なんだか忙しい年の瀬です。
就職活動は予想通り大変ですが、気持ちを前へと動かしてくれるベクトルにもなっています。
実施のほうは現場が動き始めてしまうと本当に大変なんだということを身をもってい実感しています。でも楽しい。施工会議に出たり、いろいろ人と打ち合わせし、相談したり。建築は一人ではできないと実感しています。
それから、最近今まであまりなかったようなつながりができている。
いろいろな人と出会う機会に恵まれている。すんごく嬉しい。みんな可愛がってくれるし。
一方で、なんだか思い通りに進まなくて、自分に対して腹が立つことも多い。なんでこんなに心が弱いの?って。
さっきたまたまぶち当たった「売れないアイドル」?だかのブログに
「それから湯を沸かしてカップの焼きそばに注ぎ、湯を切り、ソースと混ぜていっきに掻き込む。
まずい。
こんなにまずかったか?
眉間に皺を寄せながら食べ続けてみるも、完食までもう少しといったところでググッと喉に詰まって嘔吐する。
そういえば最近は粗食ばかりで、胃が色んなものを受け付けなくなっているのかもしれない。
便器を抱えて冷や汗と吐瀉物と飲んだばかりのカプセルを水に流し、換気をしようと窓を開けると、隣のステレオご家族がちょうどお食事の時間で、リビングの窓越しに楽しそうにお食事をするご家族が見える。
その、まるでテレビのコマーシャルに出てくるような光景を、何も考えずに浅い呼吸で眺めていると、母親がシャッとカーテンを閉めてしまった。
私は涙が出た。
わびしくて、わびしくて涙が出た。
さしたばかりのステロイドも流れ落ちてしまうほど泣いた。
子供の頃は転んで痛くて泣いた。
お腹が空いて泣いた。
思い通りにならなくて泣いた。
かまってほしくて泣いた。
少女になると失恋して泣いた。
人が死んで泣いた。
色んなことが人よりできなくて泣いた。
追い付けないことが悔しくて泣いた。
大人になって、私は転んでもお腹が空いても泣かなくなったけど、まさかこんなことで泣くようになるなんて。
母親からのメールはいつも気丈に返すくせに、本当は気づいてほしいと思っている。
素直な甘え方なんて忘れてしまったから、人を憎んで、妬んで、羨んで、醜さばかりが悪化して、私は来月で26になる。
若い女子、というジャンルからも少しずつはみ出していく。
それなのに、私はまだ自分すら満足に育てられずに、自分が嫌いで泣いている。
わびしくて、わびしくて、さびしくて。」
っていう文章があって、「こういう感覚すげーわかる」と思った。
そういう弱い心を人に見せたくはないし、しゃんとしなきゃと思って生きているけれど、ブログって変なもので、だれが読んでいるかもよくわからないから、さらけ出してもいいかって思ってしまう。
ほらね、なんだかやっぱり純粋にうまくはいってないんだよね、最近。嬉しいことや楽しいこともたくさんあるのにね。
頑張らなきゃね。
でも分かってもいるんだ。ずっとうまくいってると優しさがなくなるってこと。弱いときのほうが人の心にも敏感だから。
苦しんだり、悩んだりすることが多い人のほうが強いんだって信じてる。
追記:ちゃんと書くと、引用したのは小明(あかり)さんという方の文章です。この人めっちゃ面白い。ニコ動の「小明の副作用」ヒマだったら見てみ。
てか読み返してみると、俺、このブログ書いた時めっちゃ追い込まれてたんだなあ。