原作:西尾維新

作画:岩崎優次

 

最終号「終戦

(おわり)よければすべて読了

(よみ)

 

前回の最後、荒野でバイクにもたれた人物が出てきたが、その人物が500億モルグは二年間でどうなったのか、をモノローグでざっくりと説明する場面から始まる。

・500億モルグという大金が市場に流出したが、ハイパーインフレにはなっていない

・停戦にもちこめた戦争は全部でも半分でもなく、50分の1ほど

そして「ボクらの非戦はまだ、いろはのいだよ」と締めて、バームクーヘンにかじりつく。

 

扉絵は『暗号学園メタバース終了後に桜の園でバームクーヘンパーティーをする面々』

 

いろはから早期の内に暗号皇帝を譲られたのか、初代暗号皇帝には東洲(とうしゅう)(さい)享楽(きょら)が就任している。

左右には、これまで通り夕方(ゆうがた)多夕(たゆう)(おもむろ)綿菓子(ゆかこ)がいる。

変化があるとしたら、東洲斎が髪を短くして、夕方が髪を下ろして、徐が髪を伸ばしている。

また、徐はE組への完全移籍を果たしており、かつて縊梨(くびなし)(したい)と共に東洲斎の実家である踏襲図(キックアタックプランニング)に潜入していたときのビジュアルに近づいている。

東洲斎の議事進行の下、学園の生徒の現状が明かされる。

 

学園元帥となった要塞村(ようさいむら)鹵獲(ろかく)は、暗号化された通信の傍受や解読を行っている。

また、政府機関とも連携しており、上記の情報共有も怠っていない。

更に、兄が乗っていた不沈空母本体のサルベージについては柘榴口(ざくろぐち)接吻(せっぷん)と協同している。

 

学園参謀の縊梨は、海燕(うみつばめ)寸暇(すんか)の祖国の改革のために潜入中の海燕と(おぼろ)そぼろ、両名についての報告をする。

現在連絡が取れなくなっているが、危険に陥った際には華衣(はなごろも)(びゅう)を追加で派遣する腹積もりをしている。

 

学園幕僚になっている夜鳴鶯(よなきうぐいす)アンヴァリッドからは、遂七不思議(とげななふしぎ)ピケの予知に関する内容だ。

世界情勢に関する内容だったらしく、回避できたものの後処理にB組(情報攪乱クラス)の三人組が当たっている。

 

牡丹山(ぼたやま)春霧(はるきり)は3年の学年大将とA組の学級兵長を兼任している。

現在、電脳空間の警戒領域が緊張状態となっており、NSAと合同調査中。

そこでは、洞ヶ峠(ほらがとうげ)(こごえ)が暗号学園メタバースの運営において活用していた『溺愛ちゃん』と同じ名前のアプリが活躍している。

 

学園創設一族の現当主を務めている濃姫(のうひめ)家雪(いえすの)は、学園の理事会長の立場で出席している。

いろはが神絵師と呼んでいた母倉(ははくら)乱数籤(らんすろっと)は、ウェブトゥーンでデビューすることになった。

また、羊狼川(ようろうかわ)食穂(しょくほ)からの炊き出しの要請があったが、(なます)(あきな)のやりくりによる補助を受けている。

 

オブザーバーに就任した洞ヶ峠は『応援より応戦

(メタバース)という電子漫画をハッキングにより潰している。

さらに、未だに眼鏡兵器に拘っているらしく、安全性が上がらない、とぼやくが東洲斎からは開発を中止するように釘を刺されている

 

徐からは、東洲斎が以前『500億モルグを手に入れたら回収したい』と語っていた『銃眼』についての報告が行われる。

二年間で回収率は43%まで進んでいる。

また、当時『銃眼』を与えられていた子供達の保護も同時並行で行っている。

 

「先代の念願の尻尾くらいには私の代で届きそうかしら」

前回の終盤に暗号皇帝と認定されたいろはを先代、それゆえ自身を二代目と称する東洲斎は、現在の進捗報告を締めくくる。

「そう言えば、きょ…、おーっと」

ここで、夕方が共同作戦の合流日を確認するために発言する。

どうやら合流日は今日だったらしく、暗号学園に一年先行する形で設立された塹壕学園の初代主席卒業者との共同作戦という触れ込みになっている。

 

「押忍!評議会の皆様!」

東洲斎の話を遮って、ある人物が入室してくる。

 

かつて『戦場の踊り子』と呼ばれていた人物が、勿忘草(わすれなぐさ)和音(わをん)の名を冠して暗号学園の一年生として入学していた。

勿忘草は写真部に入部していることもあり、卒業アルバムに使用する素材の監修を頼みに来ていた。

 

学外の生徒達への連絡を洞ヶ峠が買って出ると、勿忘草は救出してもらったことや名前をもらったことも含めて一同にお礼の言葉を述べる。

救出には、陸繋島(りくけいとう)とんぼや雁音(かりがね)嚇音(かくね)が重きをなしたらしい。

「あの方に感謝してもし足りません!」

その言葉を聞いた東洲斎は、夜鳴鶯とアイコンタクトを交わし「あなたを助けられてたからこそ、此度会う決心がついたのだから――」

 

冒頭のバイクの人物のもとに、馬に乗った人物が訪れる。

 

「おー。久しぶり」

と、いろはの過去編以降の登場にも関わらず、夜鳴鶯(よなきうぐいす)アンヴィシャスはあっさりした反応を示す。

先ほどの共同作戦は、いろはと夜鳴鶯の二人で紛争を停めるというものだった。

 

戦場を遠目に見ながら、どうするか作戦会議をする二人。

いろははバイクにまたがり「紙と鉛筆で戦略

(ゆめ)を描く!」と答えると、歌謡

(うた)って舞踊

(おど)って応援だ!」と馬上から夜鳴鶯が応じる。

二人は紛争を停めるために走り出す。

 

ここからはセリフがなく、これまで登場した生徒がクラスの壁を越えて暗号バトルをしていたり、日常を過ごしたりしている場面が映る。

そこでは、これまでに作中で出てきた三竦み

(トリレンマ)捕物帖

(とりものちょう)軍法麻雀

(マーシャルマージャン)兵棋演習

(マダミス)に興じていると思われる生徒もいる。

これまで名前が挙がらなかった匿名希望(とくめいきぼう)も生存して学園に在籍している描写が挟まっている。

 

最後はいろはのバイクに取り付けられている通信端末に、暗号学園メタバース終戦後に行われたバームクーヘンパーティーで撮影された写真が、洞ヶ峠から送られてくる場面で締めとなる。

 

 

その⑦に続く

 

感想

今回は前回の終わりにもあった通り、二年後の世界が描かれた。

戦争を停めたり、平和な状況を維持したりするには、500億モルグは十分ではなかったのか、50分の1ほどしか進捗していないらしい。

しかし、クラスの壁や派閥を越えた超党派での集まりを作ることができたのは、いろはのお陰、と要塞村がフォローしていたことは、いろはの二年間の活動が評価されている感じがする。

そこに至るまでに、波乱やドラマがあったのかもしれない。

 

少なくとも、『銃眼』の回収のために、過去の遺恨がある縊梨と東洲斎が和解して協力体制を敷いていることには驚かされた。

前々回、いろはが徐から託された機械を東洲斎に渡していたが、その中身は『銃眼』に関する情報だった。

しかし、この流れには疑問がある。

東洲斎派に所属する徐に対して、求めている情報にアクセスできるようにするだろうか、と。

徐がE組で情報を得ることができたのも、縊梨の手の平の上、仕組まれた展開なのかも知れない。

 

また、二年後の世界では、いろはが前回語っていた『平和のコントロール』について、どういったことをするのか、その一端を垣間見ることができた。

電脳空間の監視から、通信の傍受、果ては学外での実践活動まで幅広く活動している。

貧困や飢餓は争いの原因になり得る。

それを無くすための活動の一環として、羊狼川の炊き出しが行われていると思われる。

現実でも炊き出しは食を求めた犯罪を減らしたり、餓死者や行き倒れを防いだりすることに繋がっている。

戦争を停めるだけでなく平時の悲劇を無くしたい、という洞ヶ峠の思想が炊き出しに反映されている。

そういった活動の裏でひっそりと、いろはの父のいろは坂四十八ヶ(しとやか)が書いたと思われる漫画が潰されているのは、笑わせポイントなのだろうか。

 

さらに、二巻から続く伏線として存在していた『戦場の踊り子』がいろは達の活躍によって救出されたことが明かされた。

学級兵長決定戦の予選で使われた兵棋演習

(マダミス)において、設定上の被害者である勿忘草和音を新たな名前にしている。

勿忘草の正体に関しては、本名を知られるといけない人物なのか、物心つく前から自身を踊らせていた組織にいたせいで名前がないのか、どちらにせよ壮絶そうな過去がありそうだ。

名前を変えているとしたら、上述の組織からの証人保護の一環と見ることができる。

勿忘草曰く、陸繋島と雁音といろはの三人が救出に重きをなしたらしいが、陸繋島が場所の特定をして、雁音が動画を通して手から情報を読み取り、いろはが現場に行く、という連携があったのかもしれない。

最終回でが回収されるまで『戦場の踊り子』の伏線をすっかり忘れていたが、救出された結果だけでなく過程も是非見たかった。

 

前回の最後と今回の冒頭に出てきた人物は、終盤に判明したがいろはだった。

ゴーグルについては明かされていないが、形が要塞村のゴーグルに酷似していることから、要塞村の可能性もあるのでは、と予想していたが、作者の狙い通りかわからないものの、しっかりひっかかった形だ。

要塞村はゴーグルを付けていなかったことから、いろはが無事に帰ってこれるようにお守り代わりとして…とかの事情があったのだろう。

単行本のおまけ四コマで、要塞村のつけているゴーグルは兄の形見だと判明しており、それを託されているいろはから見れば、無茶ができないようにするストッパーの役割を果たしているのかもしれない。

 

最後に、いろはの過去編以降行方不明のような扱いになっていた、夜鳴鶯アンヴィシャスは作品内のバランスブレイカー級のフィジカル強者の雰囲気がする。

具体的な例としては、戯言シリーズの哀川潤が挙げられる。

いろはを救出しに来た際、鉄格子を素手で壊していることや、スパルタ男子校の塹壕学園の首席卒業をしている実績がその考えを補強している。

連載が長期化されていれば、アンヴィシャスの活躍シーンや塹壕学園との共闘編も多少なりとも増えたかも知れない。

さらに、アンヴィシャスの乗る馬のゼッケンには『ZANGO UNI』と書かれていることから、塹壕学園は大学もあると見ていいだろう。

そうなってくると、作中の暗号学園の三年生達の進路も暗号学園の大学に進学する可能性も考えられる。

 

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

『踊る三人』を挙げる。

 

いろはとダンスバトルをした徐、いろはの親友の絣、いろはに助けられた勿忘草、といういろはに縁のある三人がチョイスされている。

いろはが学園に帰ってきたら、四人でダンスユニットとかも組んだりするのだろうか。

 

次回は、現在ジャンプ+で無料公開中のsecret mission『ALOHA』のネタバレ感想を投稿する予定だ。

番外編限定の新キャラが出るのか、既存のキャラだけで回すのか、楽しみだ。

それでは次回の更新をお待ちください。

原作:西尾維新

作画:岩崎優次

 

第五十七号「皇帝の辞書に暗号はない」

 

500億モルグに相当する金銀財宝に囲まれる中、要塞(ようさい)(むら)鹵獲(ろかく)から託された1モルグ硬貨を見つめるいろは坂いろは、から今回は始まる。

「使ってもいいぜ、それ。使わないほうがいいけど」

そう話しかけてきた人物がいる。

声の正体は洞ヶ峠(ほらがとうげ)(こごえ)だった。

扉絵はメインキャラクターを使った48音表

 

ここで洞ヶ峠からモルグの真実について明かされる。

戦争が起こるほど価値が上がる性質は、以前説明があった通りだ。

ここで新たに、モルグの本来の主旨が判明する。

それは、出所が怪しいため、戦争を無くすことで無価値にしよう、という非戦への祈りが込められている、というものだ。

実際は、そんな戦略(ゆめ)とは裏腹にレートは上がり続けて現在にいたる。

 

いろはからも、先ほどの1モルグ硬貨の用途を説明する。

本来の持ち主であった(はかなげ)石楠花(しゃくなげ)は、硬貨に擬装させたコンピューターウイルスを使って、モルグのハイパーインフレを阻止するつもりだったらしい。

洞ヶ峠曰く、儚はNSAのエージェントで、その正体を隠して入学してきている、とのこと。

モルグの高騰ぶりは、他国から危惧されるレベルにあるらしい。

 

ここから、洞ヶ峠の過去話が始まる。

当時5歳だった彼女は、ゴミ捨て場で真空管テレビを自作する腕前を既に持っていた。

そのテレビで流れている国際会議を見て「この正しそうな連中は、どのくらいマジな気持ちで握手してんだ?」と思っていた。

その後『COLD GOVERMENT』通称CG、初代眼鏡兵器を嘘発見器として製作し、外交の場に提供していった。

結果は、世界の戦争が倍に増えてしまった。

洞ヶ峠は「みんなが正直ならなんにも問題なかったのに」という感想を今でも持っている。

さらに「どいつもこいつも嘘ばっかだ」といろはのクラスメイトの抱えている事情を暴いていく。

 

この発言に、誰しもが500億モルグを求める事情や理由を持っているということか、といろはは問う。

この問いに洞ヶ峠は、即座に否定の言葉を発する。

このタイミングでクラスメイトの事情を語ったのは、各々が抱えている事情は全て平時下に起きた悲劇、だと伝えたかったと言う。

戦争をしていない状態と平和はイコールではない。

現にいろはが野盗に囚われたのも戦後の難民キャンプでの出来事だ、と洞ヶ峠は実例を突きつける。

 

以前、いろはに洞ヶ峠は『戦争を停めることが戦略

(ゆめ)だ』と語っていたが、その狙いは戦争をなくすだけではなく悲劇をなくしたいからだった。

だからこそ「戦争を持続的にコントロールする」ことで戦争の良い面のみが残るようにするつもりらしい。

 

暗号学園4階の視聴覚室では、雁音(かりがね)嚇音(かくね)匿名(とくめい)希望(きぼう)が会話をしている。

雁音は戦争に『いい面』なんてない、と冷めた反応を示す。

それに対して匿名は、戦争を倍にした事実に良心が耐えられないのだろう、と返す。

だからこそ、戦争のコントロールなどといった悪役ムーブをするのだろう、とも付け加える。

 

洞ヶ峠の話に対し、いろはは「平和をコントロールすれば?」と問う。

 

このやり方は洞ヶ峠にとって予想外だったらしく、呆気にとられてしまう。

以前、洞ヶ峠がいろはに対して語っていた『暴力をふるわなくてもヒーローになれる』。

それをどうやったら実現できるのか、いろはなりに考えてここまで来たのだろう。

しかし、この考えは洞ヶ峠からすると『戦争の持続的コントロール』に一見すると似ていても、異なる点が多いらしい。

予算、時間、人員、全てが自身の計画よりも必要になる。

さらに「でも!今更俺にその資格は…!」

自身の過去の罪もあって『平和』を冠するものに携わってよいものか葛藤する洞ヶ峠の姿を、何も言わずに見つめるいろは。

そうして遂に、学園内で色々と暗躍してきたことまで自白する。

「俺は全校生徒を利用した黒幕だぞ!」

 

それでもいろはは洞ヶ峠に歩み寄っていく。

『戦争は人間の業だから、なくせるわけがない』そんな風刺を信じていた自分に、洞ヶ峠は突拍子もないことだが『一緒に戦争なくそうぜ』と戦争のない世界を作れる可能性を伝えてきた。

今回も同じ言葉だが、話を持ちかける立場は逆になっている。

そして、いろはの方から右手を差し出す。

「一緒に戦争なくそうぜ!」

「…どこの馬鹿だ。そんなお寒いセリフを大きな声で言ったのは」

そう応じる洞ヶ峠の目には涙が浮かんでおり、いろはの右手を取る。

 

同じ時、暗号学園4階の視聴覚室でも生徒達は握手をしている。

その様は一つの戦争の終結を印象させる。

500億モルグ争奪戦のために作られた暗号学園メタバースも、役目を終えて崩壊していく。

 

時は飛んで2年後。

荒野に停めたバイクに一人の人物がもたれ掛かっている。

 

その⑥に続く

 

感想

前回は表向きの暗号皇帝決定戦だったが、今回は真の暗号皇帝決定戦が行われた。

最後の最後で、500億モルグの横取りを狙う人物が出てくる、という一筋縄ではいかない展開だった。

これまで、何かを企んでいたり、暗躍したりという部分があった洞ヶ峠のメイン回となっている。

いろはだったからこそ、これまでのお互いの会話の伏線を回収していくようなやり取りが目立ったが、他の生徒だった場合どういう展開になるのか、気になる所だ。

 

いろはは元々、洞ヶ峠の影響を受けており、学級兵長決定戦の過程において『世界で起きている戦争を全部停める』という自身の戦略(ゆめ)をクラスメイトの前でしている。

そのため、洞ヶ峠からすれば、戦争を停めるだけでは戦後や平時の悲劇は防げない、というロジックで500億モルグの分散や用途の変更をさせやすかった。

だが、もしも東洲斎(とうしゅうさい)享楽(きょら)のような500億モルグの用途を既に決めている生徒が勝ち上がってきていた場合、どういう方法で計画の予定変更を行わせようと思ったのか…。

前回の冒頭の雁音との会話上では、二人の内どちらが勝ち上がったとしても問題がないことを匂わせていた。

以外とシンプルに、東洲斎に協力する代わりに500億モルグの分け前を求めるのかも知れない。

 

他にも、東洲斎と出会うまでの洞ヶ峠の過去が明らかになった。

一番大きいところでは、1巻の第二号で東洲斎の『(洞ヶ峠は)戦争を倍に増やしかねない』という発言の回収がなされたことが挙げられる。

本人談だが悪気がなかったとはいえ、戦争を倍に増やしてしまった事実はある。

また、過去話が真実なら、製作者権限でも使わない限り、地下250階裁判所フロアの通過は厳しいだろうことも自称している通りだ。

例外があるとすれば、今回話していたとおり自身が発端となった戦争に『良い面』があったパターンだ。

現実に、GPSや宇宙開発は戦争があったからこそ、急速に技術が発展した実例がある。

そういった技術革新が同時に行われていれば、功罪を並べて功が勝つ、というロジックを弁護人次第となるが、組み立てることができれば無罪となる可能性は残されている。

 

次回の内容の予想の前に、今回の描写において一つ気になったことがあり、それを仮説として紹介する。

それは、洞ヶ峠の左足は義足説、というものだ。

平時下の悲劇と洞ヶ峠が言った時に、機械化された左足が映っている。

作画上のアクセントと当初は思っていたが、他の生徒の平時下の悲劇を語った場面というのが意味深だ。

また、洞ヶ峠の過去にも疑問がある。

なぜ、ゴミ捨て場にいて、テレビを作らねばならなかったのか。

ここから、戦争か何かで左足を失ったのではないか、というのは論点の飛躍だろうか。

 

次回が連載の最終回となるため、どういう展開になりそうか予想してみる。

まず、確実に描かれそうなものは、500億モルグの具体的な使い道がどういった形になるのかだ。

『平和をコントロールする』といろはが言っていたが、戦争を停めるだけでなく、戦後の平和維持の面倒も見る、ということを指すのだろう。

それだけでなく『平和をコントロールする』には、平時の悲劇を無くすことも含まれていると読み取れる表現もなされていた。

それを実現するには、常に世界中を監視して争いを火種の段階から消していくことになるのではないか、それはそれで結構な数の敵を作りそうだ。

もしも連載が長期になっていれば、儚が500億モルグについて『相続争いしか産まない』と評していたことから、学外の人物や組織との相続争い編が描かれた可能性も捨てきれない。

 

また、最後のコマのバイクにもたれていた人物は誰なのか、も明かされそうだ。

要塞村のゴーグルに似た形のものを装備していることから、急に飛んだ二年間で何かがあった要塞村というパターンが素直な読みだ。

それ以外にも、二年間で何があったのかだけでなく、どうやって戦争をなくしていくのか、といった未来のことまで色々と課題が残されている。

残り一話でどこまで描ききれるのかが楽しみだ。

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

『和解した?東洲斎と縊梨』を挙げる。

 

過去の因縁に囚われることなく、将来を見越して関係修復をしようとする姿勢が垣間見られたシーン。

個人対個人とはいえ、一つの戦争が終わった瞬間なのかもしれない。

 

それでは次回の更新をお待ちください。

原作:西尾維新

作画:岩崎優次

 

第五十六号「戦争を呪わば穴ふたつ」

 

冒頭、暗号学園4階の視聴覚室。

決勝戦に残った二人を知った洞ヶ峠(ほらがとうげ)(こごえ)「もうどっちが勝っても俺の勝ちだよ」と決勝戦を見届けることなく席を立つ。

(…それでいいんだね。凍)

雁音(かりがね)嚇音(かくね)は凍を見送りながら、そう思いを巡らせる。

扉絵は地下500階死体置場(モルグ)フロアを歩く、いろは坂いろはと東洲斎(とうしゅうさい)享楽(きょら)

 

骨が大量にあることから死体置場

(モルグ)って言うより納骨堂

(カタコンベ)だね」と、この空間の感想を述べるいろは。

東洲斎はというと、暗号を解けても解き損ねても、敵と味方のどちらかが大量に死ぬ。

その重みが形になっている、とこの空間から感じ取っている。

「皇帝になるなら、それを自覚しないとね」

そう言って、いろはを牽制する。

 

そして、決勝戦の卓で二人は向かい合い、東洲斎の方から勝負の内容を提案する。

それは、第一号でやった『自己紹介Xワード』を彷彿とさせるものだった。

題して『ぶっ違え哨戒

(イントロ)戦争

(ウォーズ)

 

用紙からXワードの設問まで、まるきり同じものが使用されている。

ただし、ルールには一つだけ変更点が加えられている。

それは、自分のXワードを作るのではなく、目の前の相手のXワードを作ること。

自分のことを相手に紹介するのではなく、自分は相手のことをどう見ているのか、を相手に紹介する形になる。

『自己紹介Xワード』と比較すると、Xワードを作る暗号力だけでなく「平時下における情報収集力」が必要になる、と東洲斎は勝負のポイントを説明する。

 

「私達の出会いを思えば、これしかないってラストゲームでしょう?」

この発言に(まさか、まだ気にしていたとは…)と東洲斎の執念深さを感じるいろは。

勝負が始まる前に、いろはは(おもむろ)綿菓子(ゆかこ)から託されていた機械を渡す。

「あなたとの戦いにあれ以外を賭けたくないから」

その一言に合わせるように、東洲斎の方も自身の勝敗に関わらず、刑務所フロアに拘留中の(おぼろ)そぼろの救出、併せて朧と(うみ)(つばめ)寸暇(すんか)、両名のその後の保証を約束する。

「賭けるのは称号

(プライド)だけだ」

 

再び暗業学園4階の視聴覚室へと場面が移る。

そこでは、暗業学園(メタバース)に潜っていたメンバーも順次戻ってきており、二人の勝負を見守っている。

匿名(とくめい)希望(きぼう)はXワードの内容がどういったものでも、現在の自分の実情と異なる、と言い張れば少なくとも負けはないのでは?

と、いう風に考えている。

「それも含めてプライドなんだよ」

要塞(ようさい)(むら)鹵獲(ろかく)はそう言って、二人が勝利よりも真っ向勝負を優先するだろう、と匿名をたしなめる。

徐は、4月の時の解答をお互いに再現できることを前提にしており、その上でどれだけ解答を変更して、相手の意表を突くことができるのかがカギになる、と勝負の分かれ目を予想する。

これに対して、夕方(ゆうがた)多夕(たゆう)「変わってるだろ、ふたりともあの頃とは」と二人の解答は変化するものだと見越している。

 

問題を解く二人の脳裏では、これまでのお互いの思い出が走り、走馬灯のようになっている。

「できました」

流石の速さを誇る東洲斎が、これまでの描写通りに最速解答する。

 

視聴覚室で観戦している縊梨(くびなし)(したい)は、④をいろはが解いたときと同じものにすることで余裕を示している、と東洲斎の解答のそつのなさを褒める。

「とてもあざやかだよ」

いろはも東洲斎の解答に対して、そのように述べているが、頬には冷や汗が伝っている。

 

一足遅れて、そんないろはの解答。

 

視聴覚室では、いろはの解答が話題に上がっている。

亜鉛(あえん)亜鈴(あれい)は混乱している生徒の筆頭で、Xワードの各設問に対しての答えの欄がメチャクチャになっていることについて言及する。

しかし、濃姫(のうひめ)家雪(いえすの)は何かに気付いており、確認するかのように真横に座る(なます)(あきな)を見やる。

「しざ」

いろはは、皇帝の暗号であるシーザー式暗号を使用していたのだ。

今回は一字上へずらして回答欄に記入する形を取っている。

 

「何故?」

そう東洲斎から理由を問われたいろはは、シーザー式の解読の核となるキーに何故『一字上』を設定したのか、を答える。

それを受けて、自身の言葉足らずに気づき、解答を暗号化したこと自体への理由を問い直す。

視聴覚室の観戦組の一人である陸繋島(りくけいとう)とんぼも(私達、情報攪乱クラスでさえ、やってない-)と東洲斎の感じている疑問点に同意する。

 

いろはの答えはというと「友達の内心を書くんだからぼかさなきゃって思って…」といったもので、東洲斎のプライバシーへ配慮した結果だった。

不要な配慮で遅れを取ったことを理由に、いろはは自身の敗北を宣言しようとする。

が、しかし、これに被せるように東洲斎がいろはの勝ちを申告する。

この行動は、お互い変化している、と話し合っていた徐と夕方にも予想外だったのか、思わず立ち上がってしまう。

「投了する速さでは私の勝ちだけどね」

勝ちを認められた当のいろはも、口を開けて呆然としている。

 

柘榴口(ざくろぐち)接吻(せっぷん)はいろはに対し、解答を暗号化しただけ、と苦言を呈する。

しかし、濃姫曰く『暗号に対して暗号で答える』行為は「暗号学園そのものへの革命ですのよ?」と、いろはの解答への総評をする。

 

地下500階では、決着したことにより地響きを立てて崩れ始めている。

いろはとは異なり、相手への気遣いを欠いていた自分のことを優等兵と称する東洲斎。

さらに、いろはが自身のことを敵ではなく友達と呼んだことも、負けを認めるには十分な理由だ、と語る。

その表情に悔いはなく、むしろ笑顔を浮かべ、東洲斎は退室(ログアウト)する。

 

周囲に積まれていた骨が黄金の山に変化していき、残ったのはいろは一人と大量の黄金。

その空間に溺愛ちゃんの声が響く。

「暗号学園メタバース探索終了!」

暗号皇帝の座と副賞となる500億Mはいろは坂いろはの手中に収まったのだった。

 

その⑤に続く

 

感想

今回は暗号皇帝決定戦の開始と終了が描かれた。

予想外の番狂わせもなく、順当に主人公のいろは坂いろはが勝利となった。

審判不在の一対一ということで、どちらかが負けを認めない限り決着しない状況下、その中で二人をどう魅せることができるのか。

そういう内容での表現を楽しむことができた。

 

まず、勝負自体のお題は、第一号で行われた『自己紹介Xワード』を流用しており、焼き直し感があるものになっている。

ただし、自分の代わりに相手を紹介する、というものに変更されており、お互いが相手をどこまで理解しているのかがキモになっている。

 

『東洲斎から見たいろは』は、同盟や友人といった人間関係だけでなく、個人的ないろはへの評価も含まれているだけでなく、『自己紹介Xワード』を意識した内容となっている。

⑦の『鈍色』となっていた答えを『顔色』にすることで、よりいろはのパーソナルに合わせつつ韻を踏むような解答となっている。

さらに、⑨と⑩はいろはのフルネームが8文字のため、自由回答となっている。

そこをいろはのトレードマークとなる『チア』『い』にすることで見栄えも良いものになっている。

このように、東洲斎は自身が解説していたように、日頃から得てきたいろはについての情報を解答にしている。

対して、『いろはから見た東洲斎』は、人間関係に比重が置かれている。

ここからは、解答の暗号化と同じく、東洲斎のプライベートの深い部分を公開したくなかったからなのでは、と読み取れる。

 

次回以降の展開として、今回の冒頭で席を外した洞ヶ峠がそろそろ出てきそうだ。

本人曰く、暗号を解くのが苦手、とのことなので、暗号に頼らずに交渉で500億Mを狙いにいくのかもしれない。

元々、世界で起きている戦争を停める、という結果だけ見ればいろはも同調姿勢を示している。

そのため、ネックとなるのは、どういった形で停めるのか、といった方法論になるのかもしれない。

戦争を停めるために戦争をする、という本末転倒な結果にならなければ良いのだが…。

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

 

最後のライバル対決で、お互いの頭の中にこれまでの出来事が走馬灯のように流れる演出…。

定番とはいえ、物語の終わりが近づいているような寂しさもある。

 

それでは次回の更新をお待ちください。

原作:西尾維新

作画:岩崎優次

 

第五十五号「雀蜂

()百まで踊りを忘れず」

 

前回の最後に、地下499階円卓フロアを勝ち抜くことができる2名を決めるためのゲームとして『円卓電卓フラッシュ暗算』を行う事が決まった。

今回は、そのルールをゲームの考案者である華衣(はなごろも)(びゅう)が説明している所から始まる。

・13人が輪になって、順番に3桁以内の自然数を出していく

・16番目(13人スタートとして、2周目の3番目)のプレイヤーがこれまでの15人が出した数字の合計を答える

・合計を間違えるもしくは、一度出た数字を使うと一発退室(ログアウト)

・正解すれば17番目(13人スタートとして、2周目の4番目)のプレイヤーがゲームの2巡目の1個目の数字を出す

・踊りながら行う

・これを最後の2名になるまで繰り返す。

 

このルールを聞いて得手(えて)仕手(して)クオッカは「要はフラッシュ暗算+古今東西ですか」とルールをかみ砕いて解説する。

さらに、計算力や記憶力を問うゲームだ、と勝敗を分ける要素にも言及する。

 

誰もこのゲームで勝敗を決めることに異論が無いため、早速開始する。

順番は円卓に座っている順番をそのまま反時計回りにしており、最初は東洲斎(とうしゅうさい)享楽(きょら)、最後に夕方(ゆうがた)()(ゆう)となっている。

 

1巡目、脱落者は出ずに2巡目へ。

暗号学園4階の視聴覚室では、地下44階雀荘フロアで出禁となった骸骨(めんがた)(すずめ)メタンガスと亜鉛(あえん)亜鈴(あれい)が1巡目の様子の感想を語っている。

骸骨雀は15個全ての数字が3桁だったことに「様子見とかないの?」と驚愕する。

これに亜鉛も「脱落死といてよかったDeath」と同調する。

また、この発言から、暗に今残っている13人が選りすぐりの猛者であることを窺わせる。

 

洞ヶ峠(ほらがとうげ)(こごえ)「世界中の戦争が全部こんな風に決着すればいいのにな」と戦争屋らしからぬ平和裏な決着を求める発言をする。

これに濃姫(のうひめ)家雪(いえすの)は、もしそうなったら戦争屋が失業することになる、と伝えると「兵器じゃなくて楽器を作るさ」と返す。

 

場面は地下499階円卓フロアに戻る。

21巡目、ここにきて初の脱落者が出る。

フラッシュ暗算の合計値を間違えた(かすり)縁沙(えんさ)だ。

そんな絣は「この戦いが終わったら暗号皇帝になってるから!」と声をかけるいろはに安心したような表情を浮かべる。

残り12人。

 

その後も順調に脱落者が発生する。

華衣は一度出た数字を使ってしまい退室。

得手仕手と小芝井(こしばい)(しつけ)(なます)(あきな)も退室していき、残り8人。

ここで、誰かが退室するまでの回答者となった夕方(残り8人の8番目)も自主的に退室。

「お疲れ様。久しぶりにたっぷり遊べて楽しかったわ」

この東洲斎のねぎらいの言葉に「お互い様。きょ…今日のところは」とぎこちない会話をする。

 

ゲームは進み、縊梨(くびなし)(したい)陸繋島(りくけいとう)とんぼ、夜鳴鶯(よなきうぐいす)アンヴァリッドと、これまで生き残ってきた各クラスの学級兵長も退室する。

残るは東洲斎と匿名(とくめい)希望(きぼう)要塞(ようさい)(むら)鹵獲(ろかく)の4人。

 

数字を出す順番が4番目となっているいろはは、夕方と同じく誰かが退室するまで回答者となる。

いろはだけでなく、暗号学園4階の視聴覚室にいるA組の面々は、4人での勝敗決めになったことから、A組の学級兵長戦の決勝との符号を感じている。

今でもいろはは(勝たせてもらった)と、当時の実力差が圧倒的だった風に認識している。

しかし、現在では(五分で競えてることが嬉しい!)と、負ける気を一切感じさせないほど気合いが入っている。

 

ここで匿名が動く。

『7』を含めた数字を連続で出すことで、自身の次の順番の要塞村に既出数である『271』を使わせる。

 

(公正じゃなかったな。こんなすごい子達を守ろうだなんて)

そう思いながら、バウムクーヘンをみんなで食べる約束を残し、要塞村は退室する。

その際にいろはは、手の平に収まる程度の何かを受け取る。

残りは3人。

 

暗号学園4階の視聴覚室では、骸骨雀は「いろは坂が崩れる前に要塞村を脱落させる」作戦だろう、とこの一連の流れを推測する。

ここで、遂七不思議ピケは匿名の敗北を匂わせた発言をする。

「そして、それが敗因だった」

 

その間もゲームは進んでいる。

現在の順番は匿名、いろは、東洲斎の順番で、回答者が匿名となっている。

匿名はいろはの様子を見て、体力的には問題なくとも計算や記憶の方に限界が来ていそうだ、と判断する。

(まあ、おもろかったど、おどれとの勝負―)

そう思いながら、回答する。

「『946』!」

 

先ほどまで閉じられていた扉が二つとも開いた。

「御破算!?アホな!」

自身の退室が予想外のあまり、驚きの声を上げる匿名。

 

何が起きたのか、東洲斎が説明する。

「『946』という合計値は一巡目でいろは坂くんが言った数字だわ」

さらに、匿名が回答する一つ前の手番であることを利用して、『1』をコールするようにアイコンタクトがあった、といろはの提案に乗ったことも告げる。

 

(合計値を既出数とかぶらせる)

これを、いろは坂らしい、と匿名は評価する。

しかし、この作戦には協力者が必要だ。

そして、状況的に協力者は決勝で戦う相手ともなる。

いろはの東洲斎と決勝に残りたい、という思い、東洲斎もこれに応えた事実。

「妬けるやんけ」

そう言い残して匿名が退室する。

 

溺愛ちゃんのアナウンスが入る。

「いろは坂いろは!東洲斎享楽!最終階へと進むんだよー!」

 

 

その③に続く

 

 

感想

今回は地下499階円卓フロアでのバトルロワイヤルが1話での終了となった。

連載終了の理由の一つとして、打ち切り説が唱えられている漫画だが、こういうスピード展開があると「あっ(察し)」となる。

もし、話数をかけることができたら、もうちょっと一人一人の見せ場を作ることができたのかも知れず、もったいなく感じられた。

 

匿名やいろはのように他者を脱落させる動きをする、というのは暗号を解く解かれる以外の決着の付け方として、能動的でわかりやすかった。

匿名の場合、『7』が含まれた数字を連続で出すことで、要塞村に『7』を含めた既出の数字を使わせる作戦を採っていた。

読んだ印象としては、しりとりの『る責め』に近いものがある。

これは、誰かのボーンヘッドを待つのではなく、ボーンヘッドが生まれやすい状況を作る、という『何でもあり』の肩書きを持つ匿名に相応しい攻めた戦い方だった。

 

対していろはは、回答を以前使った数字と同一の数字にすることで、同じ数字を2回使えない、というルールに抵触させるという、目的の数字まで逆算する計算力を求められる作戦を採っていた。

匿名の様子から、誰も過去に使用した数字を回答にしたり、逆に回答に使われた数字を使用していない可能性が濃厚だ。

ルール違反になるのか判断がつかないことをする。

そこをあえて試すのが、作中で『正解への嗅覚が鋭い』と明言されている、いろはらしい。

有効ならば回答者の一つ前に陣取ることで、回避不能の強制脱落が状況次第では可能になる、というのがいろはの作戦の強みだろう。

 

ここで、生徒の退室の描写を見返してみると、最後の4人以外は潰し合いがあった様子はなく、純粋にダブりや計算間違い、体力の限界が来たことによるギブアップが結構な割合を占めていた。

その中でも、残り8人になった状況で、誰かが脱落するまでの回答者となった夕方が、余力を残したような状態でギブアップを選んだことは異彩を放っている。

白黒付けない、実力の底を見せない、という形で格を保ったとも言えるが、読んでいて不完全燃焼感があった。

しかし、キャラ的には『アリよりのアリ』という痛し痒しな結果になった。

というのも、2巻において本人が「別にトップを目指していない向上心のないアタシみたいな実力者」と称していることが挙げられる。

 

他にも、夕方の東洲斎への呼び方が変化しかけたシーンが目にとまった。

そこでは、東洲斎からの呼びかけに対し「きょ…今日のところは」と違和感のある言い回しになっている。

かつて、幼なじみだった時は互いに、たゆたん、きょらりん、と呼び合っていた。

5巻において、夕方の過去話があったが、そこでは夕方の親が投獄されてから、下女とお嬢様という関係になって現在に続いていることが明かされている。

その際、東洲斎は「一緒にいられるなら関係性なんてなんでもいいわ」と発言している。

しかし、それ以降、あだ名で呼び合う関係ではなく、東洲斎がたゆたん、夕方はお嬢様と呼ぶようになった。

 

東洲斎の中では、上下関係は形式上のもので、精神的には今でも友達なのだろう。

それが今回、夕方はかつてのように、きょらりんと言いかけて、きょ…で止まった。

これには伏線のようなものがあり、地下250階法廷フロア以降、東洲斎と夕方が二人で行動しているシーンが前々回の最後に挟まっていた。

その期間中に夕方の中で心境の変化があったのだろうと予想する。

もう少し連載期間があったら、そういった細かいシーンを描くことができたのかも知れない。

残された話数の間で『きょらりん』と呼べる日が来るのだろうか。

 

次回からは、東洲斎対いろはの500億(モルグ)獲得決定戦が始まる。

前々回に(おもむろ)から、今回は要塞村から、託されたものがあるいろはの勝ち色は濃厚だろう。

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

『絣と約束をするいろは』を挙げる。

前回は敗退の危機だったが、それを乗り越えたいろはの生きる意思を感じさせる。

 

最終7巻の分の感想を投稿し終えてから、1巻以降や1巻の続きを投稿していきます。

それでは次回の更新をお待ちください。

作者:荒木飛呂彦

 

ジョジョの奇妙な冒険 第4部 

ダイヤモンドは砕けない

デジタル版 第3巻 

イタリア料理を食べに行こう 

その③とその④

 

ドラマ版の『密漁海岸』では、前半部分に『ジョジョの奇妙な冒険第4部』の中の『イタリア料理を食べに行こう』というエピソードを実写ドラマ化している。

ドラマ版の後半部分の内容も別記事で投稿しているので、そちらの方も読んでいただけるとドラマ化されたエピソードの全体が掴めるようになっている。

また、この投稿の後半部分では、漫画版の感想と併せて、実写版と漫画版の内容や演出の違いや比較も行っている。

 

【上】のあらすじ

新しくできたイタリア料理店を訪れた東方(ひがしかた)仗助(じょうすけ)虹村(にじむら)億泰(おくやす)の二人。

そのレストランを一人で運営するシェフのトニオ・トラサルディーは、自身の作った料理は人を快適な気分にさせる、と言う。

億泰は実際に寝不足と肩こりが治ったものの、仗助は何らかのカラクリがあるのでは、と疑っている。

 

本編

前回の最後に出てきたパスタに対し、『赤トウガラシ』が入っているのかを問う億泰から続いている。

トニオは肯定し、今食べている『娼婦風スパゲティー』ついて語る。

しかし「『辛い』のダメなんスよ」と億泰は申し訳なさそうに言う。

カレーは甘口、寿司はわさび抜き、それぐらい辛いもの苦手だ、と。

実際、パスタについたソースを舐めるだけでも水をグビグビあおる。

 

そんな億泰の様子を見た仗助は、トニオを横目で窺いながら、ある提案をする。

「食うの、やめろよ」

トニオの表情が一瞬不機嫌そうになるが、元の笑顔に戻る。

そして「辛いのが苦手な人でも食べられるように作ってあるんですヨ…」と残念そうな反応をする。

また、パスタの代金は支払わなくてもいい事を告げ、第二皿(メインディッシュ)を作りにキッチンへ下がっていく。

 

億泰はというと、パスタが辛くて食べられないことを惜しがっており、トウガラシ抜きで作り直してもらおうか、と考えている。

しかし、仗助の反応は異なる。

「食えなかったのはラッキーだったかもな!」

億泰がその訳を聞くと、先ほどの涙や垢の量が客観的に見て異常だったことを挙げる。

この意見に億泰は、山形にある白布温泉へ行った際、もっと垢が出た上に腰痛も治ったから、おかしくはない、と返す。

それでも仗助の中にある不安は拭えず「『スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う!』」という言葉を発する。

まだ、判断はつかないが、それぐらいの超常現象をトニオが起こしていることから、疑念を持っている。

 

「怪しい、ねェーっ」

そう言いながら、パスタソースを舐めている億泰。

辛いと言いながらもソースを舐めていることを仗助が指摘すると「思わずなめたくなっちまうんだよ……」と言い、遂にはフォークに巻いていたパスタを口に入れてしまう。

辛いは辛いのだが、癖になる辛さがする、と味の感想を述べながら、億泰はパスタを勢いよく口に運んでいく。

 

「ンまあーいっ!!味に目醒めたァーっ」

すると、億泰の上顎の歯が一本口から飛び出して、テーブルに突き刺さる。

その歯はトニオが見破った虫歯だった。

 

「!?う…うげっ!!」

突如うめき声をあげる億泰。

見ると、下顎が不自然に前にせり出してきている。

下顎の方にある虫歯も飛び出して、店の天井に突き刺さる。

さらに異常は続き、先ほど抜けた歯が生え替わってきている。

 

異常なことの連続に、我慢の限界に達した仗助は料理を調べることにする。

 

「その『スパゲティー』を!なおして材料別のところまでもどすッ!」

調理される前の状態まで戻る麺、トマト、赤トウガラシなど、その中に何かがいる。

その何かはキッチンへとすっ飛んでいく。

 

「あ…あれを食ってたのか……!!」

驚愕する億泰に対し「やはり『トニオ・トラサルディー』、スタンド使いだったかッ!」と疑いが確信へと変わっていく仗助。

 

いざ、キッチンに乗り込んでトニオを問い詰めよう、となったが、腹を押さえてうずくまる億泰。

「腹がおもいっきり痛くなってきたあ~っ!!」

そんな億泰を置いて、仗助はキッチンへと単身潜入する。

「いったい何をたくらんでやがるッ!」

近くのワゴンには完成した『メインディッシュ』が置かれている。

 

バクバク、ガツガツ、ムシャムシャ。

先ほどから奥の方で何かを食べる音が聞こえており、その音のする方へと仗助は歩を進めていく。

そこには、ケージの中にいる子犬にワゴンの上にあった『メインディッシュ』の『子羊背肉のリンゴソースかけ』を食べさせているトニオがいた。

何をしているのか様子を窺っているといきなり、子犬は吐血してしまう。

 

「なにイッ!」

驚いて声が出てしまった仗助だが、それに反応したトニオは鬼のような形相で振り向き、包丁を投げつけてくる。

 

包丁は壁に勢いよく突き刺さり、仗助の方へと近づいてくるトニオ。

仗助は「その『料理』で何をしよおってんだァーッ」と臨戦態勢に入る。

 

そんな仗助の後ろからも、バクバク、ガツガツ、ムシャムシャと何かを食べる音がする。

恐る恐る振り向くと、腹痛を訴えて動けなくなっていた億泰の姿が。

「ハラがイテーけど食わずにはいられねーっ」

その顔には、脂汗も浮かんでいる。

先ほどの子犬を見ていたこともあり、料理を食べないように仗助が注意するも、手遅れだった。

 

「幸せのくり返しだよぉぉぉぉ~っ」

そう涙を流しながら料理の感想を語る億泰だが、内臓が腹を突き破って飛び出し「な…内臓がッ!!」と驚愕し崩れ落ちる。

 

「億泰ぅ~ッ」

仗助も衝撃的過ぎて名前を呼ぶことしかできないが、その背後には四角いレンガのようなものを振り上げたトニオが迫っている。

 

「タダじゃあおきマセンッ!」

その声に振り向いた仗助に、トニオは持っている物を突き出す。

どうやら、トニオが怒っていたのは、仗助が勝手に調理場に入ってきたことが原因らしい。

だから、石けんで手を洗うように、と。

「手を洗えだと?」

仗助は予想外の展開にキョトンとした顔をする。

 

さらに「ゲリ気味だったハラが治ったァーっ」と億泰がスッキリした表情で立ち上がる。

そんな億泰の様子を見てトニオは満足げにしている。

先ほどの吐血していた子犬はというと、元気に尻尾を振っている。

トニオ曰く、億泰が食べた肉料理は難しい料理なため、子犬に味見をしてもらっていた、とのこと。

 

ここでやっと、トニオの目的には裏が無く、美味しい料理を食べてもらうためだったのか、と仗助は問う。

「ソレがワタシの生きガイでス」とトニオは返答する。

仗助はトニオに「『スタンド使い』だろ?」と聞きたかった質問をし、自分と億泰のスタンドを出して見せる。

トニオはこれまで、スタンド使いに会ったことがなかったと驚き、スタンドの力を得た過程や日本に来た経緯といった身の上話を始める。

 

それらを語り終えたトニオは、それでも仗助が無断でキッチンに入ってきたことは許されない、と言う。

そして、仗助にキッチンの床や柱、調理台などを拭くように言いつけて、掃除道具を渡し、自身は億泰の水虫を治すためにデザート作る。

デザートの内容はプリン。

 

億泰は女子供の食べ物、と鼻で笑いながらスプーンで一口。

「天使のような料理人だあ~あんたはよお~ッ」

美味しい料理を食べて健康になった億泰に対して、キッチンの掃除をする仗助で締め。

 

 

漫画版の感想

登場人物は三人と少ないながら、三人それぞれのキャラクターをわかりやすく表現できていた。

主人公の仗助は、トニオに対してスタンドを悪用している人物なのでは、と疑い始めた場面からトニオへの当たりが強くなっていく。

仗助の友人の億泰は、身体の具合が良くなっていく過程での異常事態に違和感を覚えること無く、結果だけを見てトニオを素晴らしい料理を提供する人物、と評価している。

 

トニオはというと、初見で読んだときは、謎の料理を提供する敵か味方か分からない人物、という印象を最後のネタばらしの段階まで保っている。

しかし、トニオの立場からストーリー見ると、苦労して店を持ったがヤンキーっぽい見た目の男子高校生二人が来店してきて、その内の一人が、なぜか因縁を付け続けてくる、という気の毒な立ち位置になる。

 

トニオは行動や思想が完全に善人なので、仗助の料理への警戒に対しての過剰すぎるぐらいの防衛反応にも一瞬ムッとするぐらいで、すぐに笑顔に戻っている。

この投稿を書くに当たり、一社会人の立場でこの描写を見返してみると、トニオがかなり大人な対応をしており、自分の店で杜王町に根付いて成功しようという覚悟を感じさせられた。

また、食材へのこだわりや料理に対しての誇りの高さから、スタンド能力を差し引いても料理人としての優秀さを垣間見ることができる。

 

次項では実写版との比較をしていく。

 

実写版との比較

大きな目立った変更点としては、エピソード全体のテーマが挙げられる。

漫画版では『スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う!』という概念の紹介の導入となっている。

この概念のおかげで、今後スタンド使いを多数出すことに対して、読者の中で疑問や違和感が生じてきたとしても、問題が無いように予防線を張っている。

対して実写版は、『医食同源』を主軸にしている。

なぜ、『医食同源』なのかというと、露伴の担当編集の(いずみ)京香(きょうか)の不摂生について、食に気を遣っていないから虫歯になる、という持論を露伴が展開し、その際に『医食同源』という言葉で持論を補強している。

また、トニオに対しても『医食同源のスペシャリスト』という賛辞を送っている。

 

その他にも大小さまざまな変更点はあるものの、大きく分けて三つの違いを挙げる。

①    トニオの店への来店の経緯

漫画版では通りがかった際に気になったから、となっているが、実写版では泉が露伴に『食』をテーマにした怪奇ミステリーを描いてもらうための取材、という名目になっている。

 

漫画版は派手な演出や大げさなリアクションが目立つが、実写版では来店した人物が泉と露伴という大人な二人なため、全体的に静かな印象を与えている。

実際に、料理を食べて身体に異常が生じた時、健康になったから結果オーライではなく、困惑した表情を浮かべていることが、超常現象に翻弄される露伴、という『岸辺露伴は動かない』シリーズのホラー味を色濃く表している。

また、泉に虫歯があることを知っている露伴の反応として「水がしみるのか」と問うシーンがある。

この演出は、原作よりも精神面が大人になった露伴を感じさせ、良改編だと個人的に思っている。

 

②    トニオの料理の設定

スタンドを使わずに身体を健康にするにはどうするか、この問いに『医食同源』を持ってくることで、食べると健康になる、というギミックを納得のいく形で落とし込めている。

『医食同源』とトニオの料理の組み合わせとして、毒性のある食材とそれと相性の良い食材を組み合わせることによって身体に良い結果を生じさせるのは、オリジナリティの溢れた解釈となっている。

その結果、実写版のトニオはサソリの毒を摂取した折に、手の平を見るだけで体調を見抜くことができるようになる、という『能力』を得ている。

 

また、露伴がトニオの料理に対して抱いた違和感が確信に変わる契機として、パスタに入っている巻き貝が有毒の種類だ、と見抜いたシーンがある。

このシーンは実写版において、フィールドワークを積極的に行って動植物を観察するシーンが原作よりも多く描写されている露伴だからこそ気付くことができたと思われる。

他にも、トニオの料理に『医食同源』の考えが含まれている例として、モルヒネやニトログリセリンを引き合いに出し、用法用量を守れば毒にも薬にもなる、といった解説を露伴がすることによって、トニオは『医薬同源のスペシャリスト』という結論の補強ができていた。

 

③    トニオのスタンドの設定

実写版では『スタンド』は存在せず、『奇跡』『ギフト』と呼ばれており、個人に帰属する超能力のような何か、という扱いになっている。

実写版のトニオは、手の平を見て身体の不調を見抜ける『ギフト』を持っているが、漫画版では自身が作った料理に対して、食べた人をたちどころに健康にできる効果を付与する『スタンド能力』となっている。

 

別の実写版のエピソードでは露伴の能力について、泉がどういったものなのか聞いているシーンがあるが、その際には、『催眠術のようなもの』という説明を受けている。

どうやら、周囲の人物には理解がしがたいものでなおかつ、現実的な技術の延長線上にあるもの、という風に表現していると思われる。

 

次項では実写版の感想を書いていく

 

実写版の感想

今回の実写化は初見時に、大いに驚かされた。

それというのも、表題通りに100%『密漁海岸』をやる、ということは判断できていても、仗助と億泰を露伴と泉に差し替えて原作の『イタリア料理を食べに行こう』を実写化したことにある。

登場人物を変更させることで『岸辺露伴は動かない』が成立するのであれば、1時間の尺に収まる範囲のショートストーリーならば、原作の『ジョジョの奇妙な冒険』のエピソードも一部再現可能となるからだ。

 

これまでにも『ジョジョの奇妙な冒険』の第四部のエピソードの一つである、『じゃんけん小僧』を実写化していたが、メインはどちらも同様に岸辺露伴となっていたため、すんなりと受け入れることができた。

だが、今回の実写化は『密漁海岸』を実写化するにあたり、どうしてもトニオ・トラサルディーをわかりやすく紹介する必要があった。

それを踏まえると『イタリア料理を食べに行こう』を実写化した上で、漫画版と実写版で登場人物を変更したことは『岸辺露伴は動かない』というコンテンツの今後の展開において、自由度を増させる結果になっていた。

今後の『岸辺露伴は動かない』シリーズは、『ジョジョの奇妙な冒険』の4~6話分ぐらいのショートストーリーを実写化していくのでは、と予想する。

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

 

これまで鬼のような形相で向かってくることから、スタンドを悪用しているキャラなのかと思わせてからの真面目で善良な料理人だと判明するシーン。

緊張から緩和への切り返しがわかりやすい形で表現されている。

 

読了ありがとうございました。