今朝の朝食は甘くないスコーンなどにジャム・バター・はちみつ・クロテッドクリームを添えて。

ハムをはじめ冷たい肉と、オムレツ、紅茶という一般的な英国の朝食風景。

長テーブルには白いシルクのシーツが敷かれており一層優雅に見えるようされている。


そこに家族そろって食事をするのがフェリクス家の決まりだ。


そんなある日の朝食の事。




「リアもそろそろ舞踏会に出てもいい頃だな」




と、父のダレンが口にした。




「そうね。リアももう18になったのですから殿方とのダンスを楽しむにはいい頃合いですわね」



「うむ。どうだリア、明日の舞踏会出ては見ないか」



「私・・・まだダンスに自信が」



「何を言う。社交ダンスの先生も褒めてくださっていたではないか。」




リアやその兄のバートは幼いころより多くの習い事をしてきており、どちらも呑み込みが早く上達するのに時間はかからないタイプで。

特にダンスのレッスンではお墨付きをもらうほど。


それならば問題などないだろうと笑って舞踏会へと誘う。




「それに万が一踊りが上手くなくともそこは相手がリードしてくれる。安心するといい」



「そう、ですか」



「ん、なにか思うところがあるのか?」



「いいえ、なんでもありません。喜んで出席させていただきます」



「そうかそうか。ではドレスを買ってきなさい。自分で好きなものを買って堂々と社交界デビューだ」



「はい」



「いいなー、二―ナも舞踏会いきたいっ」



「ははは、ニーナはまだまだ先だな」




そうやって団欒に終わった朝食後―――――




リアはダレンの言うように自分のドレスを選びに街中の服飾店に赴いた。

しかし街中と言っても一般の人間が行くような場所ではなく、貴族の愛用する少し敷居の高い店で。

日傘や靴、ドレスなど主に女性の物を主に扱うみせだ。


とはいうものの自分で直にドレスを選ぶのは初めてで、誰かの意見と共に選ぶのが賢明だろうと使用人を連れて行くことにした。


―――――のだが、




「どうして男の俺なんですか?御付きのメイドに頼めばいいでしょう」



「こういうのは殿方の意見の方がためになるのよ?社交会なのだから殿方に好まれる服装でいかないといけないじゃない」




・・・というのは建前。

本音はこういう機会でもないと二人きりで出かけることもできないし、なによりどういうものをアルフが好むのか知る絶好の機会になる。

家にいるとどうしても家族やほかの使用人の目が気になるため肩を並べて歩くことができないため、街中では危険もあるだろうと横を歩いてくれるアルフに嬉しさを感じるのは言うまでもない。




「どれがいいかしら、いろいろあって悩むわね―――・・・どうかしたの?」



「え、あ・・・いえ。なんでもありません。リアお嬢様の好きな柄や造りを選べばよいのではないでしょうか。殿方もその方が喜ばれると思いますし、無理に相手に合わせようとすると疲れてしまいますので」



「そう、かしら。でも一応来たんだからアルフも一緒に選んでちょうだい。その方が楽しいし、私は嬉しいわ」



「わかりました」




それから悩むに悩んで2時間以上かかり、やっと決まったのはサーモンピンクの布地に白で色飾った清楚で綺麗なドレスに決まった。

60以上もの中から、アルフがこれがいいのでは、と言ったドレスだ。

リアの頬も綻ぶ。




「あ!アイスクリームですって、一緒に食べましょうっ」



「・・・・くはは、」



「え、ど、どうかした?」




アルフが口元を押さえて笑うのを必死に耐えているものだから、なにかおかしい事でもしただろうかと少し不安になったが。

こうやって自然に笑う姿アルフははっきり言って珍しい。

いつも笑顔ではいるが、どこか遠く感じていたためこうやって自然な姿を見ると、安心してしまう。




「ははっ、いやぁ、・・・変わらないなと思いまして」



「あら、私はもう18歳、立派なレディよ?」




と冗談めかして返す。

それに対して余計に口元を緩めるものだから、リアもおかしくなってきてしまった。




「ふふふっ、今日はとても楽しいわね、アルフ」



「―――そうですね、俺も楽しいです。アイスクリーム食べるなら俺が買ってきますからそこのベンチで待っていてください」



「うん、ありがとう」




言われた通り、少し離れたところにあるベンチに腰を落とす。

座りながらアルフを見ていると、数人の男女が近づき親しそうに話したり、知り合いなのか女の子の頭をなでたり。

人で賑わう街中でアルフは何やら名が知れているらしく店の人とも会話している。


たった数メートルの距離なのに、この大きな距離感はどうしようもないのだろうけれど。

リアにとってため息をつくには十分だった。




「どうしたんですか?ため息なんかついて」



「アルフといるとなんかこう・・・うん」



「・・・まぁ、気を取り直して食べてください。馴染みの店あのでサービスしてもらいました」




はい、と渡されたのはバニラとチョコのダブルのアイスクリーム。

子どものころに1度だけアルフと街に出て食べたものと同じ組み合わせ。

まさか覚えていてくれたのか、それともただの偶然か。

どちらにしても、これまた心を掴まれたと言わんばかりに頬を染め、ありがとう、とあまり顔を上げずにそれを受け取る。




「美味しい」



「ほんと、美味しいですね」






(毎日毎日一喜一憂しては彼を好きになる)





【続】













「もう、アルフのバカ」





鈍感執事の頬を抓ってから4時間後のこと。
自室のベッドの上で枕を抱きかかえながら座り、バカ、と繰り返すリア。
昼間に言っていた子どもの頃のようにというのは、アルフは街のパン屋の息子で幼いころから親と一緒に小麦粉を屋敷まで運ぶのを手伝っていた時期があり。
それは遡ること8歳のころの話だ。


アルフの父親はリアの父親、つまりは現当主と顔馴染みの仲であり仕事がてら話をすることが多くその間、時間を持て余していたアルフはダレンの許可を得て庭の散歩をしていた。
その時、今日のように芝生に座って本を読む一人の少女、リアと出会ったのだ。
それから歳が同じと言うこともあり仲良くなった二人は、アルフが仕事に一緒に来た時、暇ができた時だけ遊んだりするようになっていったのである。


それから数年後、アルフの両親が他界したことで、ダレンに拾われたという経緯でここで働くこととなったのだが。


それはリアにとって嬉しくもあり悲しくもあった。

最初は住み込みということでずっと一緒に居られることにばかり気がいって喜んでいたが、屋敷に来てからアルフは仕事を覚えたりこなすことに一生懸命になり、執事に必要な立ち振る舞いや礼儀作法を得てからというもの11歳のときにはリアに対し敬語を使うようになり。
並んで歩いていた距離も3歩下がった後ろを歩くという、さみしさを覚えるには十分のことが現実だった。






「二人のときくらいいいじゃない・・・」






加えて淋しさを我慢しようとするのを邪魔するのがどうしようもない〝恋心〟というやつだ。
きっかけは些細な出来事であったが、今では大きく膨らんで。
自分なりにアピールしているつもりなのにリアの気持ちは伝わることなく今に至る。






「リアお姉様、どうしたの?」





「!―――ニーナ・・・。ううん、なんでもないの。どうかしたの?」





ノックの音なしに声だけがしたため驚いたがそれは妹のニーナの声で。
枕を持っているところを見ると一人で寝れないらしい。
10歳だしそろそろ一人でと家族の考えで一人で寝させるようにしているのだが、まだまだ暗い部屋の中に一人でいるのは怖いらしい。
ニーナにも御付きがいるのだからそばにいてもらえばと言ってもリアと一緒に寝ると聞かないのだ。





「今日も一緒に寝ていい?」




「ええ、いいわよ。入ってらっしゃい」





そう言うと、まるで尻尾と耳の錯覚が見えてしまうほど嬉しそうにするので甘やかしたくもなる。





「だけどそろそろ一人で寝られるようにしないとね?じゃないとアルに笑われてしまうわよ。ふふ」




「あ、アルは一人で寝れない子・・・嫌いかな・・・」




「そんなことはないわ。それでもおかしいと笑ってしまうかもしれないわね」




「リアお姉様も10歳の時には一人で寝れていた?」




「そうね。私は8歳の時に」




「わぁ、すごい!」






そう、8歳のころに一人で寝ると母親に言い、自室で寝る様にした。
そのころ、アルフがすでに一人で寝ていることや掃除・洗濯なども自分でできてしまう事が自分にとってとても遠く感じられて。
少しでも近づきたいと子どもなりの意地だったのだ。
掃除や洗濯は使用人達がするため自分一人で行う事は出来なかったが、せめて一人で寝る様にならないとと、今ではなんであんなにあせっていたのだろうと笑ってしまうほど。






「ねぇお姉様はアルフの事が好きなんでしょう?」





「!?な、何を急に言うのッ・・・?」




「だっていつもアルフといる時だけは楽しそうに笑うもの。いつも笑顔だけど、もっとキラキラしてる」




「そ、そんなこと・・・」






子どもというのは敏感で正直だ。
ジーッと射るようなますっぐな視線が痛いほどに。





「・・・お父様やお母様、お兄様には秘密よ?」




「うん!約束するっ」




「本当・・・ニーナの半分くらい鋭かったらいいのに・・・」




「え?」




「ううん、なんでもない。さ、寝ましょう?」




「はぁい」








優しく温厚なリアの心も、ある人間相手にはそうもいかないらしい。






【続】





―――ちりん、ちりん。



大窓から風が入ってくるとともに耳に響く小さく軽い音。





「ザック、これはなんだ?」



「ん?ああ、アルフか。リアお嬢様が異国から取り寄せたものだってさ。魏の国の風鈴と言うそうだ」



「風鈴かぁ」





―――――ちりん、





「うん、いい音色だ」





4800坪という広大な土地に120以上の部屋のある屋敷を持つ伯爵位フェリクス家。

現当主であるダレン・フェリクスは、曽祖父の代から続く事業を大きく発展させ手広く事業拡大へと進めており。

総資産は英国の中でも上を位置するほどの資産家でもある。

その妻も温厚な女性で、3人の子供に恵まれ幸せな家庭を築いている。



リアお嬢様というのはその中で2人目の子どもにあたり、母親に似て誰にでも優しく温厚な性格であるが色々なことに興味を持ち、異国の物を取り寄せては自分の部屋だけでなく使用人たちの宿舎にも飾る事が毎回の事となっている。





「そのお嬢様は今どこにいるかしってるか?」



「えーっと、確か庭の木陰で読書していたはずだけど・・・またお遣い?」





アルフの手にしている紙袋を見て苦笑いするザック。
それに笑顔で、ああ、とかえす。
リアには御付きのメイドがいるのだが、着替えや浴時など以外の用事をアルフに頼むことが多く今のように街の図書館に本を借りてきてほしいなどの遣いを出すのだ。
アルフ自身、御付きのメイドに少し悪いとは思うが街の図書館にはプライベートでも利用するため何がどこにあるのか詳しく把握していることもあり自分が役に立てるならと良しと思っている。





「じゃあ行ってくる」



「はーい」





とは言ったものの広大な庭には木なんてたくさんあるため毎回探すのも一苦労。
見つけ出すのに20分くらいかかることも少なくはない。





「あ、みつけました」



「アルフ!今日は早かったわね」



「毎回毎回読む場所変えなくても庭園にベンチがあるんですからそこで読めばよろしいのに・・・」



「いいの。こうやって芝生の上に座って読書するのが好きなんだもの。それにアルフが探してくれるのもか
くれんぼみたいで楽しいじゃない」





それはもう楽しそうに笑うものだから、走り回って探した疲れなんてどうでもよくなってしまう。
これも毎回の事なのだが、リアは見つけるとすごく嬉しそうな顔をする。
まるで子どものように。





「俺にも仕事があるんですから・・・」



「また敬語」



「しょうがないでしょう。俺は使用人でお嬢様は主人なんですから」



「子どもの頃みたいに普通に話して」



「子どもの頃って・・・もう8年も前のことです。リアお嬢様もそろそろ上流階級としての威厳をですね」



「そんなの関係ない。私は昔みたいに遊んだり、本を読んだりしたいだけなのに・・・」



「それなら妹のニーナお嬢様と遊んであげてはどうしょう。きっと喜ばれますよ」





それがいい!と名案とばかりに笑顔で言い放つアルフに、リアは小さなため息をもらす。




「リアお嬢様、ため息は幸せが逃げますよ?」




確かに妹のニーナは10歳で遊び盛りで、仲もいいし遊んだりもする。
だがこの場合どうとっても〝アルフと〟という言葉になるはずなのに、それに気づかずにいつもとかわらぬ笑顔を向けるものだから。





「もう、この鈍感執事さんっ」



「いひゃいれふ~っ」





思いっきり頬を引っ張ってやったそうな。



 【続】