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【哀しみの中で喜びを見つける】 . 昨日、実家にて姉の開眼法要を終えました。 . 住職さんが、「哀しみはもちろんあるけれど、その中で喜びを見つけてくださいね。それが故人への供養になりますよ」と仰ってくださいました。 . . もちろん、家族みなが哀しんでいるけれど、毎朝起きればいつも側にいてくれた母親がいなくなった、姪っ子ちゃんたちの哀しみは計り知れません。 . でも彼女たちを見ていると、まさに住職さんが仰ったように、哀しみの中に喜びを見つけて前に進んでいるように思います。 . 下の姪っ子ちゃんは昔から動物や自然が大好きで、スーパーで購入したうずら卵をお手製の保温機で孵化させ、今は二匹のうずらのお母さんのように、うずらちゃんのお世話を楽しんでいます。 . 上の姪っ子ちゃんは、これまでチアの練習三昧で料理はほとんどしてこなかったようですが、姉がいなくなってからは家族やお友達のお母さんに教わったりしながら、料理の楽しみを知っていっているようです。 . . 昨日は皆で姉の旧友のお店で美味しいランチをいただき、その後牧場へジェラートを食べに行きました。 . 美味しそうにジェラートを頬張り、ヤギさんをマッサージして癒されている彼女たちの笑顔を見ていると . 私自身も哀しみの中に喜びを感じます。 . . . 姉が亡くなるなんて、哀しいことでしかないと思っていたけれど、大切な身内を亡くしたからこそ気づける大切な事がたくさんと知りました。 . . 現状がどうであれ、こうして生かされていることそのものに自然と感謝の気持ちが溢れ、幸せに包まれた日々です。 . . #開眼法要 #三姉妹 #姉が教えてくれた事 #自慢の姪っ子 #西山牧場 #とほかみえみため

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お久しぶりです。
あさのちづこです。


とても長いお休みをいただい
ておりましたが

ようやく再始動する
運びとなり
サロンも営業再開です。




新型コロナという
これまでの自分のままでは
い続けられないような

大きな力が世界規模で
巻き起こり


不便を強いられる
一方で

きっと多くの方々が
自分を見つめ直す貴重な
機会を得られたのでは
ないでしょうか。





私の場合は、コロナの時期と
重なるように


7年前から癌で闘病を
続けていた最愛の姉が
今年の3月頭に倒れ


その後41日間に渡り
姉を含め、家族みなが
「生」と真剣に向き合い


そして先月10日、姉はお空に
旅立ちました。




そしてこの度、無事四十九日を
終えました。



私にとって、小さい頃から
姉の存在はとても大きく


正直、まだ完全に現状を
受け入れることはできず


時折、姉のいない現実に
いたたまれなくなります。




それでも、姉がこれまで私
たちにしてきてくれたこと


それから、命をかけて教えて
くれたこと


また今も教え続けてくれる
ことが


たくさんたくさん
本当にたくさんあり


目に見えないけれど
確かにあるものの存在を


一つ一つ確かめながら
それらとの繋がりを深める
毎日です。




姉の看病をしながら
私を大きく支えてくれたのは

もちろん家族の存在

そして、お腹の中の新しい
命の存在です。



現在は、折り返し地点を過ぎ

お腹もかなり大きく
なり

お腹の内側で元気に動く
赤ちゃんに日々癒されて
います。





15年前にたまたま乗った
電車が脱線し

それまで何の疑いもなく
生き続けられるものだと
思っていたのが

そうではなかったことを知り


勝手に動くものだと
思っていた身体が

全く動かなくなり

元どおりに戻りたい
一心で懸命にリハビリに
取り組みました。




しかし、数年後
自分が手にしていたものは

それなりに元のように
動くようになった身体と

目の前の幸せを何一つ
感じる事ができなくなった
心でした。




当時は身体と心の繋がり
など、何一つ理解して
いなかったのです。





そこから


ピラティスを編み出した
ジョセフピラティス氏が
生前残した言葉


Body(身体)-Mind(心)-Spirit(魂)を
統合するとは

一体どういう意味だったんだろうか


という事を

それらとはまるで真逆の

自分自身のバラバラになった
BodyとMindとSpiritと
共に生きることで


少しずつ少しずつ


長い時間をかけて
その繋がりを取り戻し

より深く理解していく
ようになり今に至ります。





しかし、どれだけSpiritと
繋がっていようと

それでもやってくる
人生の予期せぬ出来事



私の場合は
姉の生と姉の死が

自分自身を大きく
揺さぶり

Body-Mind-Spiritの
さらなる深い繋がりが
求められました。




しかし、結局のところ
それらの繋がりが揺らいだり
深まったりしながら

より深く統合して
いくプロセスそのものが

「人生」だとも
言えます。




また、それは誰にとっても
そう簡単な道のりではないと
いうことも。




でも、だからこそ
どんな人生もおもしろい。





あなたは今、人生のどんな
道のりを歩んでいますか?




たとえ、今あなたがスピリットとは
何の繋がりもない日々を
過ごしていたとしても


それは、スピリットに目覚める
ための大切なプロセス
だと言えます。





またスピリットとの
深い繋がりを感じていた
としても

明日の命は誰にも
保証されていません。




だとしたら、私たちが
できることは


「今を生きること」


しかありません。




うわっつらの自分を
本当の自分だと
思いこむことなく


周囲の声に惑わされる
ことなく


「今」にフォーカス
して生きたいですね。




今、コロナを含め
宇宙規模で巻き起こる
大きな力が

懸命に私たちがSpiritに
生きることを

後押ししてくれている
ようでなりません。




ピンチはチャンス。




どんな時も楽しんで
生きましょう^ ^



最後までお読みくださり
ありがとうございました。



またお便りしますね。



■産休までの約2か月間
オンラインでのピラティスの
グループレッスンを
開催しようと思っています。



私も妊婦の身なので
初心者の方でも
安心して初めていた
だける内容になる予定です。



メールレターよりご案内予定です
ので、ご登録がまだの方は
今すぐご登録くださいね。


〜生死を彷徨い続けた15年間の壮絶な


■6月より枠を制限してセッションを
再開しています。個々のクライアント
さまには順次個別にご連絡させて
いただいています。



■妊娠出産に伴い、今年いっぱいは
コースの募集をストップさせていた
だきます。

2021年年始より再開予定ですので
ご興味のある方は、個別に
お問い合わせください。


掲載後に送ってくださった日経新聞の
記事を読ませてもらい
自分の言葉を文章で読みなおすことで
確信が深まる
 
 
私が伝えたいことは
 
事故の悲惨さではなく
 
人ひとりの命の大切さ
 
他人に寄り添うことの尊さ
 
それが安全の本質
 
 
事故を起こさないための安全では
事故に遭い被害者となってしまった
人たちの心に寄り添うことなどできない
 
 
事故とは、その瞬間を指すものではなく
その後の一人一人の人生を含んでいる
のだから
 
 
さらに、一人一人の人生とは
被害者や被害者の家族や友人だけ
でなく
 
加害者となってしまった人たちや
その家族の人生をも含んでいる
ことを忘れてはいけない
 
 
被害者は形を変えて加害者に
なりうる
 
加害者もまた形を変えて被害者に
なりうる





昨年夏に流産し、毎日悲しみに

ふけっていましたが


ありがたいことにその半年後に

また妊娠がわかり


今はようやく安定期に入って

しばらく経ちました。

 

 


7年前から闘病をしていた

ものの


お正月も一緒に元気に楽しく

過ごした姉が、今年に入って

しばらくしてから体調を崩し始め


3月に入ってからは医師には

何度も何度も

今日明日が峠だと告げられました。

 


 

姉が亡くなる4月10日までの

41日間、私たち家族は

コロナの影響もあり、多くの

時間を姉と共に過ごすことが

できました。 

 


 

そして姉は私たちの想いに

応えてくれるように

最期の最期まで奇跡を

起こし続けてくれました。

 

 


姉が亡くなった5日後の

4月15日は姉の誕生日で


その日たまたま私の妊婦

健診があり、性別はほぼ

女の子だと告げられました。

 


しかも、この時期にしては割と大きいと。

 

 


家族はみな

「お腹の赤ちゃんって、絶対

オンマ(姉のこと)やん!」

と大喜びしました。

 

 


ふと、昨年夏に流産した

我が子(まめちゃんと呼んで

いました)のことを思い出しました。

 

 


そういえば、まめちゃんの

出産予定日は4月5日でした。

 

 


もしまめちゃんがすくすくと

育っていたら、臨月の私は

姉の病院へ通うことなど

到底できなかったと思います。

 


 

姉は3月末に事情があって

1週間ほど香川県の病院に

入院していたのですが


関西に連れて帰りたくても

体力的にかなり厳しい状況でした。

 

 


私たち家族は毎晩その日に宿を

取り、今日こそは今日こそはと

姉の回復を待っていたのですが


私がもし臨月なら、車で片道3時間

もかかる香川県へは、行くことすら

難しかったと思います。 

 

 


予定日通り4月5日に出産

していたとしたら1週間は

入院なので、私は姉の最期を

見届けることはできなかったと

思います。

 

 


「まめちゃんは、すでに全部

わかってくれていたのかも

しれない」

  

 

ふとそう思いました。

 

 

全部分かった上で

「今はタイミングじゃない

から出直そう」と

一旦お空に帰ってくれた

のかもしれないと。

 

 


そう思うと、まだこの世に

誕生してわずか9週の

まめちゃんが


たった9週で自分の人生を

全うしてくれたことに

再び感謝の気持ちが

溢れ出しました。


 

 

あの頃はすごく悲しかった

けどそんな事まで考えていて

くれたんだね。

 

 


喜んでお空に帰っていった

まめちゃんの姿が目に浮かぶ

と共に


生と死が限りなく取り合わせ

にあるということを感じずに

はいられませんでした。

 

 


幸い、お腹の赤ちゃん(はな

ちゃんと呼んでいます)は

すくすくと育っており

最近では私だけでなく

周りの誰もが


お腹の外から皮膚を通して

はなちゃんの動きを

感じられるようになりました。

 

 


姉、そしてまめちゃん、

はなちゃんが、


「私たちは限りなく隣り合わせ

にある生と死の間で、今日も

生かされている」


ということを教えてくれて

いるようで


このようなご時世の中でも

どれだけ姉の死が辛くとも


それでも日々幸せを噛み締め

て日々過ごせる毎日に感謝です。





先日の報道ランナーより。お腹も随分大きくなりました^ ^




〜生死を彷徨い続けた15年間の壮絶な

実体験から得た、本来の私を生きるコツ〜


 

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こんばんは。

あさのちづこです。
 
 
 
先日ご案内させていただいた
テレビ放送ですが、たくさんの方
が観てくださったようで
 
多くの感想などもいただき
とても嬉しく思いました。
 
 
 
わたし自身、テレビの取材は
若干の抵抗があり
これまで一度もお受けした
ことがなかったのですが
 
 
今回初めてお受けしてみて
 
安全への想いを全国の
方々に届けてくださった
放送局の方々には
感謝しかありません。
 
 
 
本当にありがとうございます。
 
 
 
特に関テレの放送は、この
特集のために
 
これまで何度も取材をして
くださり、時には群馬県まで
足を運んでくださいました。
 
 
 
私の想いに添ったものを
形にしたいという、記者さんの
熱い想いが伝わってきて
 
私も自分のことながら
テレビを観てウルウルし
てしまいました。
 
 
 
NHKの放送に関しては、内容
ほとんどは私の想いに添ってくだ
さったものなのですが
 
一部、時間の関係でカット
せざるを得なかった部分が
あるようで
 
事実と異なるようにも聴こえる
部分があったので、少し補足させて
ください。
 
 
 
 
JR西日本から講演の依頼を受けた時
私には何一つ戸惑いなどありません
でした。
 
 
 
私はそもそも、いつかJR西日本に
私の話を聴いてもらえたらという
思いで講演活動を始めたので
 
依頼を受けた時はとても嬉しく
思いました。
 
 
 
ただ、内容はこれまでと同じでは
いけないので、そこはすごく
悩みました。
 
 
 
また私が、インタビューで
「JR西日本は加害企業だと
思っていたので」
 
とありますが
これは私の言葉の一部を
切り取ったもので
誤解を招くかもしれないと
思いました。
 
 
 
私は長年、JR西日本を加害企業、
私自身を被害者だと
思って生きていました。
 
 
 
でも10年以上の月日が流れ
 
いつ頃からか
 
「今後はそのような関係を終えて
JR西日本ともっとフラットな
関係でありたい」
 
と思うようになりました。
 
 
 
 
もちろん私があの事故に
遭ったのは事実ですが
 
「被害者として事故を語るの
ではなく、1人の人間として
語ることができれば
 
JR西日本と、そのような関係を
築けるのではないか」
 
 
そんな想いで講演活動を
はじめました。
 
 
 
なので、講演活動を始めた頃は
すでにJR西日本の事を
加害企業という風には
見ていなかったですし
 
確かに私は、過去にあの事故の被害には
遭いましたが、だからといって今の
わたしを「被害者」だとは思っていません。
 
 
 
JR西日本には、より安全な
会社に成長し続けてほしいと
心から願っていますし
 
私自身は、あの事故の教訓を
伝え続ける事でそこに貢献
していきたいと思っています。
 
 
 
昨今のコロナに関してもそう
ですが
 
思い通りにならない相手に
対して、敵対したり
憎んだりしても
 
本質的には相手が自分の思い通りに
変わることなどありません。
 
 
 
それどころか、憎めば憎むほど
敵対すればするほど、それらの気持ちを
手放せなくなってしまいます。
 
 
 
もちろん一番苦しいのは
相手ではなく自分です。
 
 
 
ならば、相手を憎むより
相手と闘おうとするより
 
 
「本当は自分は何を求めているのか」
 
 
「その為に自分が自分に何をしてあげられるのか」
 
 
にフォーカスした方が
自己の成長に繋がり
 
そして結果的にそれが時に
相手の心を動かし
 
互いの成長へと繋がるのだと
思います。
 
 
 
この事は、夫婦喧嘩をして
苛立っている自分に、毎回言い
聞かせていることでも
ありますけどね^ ^
 
 
〇こちらは関テレ報道ランナーで放送されたものです
 
 
 
◯こちらは15年の付き合いになる朝日新聞の千種さんの記事です。
千種さんの事はまた改めて書こうと思います。
 
 
 
 
15年前の4月25日と同じ青空
 
 
◯講演のご依頼等はこちらへお願いいたします
 
 
3月に入ってからは、仕事を含む全ての
予定をキャンセルして姉に寄り添って
いましたが、

そんな中JR福知山線列車事故から
15年の日が近づいてきました。
 
 
この時期が近くと毎年事故に関する
取材の依頼が来るのですが

今年は姉の事で頭がいっぱいで
取材を受ける余裕など、どこにも
ありませんでした。
 
 
ただ、新型コロナウィルスの影響で
4月5月にそれぞれ予定していた
講演会が中止になり

今の私にできることがあるとしたら
これらの取材にお応えすることしか
ないとも思っていました。
 
 
姉の体調は常にいつ何が
起きてもおかしくない状況
ではありましたが

ほんの少し安心を感じる日が
あり、ふと

「取材を依頼してくださって
いる方々に一度に集まって
いただけるなら、お受けできる
かもしれない」

と思い立ち、急遽お受けする
ことになりました。

 

この頃私たちは、いつでもすぐに
姉の所へ向かえるよう、西宮の
実家に皆で住んでいましたが

その日は姉の娘2人もわざわざ
宝塚の家までついて来て
長時間の取材に付き添って
くれました。
 
 
取材が終わると皆で大急ぎで
高速に乗り、姉の病院へと
向かいました。
  
 
きっとこの日より前でも
後でも取材をお受けする
ことは難しかったと思います。
 
 
いつも私を応援してくれて
いた姉が、私のために
この日を用意してくれた
のだと思います。
 
 
関テレさんはこの日だけで
なく、秋頃からこれまで
数度に渡って私の講演活動
に関する取材をしてくださり

たいくんも記者のねぇねと
カメラマンのにぃにの事が
大好きになってしまいました。
 
 
姉のおかげでこうして放送の
日まで来れたわけですから
私も放送を観るのが楽しみです。
 
 
よかったら観てみてくださいね。

24日
JR福知山線事故に関する特集は18:14頃から 

24日 18:10〜 

25日 6:00〜
※こちらはコロナの影響で変更となる可能性ありとのこと

■24日 朝日新聞朝刊
■26日 日経新聞朝刊

また23日の読売新聞夕刊でも
記事が掲載されていました。
 
取材をお受けすると少なからず
ニュアンスの違いなどで
私の想いと異なる内容が
文章になってしまうことがあります。
 
なので少し訂正させてください。
 
講演の感想で
「浅野さんが明るく話すのを
聴いて何か違うな...という
箇所なのですが

JR東日本での講演の感想の
ようにも受け取れるよう
書かれていましたが

この感想はJR東日本の方々の
講演の感想ではありません。
 
講演を初めてまだ間もない頃
私が伝えたい事をうまく
伝えられず、その時に
いただいた感想です。
 
 
 
このようなご時世だからこそ
一人一人の生き方、在り方が
問われるのだと思います。
 
 
今一度、自分自身の生かされた
命についてゆっくり感じる
きっかけになれば嬉しいです。


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またお仕事に関しましては

新型コロナウィルスの影響により

対面でのセッションはしばらく

お休みになりますが


オンラインで出来ることから

少しずつ再開していこうと

思っています。


またお逢いできる日を楽しみに

しています😊









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3月に入ってからは、仕事を含む全ての予定をキャンセルして姉に寄り添っていました。 . そんな中、JR福知山線列車事故から15年の日が近づいてきました。 . この時期が近くと毎年事故に関する取材の依頼が来るのですが、今年は姉の事で頭がいっぱいで取材を受ける余裕など、どこにもありませんでした。 . ただ、新型コロナウィルスの影響で、4月、5月にそれぞれ予定していた講演会が中止になり、今の私にできることがあるとしたら、これらの取材にお応えすることしかないとも思っていました。 . 姉の体調は常にいつ何が起きてもおかしくない状況ではありましたが、ほんの少し安心を感じる日があり、ふと「取材を依頼してくださっている方々に、一度に集まっていただけるなら、お受けできるかもしれない」と思い立ち、急遽お受けすることになりました。 . この頃私たちは、いつでもすぐに姉の所へ向かえるよう、西宮の実家に皆で住んでいましたが、その日は姉の娘2人もわざわざ宝塚の家までついて来て、長時間の取材に付き添ってくれました。 . 取材が終わると皆で大急ぎで高速に乗り、姉の病院へと向かいました。 . きっとこの日より前でも後でも取材をお受けすることは難しかったと思います。 . いつも私を応援してくれていた姉が、私のためにこの日を用意してくれたのだと思います。 . . 関テレさんはこの日だけでなく、秋頃からこれまで数度に渡って、取材してくださり、たいくんも記者のねぇねとカメラマンのにぃにの事が大好きになってしまいました。 . 姉のおかげでこうして放送の日まで来れたわけですから、私も放送を観るのが楽しみです。 . よかったら観てみてくださいね。 . 24日 16:45〜 報道ランナー(関テレ) . 24日 18:10〜 ニュースほっと関西(NHK) . 25日 6:00〜 おはよう日本(NHK) ※こちらはコロナの影響で変更となる可能性ありとのこと . 26日 日経新聞朝刊 . また今日の読売新聞朝刊でも記事が掲載されていました。 . 取材をお受けすると少なからずニュアンスの違いなどで、私の想いと異なる内容が文章になってしまうことがあります。 . なので少し訂正させてください。 . 講演の感想で、「浅野さんが明るく話すのを聴いて何か違うな...という箇所なのですが、JR東日本での講演の感想のようにも受け取れるよう書かれていましたが、この感想はJR東日本の方々の講演の感想ではありません。 . 講演を初めてまだ間もない頃、私が伝えたい事をうまく伝えられず、その時にいただいた感想です。 . . . このようなご時世だからこそ、一人一人の生き方、在り方が問われるのだと思います。 . 今一度、自分自身の生かされた命についてゆっくり感じるきっかけになれば嬉しいです。 . . #関テレ #報道ランナー #NHK #日経新聞 #読売新聞 #ニュースほっと関西 #jr福知山線脱線事故 #祈り #とほかみえみため #ワンネス

浅野千通子(あさのちづこ)(@chizuppp)がシェアした投稿 -

4月12日、姉の誕生日の3日前姉の葬儀が行われました。
 
 
姉がお空へ帰った4月10日からこの日まで、頭の中はいろいろな想いが交錯していました。
 
 
 
(お姉さんは、生き切ったんだ。
 
私たち全員がやり切ったと思えるまで
 
懸命に生き続けてくれたんだ。
 
 
まだまだ残っていた今世のお役目を
 
この数ヶ月で誰もが驚くような
 
スピードで一気に果たし、安心して
 
お空へ帰ったんだ。)
 
 
 
 
(でも、もっと一緒に歳を重ねたかった。
 
今年の夏も来年の夏も、みなで家族旅行に
 
行きたかった。
 
 
お姉さんにもっと話を聴いて欲しかったし、
 
お姉さんの話を聴きたかった。)
 
 
  
姉に対して
 
「本当によくがんばったね。やっと楽になれてよかったね」と声をかける気持ちに嘘はないけれど
 
それでも時折言いようのない哀しみが溢れ出し、ただただ涙が流れました。
 
 
 
告別式の日は雨でした。
  
 
「千通子ちゃん、なかなか泣けないの」と言っていた姉が、思う存分泣いているようでした。
 
 
 
告別式の後、皆はマイクロバスに乗り込み
姉を載せた霊柩車が一足先に走り出しました。

  
 
 
(なぜ私は今、お姉さんのいる霊柩車を
 
こうして追っているんだろう。
 
なぜ、お姉さんは目の前を走る霊柩車の
 
中にいるんだろう?)
 
 
 
(このまま火葬場についたら、
 
もう永遠に姉の肌に触れる事ができなく
 
なってしまう)
 
 
 
前を走る霊柩車が涙で見えなくなりました。

ふいに、姉の声が聞こえてきました。
 
 
 
「千通子ちゃん、私はもうあの中にいないよ。
 
だから、もう哀しまなくて大丈夫」
 
 
 
それは、姉の魂の声でした。
 
 
 
そして、そこから火葬場に着くまでの20分くらいの間、姉が私にいろいろなことを教えてくれました。
 
 
 
「千通子ちゃん、あの肉体は借りものなの。
 
魂が、今世はこの身体と心でこんな経験がしたい
 
なって計画して、この身体と心を選んで降りてき 
 
たの。
 
 
でもね、身体と心と魂が一つになるって、
 
誰にとってもそう簡単なことではないの。
 
もちろん、私にとってもちっとも簡単では
 
なかった。
 
 
でも、それが計画だったの。全ては計画だった。
 
 
私は、この簡単ではない人生を、家族や周りの人たちと共に経験し、それを味わって生きた。
 

そして役目を果たした時、身体と心から離れたの。
 

身体は動くことをやめ、心はあれこれ思い悩んだ   
 
り、痛みを感じたりすることはなくなった。」
 
 
 

姉の魂はとてもあたたかくピンク色でした。
 
 
 
たいくんよりもずっと小さい背丈でピンク色の
チマチョゴリのようなドレスを着て宙を
自由自在に舞っていました。
 
 
腰にはピンク色の長いレースのリボンがついていて、おでこには白のティアラのようなものをつけていました。
 
 
 
私がそっと両手を出すと、姉はそっと手のひらに降りてきて、私に優しく微笑みかけてくれました。
 
 
 
次の瞬間窓の外にいて、また嬉しそうに微笑んでいました。
 

 
その時、霊柩車が回り道をして、姉の家へと向かいました。
 
 
姉の家が見えてくると、姉は満面の笑みを浮かべました。
 
 
霊柩車は姉の家の前で停車し、その後クラクションの鳴らすとまた走り出しました。
 
 
 
(ずっとこの家に帰りたがっていた姉が、今日ここでこの家と永遠にお別れしてしまうのか)
 
  
 
クラクションの音を聴きながら、また涙がこみ上げてきました。
 
 
 
ふと姉を探すと、姉は私たちが発車した後も、姉の家の前に留まり、じっと手を合わせていました。
 
 
 
その後、霊柩車を追いかけてくれていた仲良しのご近所さんの車へと近づいていったり、マイクロバスを誘導したりと自由に空を飛んでいましたが 
 
私が両手を差し出すとまたすっとそこに降りてきてくれました。
 
 
 
姉が降りてくると、私のハートは一瞬にしてピンク色の温かみがはじけるように溶けだし、全身が幸せに包まれました。
 
 
 
そして次の瞬間姉は消え、今度は空の上でにっこり笑っていました。
 
 
 
姉には時間の概念も空間の概念も、私たちにとっての常識は何一つ持ち合わせていないようでした。
 
 
 
姉が言いました。
 
 
 
「魂はね、いつも幸せを感じているの。
 
幸せという感情、感覚しか持ち合わせて
 
いないの。
 
 
そして魂の役目は、周りにその幸せを
 
与えること、そして幸せを感じてもらう
 
ことなの。
 
 
だから、また哀しみがやってきたら私を
 
呼んで。
 
 
私が千通子ちゃんの心の中に入ってその
 
哀しみを一瞬にして温かいピンク色の
 
幸せに変えてあげる。」
 
 
 
そういうと、姉はまた私の中にすっと入ってきて、私はまた幸せに満たされました。
 
 
 
「千通子ちゃん、儀式はとても大切なの。
 
私は今からこの儀式に付き合うために、一旦
 
お空へ行くけれど、誰かが手を差し出して
 
くれたらそこに一瞬で行く。
 
 
いつでもここに来てと願ってくれたら
 
そこに一瞬でいく。
 
 
そして、あなたを一瞬で幸せにしてあげる。
 
この事を皆に伝えて。」
 
 
 
姉は肉体から離れた後、また新たなお役目をみつけ、それを果たしているようでした。そしてそれもまた姉の計画のようでした。
 
 
 
私は携帯電話を取り出し、大急ぎで姉との一連のやり取りをメモしました。
 
 
ようやく最後まで書き終えた時、ちょうどマイクロバスは火葬場に到着しました。
 
  
 
私は、バスを降りるとすぐに姉の娘たちを探しました。
 
 
「ニ人に伝えないと。」
 
 
彼女たちを見つけた時、清々しい顔で微笑む二人を見て、二人はもうすでにこの事を知っているのだとわかり、今は伝える事をやめました。
 
 
 
後で聞くと、案の定その通りでした。
 
 
 
赤い目をした妹にそっとマイクロバスの中での出来事を伝えました。
 

妹は心底安心した様子で、いつもの笑顔を取り戻しました。
 
  
 
姉の肉体との最期のお別れの時、皆の中には姉の肉体との別れに涙している者もいました。
 
 
姉はまたふと降りてきて、「そうなちっゃうよね」と彼に優しく微笑みかけました。
 
 
こうして私は、とても温かい気持ちで姉をお空に送り出すことができました。
 
 
 
その日からも、時折哀しみが溢れ出すことがありました。それは日ごとに増すようでもありました。
 
 

でも、そのたびに姉が降りてきて、私の心を一瞬で温かいピンク色に変えてくれました。
 
 
 
マイクロバスの中での出来事は、まるで夢の中の出来事のようでもありました。
 

それが夢でも夢でなくてもどちらでもいいのですが。
 

でも夢でないとわかるのは、あの時感じたピンク色のあたたかさは、今も一瞬で感じることができるということ。
 
 
そして、今も私の携帯にはあの時、大急ぎで書いたメモが残っているということ。
 
 
 
世界でたった一人の私のお姉さん。 
 
大好きな大好きな私のお姉さん。
 
お姉さんが教えてくれたこと、皆に伝えるからね。