確かジレンマっていうのは板ばさみって意味だよね?

昨日見た映画に出てきた「ヤマアラシのジレンマ」
高校の倫理とかでも大学の概論でも取り上げたっけ。
青年期の課題・・・自己の自立、相手との一体感
2つのジレンマ。


寒空にいる2匹のヤマアラシが
お互いに身を寄せ合って暖め合いたいのに
針が痛くて近づけない。っていう、話。


もともと敵から身を守るためにとげはあるのに
守ってばっかりじゃ欲しいものは
手に入らないってコト?

とげを抜かなきゃ温もりは感じれないのに
抜いたら守れない。

ほんとに欲しいんなら
何かを犠牲にするってこと?

言うのは簡単なんだけど
実際しようと思っても
できるには感覚も時間も必要で・・・

いろんなジレンマありすぎだよ。


でもこんな否定的な意味ばっかりじゃなくて
「いろんなことがあった後、ちょうど良い距離に気付く」
ちゃんと肯定的な意味も持ってる。

悩んで見つめて守れって?

話すとき、頭の引き出しをあけて話すじゃん。
そのこのにまつわる記憶を手繰り寄せて
知ってることを思い出して、言葉にする。

引き出しはいっぱいあって、

消えては作ってを繰り返してる。
新しいことを知っていくたびに
古い記憶は薄くなってく。
人間そんなに背負いきれない。


人といて疲れるのって
これが関係してるんじゃないかって思ったんだ。
あ、この人といて疲れるっていうんじゃなくて、
ただ単に人間って意味で。
ほんとに側に居るだけで疲れる人はいるから、
それはなんともいえないけど・・・

あける引き出しがなくなった時話がつづかなくなる。
それが疲れる。
なんていっても人間関係築くのは会話だから・・・

だから少しでも多く引き出しを作っておこうって思う。

甘えって人の好意をあてにしてることだよね?

こんな言い方すると悪い感じするね。
考えが甘いとか、甘えてばっかとか

一般的には甘えってコトバは、
社会的に未熟で人に対しての依存らしい。

でも小さいころはお母さんに甘えたりするよね。
幼いから許されるって訳でもなくて、

甘えって大人にも必要だって思う。
小さい頃の延長線上の甘えなら、
人に愛されたいって思うのは普通のことじゃないの?
見返りのない甘えなら人と関わってく上で大切だと思うんだ。
上手に甘えられる人こそ大人だよ。
調和のとれた関係とでもいうのかな?
遠すぎず近すぎず付かず離れず。

ちょうどいい距離間を知ってる人。

見た目がキレイでも可愛げのない人もいる。
でも外見は取り柄がないのに、
なんとなくかわいくてみんなに好かれる人もいる。
その人が持ってる、あるいは身に着けてきた雰囲気。
自分の表現の仕方がうまいね。

あれだよ、犬なんてすごい甘え上手じゃない?
純真ないたいけな瞳で訴えてくるし。

猫は気ままな感じだし。
っていうあたしの勝手なイメージ。

甘えナシに人間関係は作れない。
笑顔も幸せも作れない。

あー困ったな。

愛嬌もないのに甘えるなんて出来ないなぁ。。。

境界線を作るつもりはないんだけど、

同じ感じのする人ってわかるよね。
まったく同じじゃないんだけど
どこか似てる。
釀しだしてる雰囲気。
不思議な安心感がある。

でも周りはいつも違う感じの人ばかり。
話す時に、余計な力が入ってるのはなんでだろ?

自信がないから?
その中で息をするには、進むしかない。
閉じこもってばっかじゃいけない。

頑張ろって。
そんな抽象的なコトバはキライ。

ついつい便利で使ってしまうんだけど。
何をどうしたいかだからどうしたのか

それが欲しい。見つかんない。

ふがいないや。
腹立つわ、自分の無知に腹が立つ。
考えナシに行動する悪い癖。

「無知は罪」ってのはこういうことか。
一概に受け入れるのは難しいけど。
知らなかったじゃ済まされない。
後の祭りで言い訳にもならない。
知っていくこと必要だと思ったよ。

だから常識知らずになってくんだよ。
学校の勉強とは違うんだよ。

ぶっちゃけ勉強出来たからって成績いいだけでしょ?
身に着けなきゃいけないことは

日常の中に社会の中に人と人との間にあると思う。
でも成績悪いのは許せない。

どうしようもない。
ほんっとになにやってんだ・・・

あきれて言葉もないよ
見放したいわ。簡単なことなのに難しくなってる。

難しくしてる気がする。無意識のうちに。
こんな思いはもうしないはずだったのに。

予定通り行かないね、また出直しか。
簡単にいかない。

これを踏み台とかにして頑張れってよく聞くけど

頑張る気力が、逆にいつも以上になくなってるのに
そんなこと言われても虚しいだけ。

これは何言われたって自分自身で
なんとかするしかないし。


そんな今日は
YUKIのふがいないやが流れてる。