青森県八戸市に鎮座する、小田八幡宮で参拝して来ました。
ここの小田と言う地名は、源義経が八幡宮の前に小さな田んぼを開拓していった事から小田と命名されたようです。
その地名から小田八幡宮と言われるようになったようですが、正式名は「八幡宮」と言うようですね。
由 緒
創立年は久遠にして不詳であるが、遠く天喜年間(1053~58)に源頼義朝臣鎮守府将軍が当地方の平定の際、八幡の社を建立して鎮守となし、その後、源義経の北行伝説に基ずく北方行の際、当地に仮住いし当社に毘沙門天像を合祀し、 その背中に八幡尊像(三寸六分木像)を納め、安置祀ると記されている。
また、仏教隆盛に伴い天和年間(1682)以降は天台宗「福田山徳城寺」と呼ばれ、 神仏混淆の霊地として尊崇を集めて来た。現在その時代の証として、八戸市文化財指定の毘沙門天像が別棟に奉安されているが、明治の神仏分離の布告により、毘沙門天像の体中に納め祀られていた八幡尊像を分離奉安し、旧古に復して八幡宮と改称、八戸北方の鎮守として現在に至っている。 神社庁HPより
また、仏教隆盛に伴い天和年間(1682)以降は天台宗「福田山徳城寺」と呼ばれ、 神仏混淆の霊地として尊崇を集めて来た。現在その時代の証として、八戸市文化財指定の毘沙門天像が別棟に奉安されているが、明治の神仏分離の布告により、毘沙門天像の体中に納め祀られていた八幡尊像を分離奉安し、旧古に復して八幡宮と改称、八戸北方の鎮守として現在に至っている。 神社庁HPより
一の鳥居
境 内
扁額・しめ縄
手水舎
狛 犬
境内神社
「毘沙門天社」
毘沙門天は、仏教界の守護神である四天王の内、北方守護の多聞天(たもんてん)のことで、根城南部氏の北方守護のため毘沙門堂(小田八幡宮)が置かれたと伝えられているようです。
神社や寺院で、綺麗なピンク色した紫陽花は初めて見たような気がします。
もしかして、こちらの境内の土壌はアルカリ性が強いのかなぁ。
御朱印
小田八幡宮
鎮座地 青森県八戸市小田1丁目2-1
御祭神 応神天皇(誉田別尊)
例 際 9月15日
創 建 伝天喜年間(11世紀中半)
TEL 0178-28-3007