こちらも見たいですし、放送を流しながらマシンでリハビリ。

複数の施設を見に行きましたが、どこもマシンが置いてあって、プログラム通りにリハビリをします。もちろん職員さんはいますが、母の行っていた所は利用料金の他に飲み物代が取られました(確か1回300円)

もったいないので、水筒を母に持たせようかと思ったくらい(笑)

車で送迎してくださるのですが、運転が荒い方もいらしたみたいで、結構車に傷がついていました(怖い)

 

○ショートステイ(父)

母が2回目の入院の際に使いました。

そこの所長さんはとても感じの良い方で、父が亡くなったあと荷物を引き取りに行ったのですが、暖かい言葉をくださいました。

 

○訪問リハビリ(母)

これは種類があります。母は構音障害があったので、「言語聴覚士(ST)」さんがいる所を探しました。週に1度STさん、もう1日は運動療法士さんに来て貰っていました。

このリハビリの事業所はバイクで移動だったので、マンションの大家さんに言って、バイクは停めさせてもらっていました。

 

数々、お世話になってきたのですが、結局は相性がかなりあります。人と人ですから、そらな、合う合わない、はあると思います。私も父が亡くなった時、ケアマネさんを変えようかなぁ、とも思ったのですが、タイミングを逸し(コロナ渦ど真ん中)結局は変えられなかったです。

人に対してそれほど気難しくない、mgr家ですら、いろいろと思うところはありましたが、福祉のお仕事が大変なのは理解しています。

母はそれに加えて介護施設にもお世話になっているのですが、それは別の記事で書こうと思います。

 

 

介護サービスはかなり申請が煩雑ですが、それを手配してくれるのがケアマネさん。

けれども、こちらも任せきりにせず、どこまで介護保険が使えるのか、などの勉強は必要だと思いました。

介護認定基準の調査は今はかなり厳しくなっているようで、父の時も末期がんとはいえ認定時にはまだお散歩が出来たくらいだったので、役所の人も首を傾げていたとか。とはいえ、病気は病院から出される書類があるので、要介護3が下りたのだと思います。