こんにちは。松村です。
ブループリントという言葉

これは、ブループリントを最上位に置く言い回しだ。
教科書的に呼ぶ言い方であって、
それがある前提でのことばと言える。
何のことを言ってるのかというと、
ブループリントという呼称はおかしい
のではないか?
ってことだ。
ある電車が決まったレールを走ることになっているとする。
電車には時刻表がもともとある。
その時刻が来れば出発する。
ひとはそれに乗って目的地まで向かう。
これをブループリントに当てはめる。
はじめにブループリントがあったのではなく、
レールがあって、その上を進んでいく。
という理解だ。
ブループリントという呼び方は、後付けの説明ということだ。
教科書的に学ぶ場合は、
ブループリントありき
になる。
だが、結果的にそうなっていたものを
あとから、説明的に
ブループリント
と呼んだにすぎない。
上からの情報をひとつの方向。
それは確かかどうか確認しようがない。
下からの情報をまた一つの方向とする。
それは確認したうえでの情報だ。
あるものを、あたかも、あったように
ことばで示すこと。
これが定義となると、
別の視座を理解しにくくなる。
はじめに言葉ありき。
これも同じだ。
ことばが先。
これが定義ではない。
体験が先、ということを意味している。
そう考えたことはあるか?
ヨハネが書いた言葉。
ヨハネという人物は、黙示録も書いている。
事実を置いた人。
イエスにマリアを託されたひと。
他の弟子たちとは異なっていたのだ。
ブループリントという言葉も同じ感覚。
事実があって、あとからできた言葉。
そうなのだろうとおもった。