こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
よいと思っていることが違う
ひとの人生において、その目的を考えたことはあるでしょうか?
ひとりひとり、ひとによって目的は違うでしょう。
人の生きる目的を
「向上すること」
と私は考えています。
これを基本とする場合、ひとの生き方にぶれは生じません。
占いを受けるひとは、自分の困っていることを相談します。
「向上すること」
を人生の目的であると意識している時、
ひとは安易にそれに答えを求めることはないでしょう。
占いで答えを教えてもらって、
「悩みが解決してよかった」
という状態で、なにかしら向上したものがあるでしょうか?
答えを求めるとき、
答えを探すとき、
安直に他からそれを得た時に、そのひとは全く向上していません。
楽に答えを得た状態は、人生で向上するという目的の反対になります。
楽な人生は学びがなく、ただ時間が過ぎているだけのことです。
深く理解しているひとは、その解決した問題がまた別のかたちで繰り返されることを知っています。
ブログ記事を書いている時。
思っていることを、文字を使って言葉にする時、その情報量は減ってしまいます。
なので、うまく説明できるひとは利口だと思います。
占いにしても、カウンセリングにしても、ヒーリングにしても同じことが言えます。
ただ自分の状態を楽にすることだけを目的にしている。
それなら、それを受けることは向上しない行動をとっていると言えます。
自分の起こした事象に対して、自分で後始末していない状態。
それは他者に解決を依存している状態です。
それをひとにやっているひとたちにしても、大半は
「よいことをやっている」
と思っています。
深く考えている人は多くはありません。
答えを差し出すことが、よいことではない場合が多いという理解をしているひとは多くありません。
かしこくアドバイスできる方は、まずすぐに答えをを教えることをしません。
目先の困ったことから逃れたい、ためだけに、視点を合わせていると、ブレが生じます。
自分で取り組み、解決をめざす。
それをしないで、答えを求める行為。
それは向上することに値していません。
やりすごし、通り過ぎているだけです。
目の前に起きることは、基本全て自分で解決できる問題です。
それができないのは、プライドであったり、エゴであったり、怠惰であったり。
そのひとの惰性であったりします。
自分の問題を、真に周りは解決できません。
自分を向上させるという意識を持って、自分のことを自分で処理していく。
その方法を習得し、学ぶことが大切です。
答えを得ることを目的にするのでなく、答えの解決方法を見つけること。
よいと思っていることが実際は違う。
そんなことを最近よく考えています。
芦屋の癒し人