原作:西尾維新

作画:岩崎優次

 

第五十七号「皇帝の辞書に暗号はない」

 

500億モルグに相当する金銀財宝に囲まれる中、要塞(ようさい)(むら)鹵獲(ろかく)から託された1モルグ硬貨を見つめるいろは坂いろは、から今回は始まる。

「使ってもいいぜ、それ。使わないほうがいいけど」

そう話しかけてきた人物がいる。

声の正体は洞ヶ峠(ほらがとうげ)(こごえ)だった。

扉絵はメインキャラクターを使った48音表

 

ここで洞ヶ峠からモルグの真実について明かされる。

戦争が起こるほど価値が上がる性質は、以前説明があった通りだ。

ここで新たに、モルグの本来の主旨が判明する。

それは、出所が怪しいため、戦争を無くすことで無価値にしよう、という非戦への祈りが込められている、というものだ。

実際は、そんな戦略(ゆめ)とは裏腹にレートは上がり続けて現在にいたる。

 

いろはからも、先ほどの1モルグ硬貨の用途を説明する。

本来の持ち主であった(はかなげ)石楠花(しゃくなげ)は、硬貨に擬装させたコンピューターウイルスを使って、モルグのハイパーインフレを阻止するつもりだったらしい。

洞ヶ峠曰く、儚はNSAのエージェントで、その正体を隠して入学してきている、とのこと。

モルグの高騰ぶりは、他国から危惧されるレベルにあるらしい。

 

ここから、洞ヶ峠の過去話が始まる。

当時5歳だった彼女は、ゴミ捨て場で真空管テレビを自作する腕前を既に持っていた。

そのテレビで流れている国際会議を見て「この正しそうな連中は、どのくらいマジな気持ちで握手してんだ?」と思っていた。

その後『COLD GOVERMENT』通称CG、初代眼鏡兵器を嘘発見器として製作し、外交の場に提供していった。

結果は、世界の戦争が倍に増えてしまった。

洞ヶ峠は「みんなが正直ならなんにも問題なかったのに」という感想を今でも持っている。

さらに「どいつもこいつも嘘ばっかだ」といろはのクラスメイトの抱えている事情を暴いていく。

 

この発言に、誰しもが500億モルグを求める事情や理由を持っているということか、といろはは問う。

この問いに洞ヶ峠は、即座に否定の言葉を発する。

このタイミングでクラスメイトの事情を語ったのは、各々が抱えている事情は全て平時下に起きた悲劇、だと伝えたかったと言う。

戦争をしていない状態と平和はイコールではない。

現にいろはが野盗に囚われたのも戦後の難民キャンプでの出来事だ、と洞ヶ峠は実例を突きつける。

 

以前、いろはに洞ヶ峠は『戦争を停めることが戦略

(ゆめ)だ』と語っていたが、その狙いは戦争をなくすだけではなく悲劇をなくしたいからだった。

だからこそ「戦争を持続的にコントロールする」ことで戦争の良い面のみが残るようにするつもりらしい。

 

暗号学園4階の視聴覚室では、雁音(かりがね)嚇音(かくね)匿名(とくめい)希望(きぼう)が会話をしている。

雁音は戦争に『いい面』なんてない、と冷めた反応を示す。

それに対して匿名は、戦争を倍にした事実に良心が耐えられないのだろう、と返す。

だからこそ、戦争のコントロールなどといった悪役ムーブをするのだろう、とも付け加える。

 

洞ヶ峠の話に対し、いろはは「平和をコントロールすれば?」と問う。

 

このやり方は洞ヶ峠にとって予想外だったらしく、呆気にとられてしまう。

以前、洞ヶ峠がいろはに対して語っていた『暴力をふるわなくてもヒーローになれる』。

それをどうやったら実現できるのか、いろはなりに考えてここまで来たのだろう。

しかし、この考えは洞ヶ峠からすると『戦争の持続的コントロール』に一見すると似ていても、異なる点が多いらしい。

予算、時間、人員、全てが自身の計画よりも必要になる。

さらに「でも!今更俺にその資格は…!」

自身の過去の罪もあって『平和』を冠するものに携わってよいものか葛藤する洞ヶ峠の姿を、何も言わずに見つめるいろは。

そうして遂に、学園内で色々と暗躍してきたことまで自白する。

「俺は全校生徒を利用した黒幕だぞ!」

 

それでもいろはは洞ヶ峠に歩み寄っていく。

『戦争は人間の業だから、なくせるわけがない』そんな風刺を信じていた自分に、洞ヶ峠は突拍子もないことだが『一緒に戦争なくそうぜ』と戦争のない世界を作れる可能性を伝えてきた。

今回も同じ言葉だが、話を持ちかける立場は逆になっている。

そして、いろはの方から右手を差し出す。

「一緒に戦争なくそうぜ!」

「…どこの馬鹿だ。そんなお寒いセリフを大きな声で言ったのは」

そう応じる洞ヶ峠の目には涙が浮かんでおり、いろはの右手を取る。

 

同じ時、暗号学園4階の視聴覚室でも生徒達は握手をしている。

その様は一つの戦争の終結を印象させる。

500億モルグ争奪戦のために作られた暗号学園メタバースも、役目を終えて崩壊していく。

 

時は飛んで2年後。

荒野に停めたバイクに一人の人物がもたれ掛かっている。

 

その⑥に続く

 

感想

前回は表向きの暗号皇帝決定戦だったが、今回は真の暗号皇帝決定戦が行われた。

最後の最後で、500億モルグの横取りを狙う人物が出てくる、という一筋縄ではいかない展開だった。

これまで、何かを企んでいたり、暗躍したりという部分があった洞ヶ峠のメイン回となっている。

いろはだったからこそ、これまでのお互いの会話の伏線を回収していくようなやり取りが目立ったが、他の生徒だった場合どういう展開になるのか、気になる所だ。

 

いろはは元々、洞ヶ峠の影響を受けており、学級兵長決定戦の過程において『世界で起きている戦争を全部停める』という自身の戦略(ゆめ)をクラスメイトの前でしている。

そのため、洞ヶ峠からすれば、戦争を停めるだけでは戦後や平時の悲劇は防げない、というロジックで500億モルグの分散や用途の変更をさせやすかった。

だが、もしも東洲斎(とうしゅうさい)享楽(きょら)のような500億モルグの用途を既に決めている生徒が勝ち上がってきていた場合、どういう方法で計画の予定変更を行わせようと思ったのか…。

前回の冒頭の雁音との会話上では、二人の内どちらが勝ち上がったとしても問題がないことを匂わせていた。

以外とシンプルに、東洲斎に協力する代わりに500億モルグの分け前を求めるのかも知れない。

 

他にも、東洲斎と出会うまでの洞ヶ峠の過去が明らかになった。

一番大きいところでは、1巻の第二号で東洲斎の『(洞ヶ峠は)戦争を倍に増やしかねない』という発言の回収がなされたことが挙げられる。

本人談だが悪気がなかったとはいえ、戦争を倍に増やしてしまった事実はある。

また、過去話が真実なら、製作者権限でも使わない限り、地下250階裁判所フロアの通過は厳しいだろうことも自称している通りだ。

例外があるとすれば、今回話していたとおり自身が発端となった戦争に『良い面』があったパターンだ。

現実に、GPSや宇宙開発は戦争があったからこそ、急速に技術が発展した実例がある。

そういった技術革新が同時に行われていれば、功罪を並べて功が勝つ、というロジックを弁護人次第となるが、組み立てることができれば無罪となる可能性は残されている。

 

次回の内容の予想の前に、今回の描写において一つ気になったことがあり、それを仮説として紹介する。

それは、洞ヶ峠の左足は義足説、というものだ。

平時下の悲劇と洞ヶ峠が言った時に、機械化された左足が映っている。

作画上のアクセントと当初は思っていたが、他の生徒の平時下の悲劇を語った場面というのが意味深だ。

また、洞ヶ峠の過去にも疑問がある。

なぜ、ゴミ捨て場にいて、テレビを作らねばならなかったのか。

ここから、戦争か何かで左足を失ったのではないか、というのは論点の飛躍だろうか。

 

次回が連載の最終回となるため、どういう展開になりそうか予想してみる。

まず、確実に描かれそうなものは、500億モルグの具体的な使い道がどういった形になるのかだ。

『平和をコントロールする』といろはが言っていたが、戦争を停めるだけでなく、戦後の平和維持の面倒も見る、ということを指すのだろう。

それだけでなく『平和をコントロールする』には、平時の悲劇を無くすことも含まれていると読み取れる表現もなされていた。

それを実現するには、常に世界中を監視して争いを火種の段階から消していくことになるのではないか、それはそれで結構な数の敵を作りそうだ。

もしも連載が長期になっていれば、儚が500億モルグについて『相続争いしか産まない』と評していたことから、学外の人物や組織との相続争い編が描かれた可能性も捨てきれない。

 

また、最後のコマのバイクにもたれていた人物は誰なのか、も明かされそうだ。

要塞村のゴーグルに似た形のものを装備していることから、急に飛んだ二年間で何かがあった要塞村というパターンが素直な読みだ。

それ以外にも、二年間で何があったのかだけでなく、どうやって戦争をなくしていくのか、といった未来のことまで色々と課題が残されている。

残り一話でどこまで描ききれるのかが楽しみだ。

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

『和解した?東洲斎と縊梨』を挙げる。

 

過去の因縁に囚われることなく、将来を見越して関係修復をしようとする姿勢が垣間見られたシーン。

個人対個人とはいえ、一つの戦争が終わった瞬間なのかもしれない。

 

それでは次回の更新をお待ちください。