富士登山総括~リアクション
さて、何をもってこっからの
「動くことって素晴らしい」
このメッセージを受け取ってくれたと言うのか。
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帰りのバスの中で
スタッフのが辛いのに、ありがとうと
泣いてくれたこがいた。
来年絶対富士山にリベンジしたいと
宣言してくれたこがいた。
登れなかったけど、参加申込みフォームを
クリックできた自分が成長できたと
堂々と言ってくれたこがいた。
缶ビアガーデン後3次会で
スタッフに悩みをもちかけてくれたこがいた。
ゴローsBAR(勝手に命名)で
参加するのがむちゃくちゃ不安だって
でも今踏み出してみて勇気がもらえたと
言ってくれたこがいた。
路頭に迷っていると相談を
アクションをかけてくれるこがいた。
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このリアクション一つひとつが
この企画を物語っている。
イベントが大失敗したのに
企画は生きていたというか
ある意味逆に
表層だけじゃなくて
もっと深い部分でつながることが
できたのかなあと。
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そして僕はこの104人に
何らかの償いであり
恩返しをしたいと
心から思う。
広報としてみんなを集め
言い換えれば来てもらって
やっぱりもっと何かができたんじゃないかと。
あるいはこれからもっとできるんじゃないかと。
それが義務感でも責任感でも
はたまたお礼でもなんでもいいじゃない。
「なんかしたい」
この心の動きは
とどめちゃだめだと思うので。
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つづく
富士登山総括~概要
これから(予定では23日まで)
こっから富士登山2009を
個人的に総括していきたいと思う。
恐らく自分にとってとてつもなく大きなもので
そう感じるのはたくさんのものを得たからだと思うから。
できるだけ順序や段落、まとまりつけていきたいものの
まずはだぶっても良いので、もれなく書いていきたい。
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富士登山という企画ベースで見れば
数日前から発達した台風9号により
富士5合目まで行くも、登山を断念。
登山はできるが、下山が恐らく厳しい
というか危ないし無理であるということだった。
ガイドさんと大史の判断で断念、中止。
昼食と温泉だけ取り、帰京という結末だった。
「登山」に関して言えばそれだけで
点数をつければ0点だった。
(もちろん身の安全を優先した英断は
何よりも良かったこと。語弊の無いように)
ただ、そこにこっからの「想い」が乗っかった。
いや、乗っかっていた。
よりテン、おにぎり企画、アイスブレイク
ひいて言えば決起集会、その前の告知、
そしてそのスタッフをつなげる人事部と
引っ張る統括、後ろで支える安全と管理。
すべての想いが乗っかっていた。
乗っかっていたからこそ
それが滲み出て、溢れて
「動くことの素晴らしさ」
これを伝えることができたんじゃないかと思う。
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これが
ただ単に「富士山に登る」企画
とか
「毎年やってるから」っていう
前年をなぞる企画じゃ
何も乗っからなかったし
何も伝えることができなかったはず。
これが今年の
登山のできなかった富士登山企画
であり
登山ができなかったのにも関わらず
こっからの理念である
「動くことの素晴らしさを学生に伝える」
これを達成できた富士登山企画の
真髄だったのだと思う。
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つづく
富士登山前夜
企画の終わりが見えてくる。
ああ、あと3日で
この22人ともお別れなんかな。って。
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僕にとって今年の富士登山企画はけっこう特別で
それは初めてこっからメンバーとして活動したからです。
今思えば、僕を誘ってくれた大史、
それから快く受け入れてくれた12人のメンバー。
まずはみんなに感謝をしないと。
こんなに気持ちよく動けて
こんなに毎日笑って楽しくて
そして今終わりと想うと
すごく寂しい気分になるのは
みんながいたからです。
ほんとうにほんとうにほんとうに
ありがとう!!!!
やっぱり大学生活最後の前半を賭けただけあって
存分に得れる場所でした。
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そして、8人の班長さんたち。
14人で補えないところを
補って余らせるスパイスのようでした。
それが一つのチームになって
ものすごくわくわくしている。
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壁はいつも自分が作っていて
壁をいつも取り除いてくれたのは周りでした。
まだ企画は始まっても終わってもいません。
広報として100人集め
安全リーダーとして無事京都に全員帰ってくるま でが
僕の使命です。
そしてそこにポリシーを。
「104人を、愛する」