今年もいろいろあったけれど、いい一年だった。無事に終わった。
去年は今頃パリにいたのか。本当に遠い話、夢だったみたいに感じる。
留学は竜宮城に行ってたみたいで、ふわふわしていた。だから今年は半年しか過ごしていない、とても短い一年だったようにも思う。
日本に帰ってきてから、いろいろな人と再会でき、また新たな出会いもたくさんあった。こちらがいろいろと興味を持ってアンテナを張った結果生まれた出会いだったのではないかと思う。よかった。
それから、中学の友達はほとんどがもう社会人になっていて、一方、高校の友達は大学院生が多くてそのギャップも面白かった。
忘年会ではみんなといろいろな話をしたけれど、一番盛り上がったのは、何故こんなに分かりやすさを求めるのだろうということ。
それは日本に帰ってきてからずっと考えてきたこと。分かりにくくていい、分かろうとしなくてもいい。というかむしろ、物事はそんなに分かりやすいものじゃない。迷い道ばかりで少しずつ進めばいい。なんでなんでも線形的に進めようとするのだ、そう考えると経済って怖い。市場主義を変える経済の方法ってないのか、経済勉強しなきゃ。
みたいな思考プロセスが今年の後半の僕だった気がする。
で、28日の朝日新聞に斎藤美奈子さんが「「わからない」の効用」という文芸時評をかいていた。
「「わからない」の効用はわからなさそのものにある。私の頭はこんなに悪かったのかと愕然とする。しかし文学が、いや世界が簡単にわかると思ったほうが間違いなのだ。」
いや、その通りですよね、まさに。
でも、社会が分かりやすさを求めてしまうから、「人気俳優が手掛けた某小説大賞受賞作」が売れるんですよ。きっと。
友達の意見では分かりやすさを求めるのは余裕がないからだという。だからすぐに結果を求めてしまうのだと。そうやって線形的に生きていかないと生きていけないからだと。
来年はもう少し余裕を持った社会になりますように。
そして何よりも自分自身が心に余裕を持って生きたい。心にはゆとりを。でも行動はきっちりと早め早めに。
はあ、難しいことだ。でも頑張ろう。
今年がいい年だったように、来年もまたいい年になりますように。
それにしても、昔のクラスメイトが妊娠しているのを見るとさすがに月日が流れてことを感じざるを得ないね。
最後に、今年の一枚を。来年もたくさんの見知らぬ人や風景に出会えますように。
個人的に一番好きなポルトガルでの写真。
よいお年を!!!
