これまでにも何度も説明いたしましたが、私達人類は
例え地球の生き物の頂点に在ったとしても、その機能は
四つ足の哺乳類と殆ど変わっていないのです。
二足歩行が出来る様に成ったと言え、身体を動かす時
使われる筋肉の繋がりは、いまだ進化の途中なのです。
その為、二本足を使って歩いたり走ったりする事は、
他の四つ足の哺乳類に比べ極めて苦手であり、
運動能力としては、犬や猫にも及びません。
その為、長年のトレーニングを重ね、全身の筋肉を
繋げ直す事でようやく様々なスポーツを楽しめる程で
生まれてただ歩くだけでも一年近く係るのです。
本来、両手両足は体幹を通じて繋がり合って連動するのが
当たり前の事であり、犬や猫は生まれた時からごく普通に
繋げる事に依って全身の筋肉が無駄なく使え、我々が
アスリートと呼ばれる様に成ってもとても追いつかない
スピードで走る事が出来るのです。
また、鍛えあげた身体の象徴として自慢げに見せびらかす
腹直筋や腹斜筋と言ったお腹側の筋肉は、本来動物が
内臓を保護しボディに引き上げて運動の邪魔にならない様
体幹に固定する役割であり、歩いたり走ったりする時に
力を発揮するものでは有りません。
お腹周りの脂肪が無くなればその形状が浮き上がるだけで
二足歩行をする為に果たす役割は、背中側の筋肉の
五分の一しか有りません。
後、数百万年経ってお腹側と背中側の筋肉が同等に使えれば
現在よりも遥かにスピーディで力強い走りが出来ると思います。
今の所は、しっかりとトレーニングしたスポーツマンである事を
証明する為の表札位の役割です。
ただ、動物達と同じく、腹筋がしっかりと内臓を引き上げ
背中側に保持していれば、より上半身と下半身が繋がり合って
運動できる事は言うまでも有りあません。
しかしながら、四つ足の動物達が当たり前に行っている
上肢と下肢の関連性のある運動が、自分の身体にも備わっていて
正しく使えれば、運動能力が何倍にも高まる事を多くの踊り手は
知りません。
激しいトレーニングを長い間積み、アスリートと呼ばれる様に成って
経験的に繋いでいる方が多いのですが、一体どの様に繋がって
男女がお互いに助け合って踊っているのかを説明できる教師が
殆どいないのが現状です。
この繋がりが解っていないとどんなに沢山のステップやテクニックを
覚えたとしても、コンタクトした途端、上半身は硬直してしまい
二人の踊りは自分の記憶を中心に再現する事しか出来ないのです。
多くの踊り手が、テクニックを使って外見的に美しく見せる事を
踊る事と勘違いしていて、自分の記憶した踊りしか出来ません。
自ら持っているステップや運動表現が、踊るお相手や音楽そして
環境によって反射的に変わらなければ、単なる踊り方を周到する
舞踊と変わりません。
社交ダンスは、様々なタイプの踊り手と自由に楽しく踊れる事が
絶対条件なのです。踊りが、二人の言葉の役割を果たす事で
お互いの気持ちを確かめ合う事が出来るのです。
この事は普段の社会生活と何だ変わりません。
だから、社交ダンスという名前が付いているのです。
お互いの思いをより強く伝え合い、何を伝え合っているか
周りの人にしっかりと伝え、その能力を競うのが
競技ダンスです。特定の人と組んで、お互いの気持ちを
より豊かに音楽表現に変える事を目的としているのです。
社交ダンスは、ステップや運動表現を記憶し再現する事を
目的とするだけでは、ペアとして自由に楽しく踊れません。
素晴らしい衣装と奇抜なテクニックを取ったら、一体どんな人が
踊っているのか解らない様な競技選手が少なく有りません。
頭を挿げ替えたら誰でも良い、と思ってしまいます。
かつて欧米の有名な審査員が、日本の競技会で単独審査を
した時、音楽が始まって20秒も立たない間に選手達を見る事無く
退屈そうにあたりを見回していたのを見て、選手から苦情が
出た事が有りました。
その事を後に伝えると、彼からの言葉は、意外なものであり、
日本選手が20組近く同時に踊っていても、皆同じ踊り方なので
一度見渡したら全員の優劣が簡単にわかるとの事でした。
特に表現力が差ほど豊かでないクラスの審査に於いては、
音楽の5小節も踊れば全ての順位は解るとの事でした。
日本人の選手の殆どが、トップの選手を目的とした真似であり
同じ踊り方をしていた事から、一曲中見る必要が無いのです。
とは言え、一生懸命踊っている選手からすれば、適当に見られて
いる様でいい気持ちがしないと言う事で、その後の来日した
審査員は、曲の三分の一程で審査が終わっていても、しっかりと
見ているふりをする様に成ったと言います。
現在は、個性的な踊りや運動表現の多様化も有り、一曲を通し
飽きの来ない踊り手も多く成ったのですが、基本的には
いまだ日本人の踊りはワンパターンで捉えられている様です。
所で、素晴らし踊りと言うのが外見的に美しく芸術性が高いもの
と言えますが、どの様に演じたら良いのかが解っていな踊り手が
とても多いのです。
簡単に言えば、エキスパートが演じる様に見せれば、素晴らしい
魅力的な踊りに成ると思っている方が多く、自らの身体の機能を
しっかりとつかめていないのが現状です。
動物が走る姿は、美しく見せようとしていないのに美しいのは、
彼らの上肢と下肢がしっかりと繋がり合って連動しているからです。
私達の身体も、基本的には彼らと何だ変わりません。
美しさだけでなく、お互いに楽しく自由に踊れるには、ステップや
運動表現を記憶した様に使うのではなく、自らの上肢と下肢を繋ぎ
お互いの身体を繋ぎ合って助け合う踊りを目指す事が大切です。
どの様に繋がっていてどの様に繋げ合うのかを習うのが、
社交ダンスの基本を習うと言う事です。
簡単なステップや運動表現を習う事は基本の練習では有りません。
この初歩で習う事がベースと成り将来の素晴らしいエキスパートが
生まれるのです。一生懸命努力して多くの時間を掛け苦しみながら
経験を積んで身体に覚え込ませる事も良いのですが、それが
出来るのはほんの一握りの踊り手だけです。
誰にでも備わっている機能です、それ程厳しい努力を重ねなくても
初級の段階で知っていれば、普通に呼吸をする様に出来るのです。
ステップやテクニックを伝えるのではなく、二人の思いを伝え合うのが
本当の目的である事を忘れては成りません。
社交ダンスは誰とでも踊れると言うのは、誰にでも備わっている
運動機能で楽しく踊れると言う事です。
楽しく踊れた先にお互いの心の交流が生まれるのです。
社交ダンスは、苦しい修行の先にある踊りでは有りません。
老いも若きも、今の自分の運動機能で踊れる事を知りましょう。