暖かくなって気候と共に気分も穏やかになると思いきや、違うと言い切れない程度の花粉症の症状が出てきた。ブンレツ方の家系に多く、それなりに覚悟はしていたものの、いざ侵されると落ち込む。目がかゆく、鼻がムズムズし、くしゃみが出る。ここ3年くらいは風邪として、なったことを認めていなかったがどうやら年貢の納め時だ。そんな僕を見てブンレツさんはほくそ笑んでいる。

巷ではゴーグルや立体マスクを見かけるようになった。ゴーグルは変身ヒーローを連想させていかす。立体マスクもアーティスティックなデザインのものが出てくれば良い。物欲がうずく。一ファッションになる日は近いのではないか。否そうあるべきだ。


3月21日
訪問者数:64人
総合:2155位
ジャンル:524位
スパイク・ジョーンズが手がけるPVはどれも突飛で、リズムが際立つゴンドリーとは対照的である。映画においてもそれが言えるように感じる。前作「マルコビッチの穴」でも脚本を担当したチャーリー・カウフマンとのコンビは、現実と虚構あるいは妄想の境界線を曖昧に仕上げた。

映画のストーリーはこう。前作で成功をおさめたチャーリー・カウフマンが、次回作として雑誌編集者のスーザンの著書で、栽培家ラロシュを描いた「驚くべき蘭コレクターの世界」の映画脚本を執筆することになった。しかしチャーリーはアイデアが浮かばない。行き詰った彼はスーザンを掘り下げるべく、彼女の動向を追う。

この3人は全て実在する人物で原作の著書もある。下敷きにノンフィクションがしっかりとあり、その映画制作の過程を題材に取り上げてフィクションを作り上げるというしたたかさ。主要登場人物で唯一架空の人間であるチャーリーの双子の弟ドナルドの存在がコントラストに拍車をかける。

妄想癖のあるマイナス思考のチャーリーと前向きなドナルドとの二役のニコラス・ケイジが、容姿に変化がない二人を仕草と表情で演じきる。兄と同じ脚本家を志すドナルドはカリスマライターのセミナーに通う。スランプに陥った兄チャーリーは同じセミナーに顔を出し、そこで映画におけるボイスオーバーを否定された。心の声であるナレーションが常に入る本作を自嘲している。ユーモアしかない。されどユーモアこそが全て。
どうも久しぶりに「優しい」と言われた。嬉しいには嬉しいが、慣れないこともあって違和感がある。

エロスを全く求めない人間はごく少ないように思う。人類皆助平。僕が性欲を感じたのはいつからだろう。記憶を追うと園児の年頃か。吐き出し方は知らずとも、潜在意識として下半身に訴えかける何かを感じとった。

優しさ然り。優しくない人間などそういない。他人を微塵にも思いやらないとは、すなわち生きる術をなくす。エロいのは当たり前で、優しいのも至極当然。
じわじわとくる音楽がある。まさにこのSly Mongooseがそれなのだが、ジャジーでダビーなダンスミュージックが聴覚を燻らす。本作のリミキサーにはMad Professorの名もあった。前進バンドのCool Spoonは90年代にカリスマ的人気を誇ったとかで、そちらも気になるところ。メンバーの核であるベーシスト笹沼位吉はスチャダラパーやTOKYO No.1 SOULSETなどとコネクションがあるらしく、彼のお仕事集は秀曲揃いのアルバムに仕上がっている。そんなこんなでセットリスト が決まらない。



アーティスト: SLY MONGOOSE
タイトル: DACASCOS


3月18日
訪問者数:64人
総合:2121位
ジャンル:504位
腰痛もほぼ癒えて久々の劇場へ。最終日だった。照明助手として参加した友人を讃えて。監督の君塚良一は「踊る大捜査線」など脚本家として名が通っていたが、メガホンを取ったのは初めて。かなり遅咲きのデビューといえる。以前から監督願望があったのか、それともぜひとも自分が撮りたい原作脚本だったのか。

監察医の白川真言には死者の霊が見える。この世に悔いを残した霊を供養するために、彼は真相を究明する。色彩を巧みに操り、恐怖を助長させる。真言は仕事と供養で妻の絵梨とすれ違いが生じていた。結婚記念日、彼女は真言に伝えたいことがあったのだが、急な仕事で聞いてあげられなかった。その日、絵梨は交通事故で亡くなる。彼女もまた霊となって、真言の前に現れる。霊は喋られないという設定。検死と霊の存在で真相を暴いていく。まず死体ありきなので、起承転結のうちの起が結を兼ねる。

展開はTVドラマのようだった。3つの事件からプロットは成る。突然死した幼女の遺体から虐待を知る。過労で冷たくあたっていた母親は死後の幼女と心を通わせた。女子大生の絞殺体からは、彼女の交遊関係の乱れが暴かれる。彼女の父親はそれを知ったことを後悔した。迷いが生じながら、真言は絵梨のメッセージを汲もうと努めるようになる。真言と絵梨の愛を軸に置きながら、ショッキングでグロテスクな描写を盛り込む。ホラーが色濃いラブストーリーはあまり例を知らない。
世界フィギュア選手権がただいま開催中のようだ。安藤、村主、荒川と名前だけは知っている。女子選手のメディア露出が目立つ。

フィギュアスケートをはじめ、シンクロナイズドスイミングや体操などは、審査員の得点で順位が決まる。目の肥えた彼らに全てが委ねられるのだがこの主観性は一体どうなのだろう、という疑問が不意に浮かんだ。

公平に規するにはあまりにも無理がある。何かの芸術競技で政治が絡んで審査員が辞職したニュースを、以前に何かで聞いた。しかしそれも至極当然のことのようにも思える。完璧なジャッジメントなどどのスポーツにも不可能だ。


3月16日
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総合:2054位
ジャンル:491位
今年アカデミー脚本賞を受賞したチャーリー・カウフマンおよびミュージック・ビデオ出身監督作をチョイス。ミシェル・ゴンドリーのPVが好きだと吹いているくせに、未見とは自分がけしからん。しかも新作も控えて慌てさせる。

主要キャラクターである3人、全身が体毛に覆われていることにコンプレックスを抱いてナチュラリストになった女性ライラ、幼少時代の親の教育によるトラウマからマナーを重んじてネズミを調教する博士ネイサン、文明のない自然の中で自分を人間と認識せずに暮らしていたパフの、それぞれの回想から物語は始まる。

それぞれを掘り下げているとは言いがたいが、人間の愚かさを一貫して風刺する。ライラの脱毛をする整形外科医の女性は、職業柄を無視して「人間は外見ではなく中身」だと言いつつ、性格が申し分ない背の低い男を紹介されそうになると顔をしかめた。しかし後半で小人と付き合う。この流れは全体を通しても同じ傾向があった。原始と文明に翻弄される3人。パフは山で言葉を知らずに育ち、ネイサンとライラに捕獲されて作法などを学ぶ。彼がネイサンたちに従ったのはセックスを知ったため。自らの性的欲求を満たすために、急進的に覚えていく。それでも性欲を抑えることが何より難しかった。ネイサンの浮気を知ったライラはパフを自然に還す。そこで二人は再び原始的な生活を送る。

知性を身につけた状態で、メディアに露出した彼はスーツ姿で愚かな人間たちを揶揄し、カメラと民衆を従えて服を1枚1枚脱ぎ去った。腕時計だけは取らない。そこを突っ込む人間はいない。そこに集約される。
腰痛が地味に続いている。座位から腰を上げると、背筋を伸ばすまでに時間がかかる。痛みはそれほど酷くはなくても長引くと辛い。「ユージュアル・サスペクツ」のラスト・シーンというよりも、ホモ・サピエンスの進化の過程のような歩きっぷりだ。いつまでこの状態が続くことやら。兆しが見えないだけに焦燥感が募る。


3月14日
訪問者数:52人
総合:2033位
ジャンル:483位
清水湯 太子堂5-28-5

見事な構えで、脱衣所には昔の写真が貼られてある。大正13年から創業しているらしい。トイレは脱衣所から外に出るのだが、狭いながら庭を臨め、まるで小さな旅館である。

浴室は概観を思うとさして広くない。しかし天井が異様に高く、α波を出させる。タイルの絵が3方向に渡っている。隣に座った老人は横顔が小泉純一郎の20年後のようでなかなか男前。同年代の常連客と世間話をしている。湯船に浸かりながら遠い天井を見上げた。彼らの話し声だけが響く。見ると小泉氏の連れは体を洗うでもなく手持ち無沙汰だ。小泉氏が洗い終わると、一緒に立ち上がって湯船があるこちらに向かう。睦まじさが微笑ましい。

電気風呂がある。腰に良いかどうか不安ではあるものの、恐る恐る電気孔に体を近づける。まずは腕を差し出し、ピリピリの度合いを確かめた。この程度なら、と腰を孔にあてると、筋肉が一気に緊張し、袋は一瞬で収縮する。これはいけない。逃げるようにジェット風呂へ移る。

多分に漏れず今日ものぼせる。Tシャツとパンツだけ着てコーヒー牛乳を買ったところで、猛烈に頭がグラグラした。倒れそうになりながら長いすに寝転ぶ。手にコーヒー牛乳を持ったまま10分ほど動けない。大量の汗が体外に出ていることが認識できる。これはこれで貴重な体験。もう金を惜しんで長湯はしない。そう決めた。
友人宅でDJの練習。デビューに備えて名前を考えていたのだが、チラシはもう出来上がったそうで次回に持ち越しになった。とりあえず自分で決めたのはブログタイトルから「DJ現象」。どこか抽象的な響きが、如何様にもとれて便宜性に長ける。以下はボツネタ。

 DJ Hodow
「Shadow」→「車道」→「歩道」→「Hodow」と連想した。何て斬新なネーミングだろうという思いは、閃いた当時から瞬く間に光を失った。勢いで決めてしまわないで本当に良かった。

 E.Y.ヨ(イー・ワイ・ヨ)
山塚アイのネームの一つをもじって韓国性のように。酷似から後ろめたさが漂う。第一、僕はボアダムスをはじめ彼名義のアルバムを1枚も持っていない。失礼にも程がある。

 Daddy GG もしくはダディー ジジィ
食後や電車を降りる時に椅子から立つと、腰が痛くて背筋をまっすぐ伸ばせない。前かがみでがに股になる。その姿勢で歩く姿はまさに爺だ。ぶざまな格好で歩行するわけだが、痛みがとれてきて徐々に背の歪みが治り歩幅も広くなる様子は「ユージュアル・サスペクツ」のヴァーバルのよう。

駄洒落が好きだったようだ。自分の稚拙さにウンザリするが「Daddy GG」はその友人に好評だったので、少なからず有りの方向へ傾く。


3月12日
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総合:1898位
ジャンル:442位