「もう、アルフのバカ」





鈍感執事の頬を抓ってから4時間後のこと。
自室のベッドの上で枕を抱きかかえながら座り、バカ、と繰り返すリア。
昼間に言っていた子どもの頃のようにというのは、アルフは街のパン屋の息子で幼いころから親と一緒に小麦粉を屋敷まで運ぶのを手伝っていた時期があり。
それは遡ること8歳のころの話だ。


アルフの父親はリアの父親、つまりは現当主と顔馴染みの仲であり仕事がてら話をすることが多くその間、時間を持て余していたアルフはダレンの許可を得て庭の散歩をしていた。
その時、今日のように芝生に座って本を読む一人の少女、リアと出会ったのだ。
それから歳が同じと言うこともあり仲良くなった二人は、アルフが仕事に一緒に来た時、暇ができた時だけ遊んだりするようになっていったのである。


それから数年後、アルフの両親が他界したことで、ダレンに拾われたという経緯でここで働くこととなったのだが。


それはリアにとって嬉しくもあり悲しくもあった。

最初は住み込みということでずっと一緒に居られることにばかり気がいって喜んでいたが、屋敷に来てからアルフは仕事を覚えたりこなすことに一生懸命になり、執事に必要な立ち振る舞いや礼儀作法を得てからというもの11歳のときにはリアに対し敬語を使うようになり。
並んで歩いていた距離も3歩下がった後ろを歩くという、さみしさを覚えるには十分のことが現実だった。






「二人のときくらいいいじゃない・・・」






加えて淋しさを我慢しようとするのを邪魔するのがどうしようもない〝恋心〟というやつだ。
きっかけは些細な出来事であったが、今では大きく膨らんで。
自分なりにアピールしているつもりなのにリアの気持ちは伝わることなく今に至る。






「リアお姉様、どうしたの?」





「!―――ニーナ・・・。ううん、なんでもないの。どうかしたの?」





ノックの音なしに声だけがしたため驚いたがそれは妹のニーナの声で。
枕を持っているところを見ると一人で寝れないらしい。
10歳だしそろそろ一人でと家族の考えで一人で寝させるようにしているのだが、まだまだ暗い部屋の中に一人でいるのは怖いらしい。
ニーナにも御付きがいるのだからそばにいてもらえばと言ってもリアと一緒に寝ると聞かないのだ。





「今日も一緒に寝ていい?」




「ええ、いいわよ。入ってらっしゃい」





そう言うと、まるで尻尾と耳の錯覚が見えてしまうほど嬉しそうにするので甘やかしたくもなる。





「だけどそろそろ一人で寝られるようにしないとね?じゃないとアルに笑われてしまうわよ。ふふ」




「あ、アルは一人で寝れない子・・・嫌いかな・・・」




「そんなことはないわ。それでもおかしいと笑ってしまうかもしれないわね」




「リアお姉様も10歳の時には一人で寝れていた?」




「そうね。私は8歳の時に」




「わぁ、すごい!」






そう、8歳のころに一人で寝ると母親に言い、自室で寝る様にした。
そのころ、アルフがすでに一人で寝ていることや掃除・洗濯なども自分でできてしまう事が自分にとってとても遠く感じられて。
少しでも近づきたいと子どもなりの意地だったのだ。
掃除や洗濯は使用人達がするため自分一人で行う事は出来なかったが、せめて一人で寝る様にならないとと、今ではなんであんなにあせっていたのだろうと笑ってしまうほど。






「ねぇお姉様はアルフの事が好きなんでしょう?」





「!?な、何を急に言うのッ・・・?」




「だっていつもアルフといる時だけは楽しそうに笑うもの。いつも笑顔だけど、もっとキラキラしてる」




「そ、そんなこと・・・」






子どもというのは敏感で正直だ。
ジーッと射るようなますっぐな視線が痛いほどに。





「・・・お父様やお母様、お兄様には秘密よ?」




「うん!約束するっ」




「本当・・・ニーナの半分くらい鋭かったらいいのに・・・」




「え?」




「ううん、なんでもない。さ、寝ましょう?」




「はぁい」








優しく温厚なリアの心も、ある人間相手にはそうもいかないらしい。






【続】