4日目 ポンテ・デ・リマ、ソアージョ、トウレン、ピトエシュ・ダス・ジュニアス、ヴィニャイシュ、ブラガンサ
レンタカーをもうおなじみになったAVISで借りる。
運転も4回目ともなればなれたもの。
最初の目的地はポンテ・デ・リマ。
スペインのサンティアゴへの巡礼地の一つ。
中心の教会はデザインはよかったけれど、石が新しく歴史が感じられなかったのが残念。
川原では大規模な市が開かれていた。これだけの規模の市はそうそうないだろう。
その市の中を突っ切って川岸までいくと、小さな船を動かして作業(漁かな)をしている風景があり、昔はこの川原に船をつけ荷物を運んだんだなという景色が想像された。
サンティアゴへと続く巡礼路としての橋を渡り対岸までいく。対岸では小さな聖堂が巡礼者たちを待つ。
そして、この日の最大の見どころ(僕にとってはこの旅の中でも一二を争う面白さだったな)ソアージョへ。
岩の上に立つ小さな聖堂のような蔵達。
サイズは決して大きくないけれど、各々の家にあるのではないかというくらい村の各所にあり、中には乾燥したトウモロコシが詰まっていた。今でも使っているからこそ壁面が穴開煉瓦の新らしめの蔵もお目にかかることができた。
それにしてもなんでこの岩の上にこんなにたくさんの蔵を作ったんだろうか。何かの儀式の場所だったのだろうかと思うほど不思議な空間。こういう面白さがポルトガルには発見されずに残っている。
ただ、小さな村だし車でないと絶対にいけないような辺鄙なところにあるにもかかわらずツーリストオフィスのような案内所があったから、日本人が白川郷に行くよう意外とメジャーな観光地なのかもしれない。この時期は雨も多いし、寒いし訪れる人もいないけれど、夏になったら結構人でにぎわうのかもね。
そして、ソアージョ(スペインにほど近い)から一度スペインに入ってトウレンへ。トウレンは辛うじてポルトガル。
トウレンでは道に迷うし(トウレンから抜け出せず)、雨もざんざん降っているしでテンパってしまい、ろくな写真が撮れなかったのでこの橋の写真を。これはぎりぎりスペイン。この湖には3本の橋がかかっているのだけれど、これは一番西側のもの。橋はコンクリートのぺらっぺらのものだし車一台かろうじて通れる広さだし、この道に来た時点でちょっともう迷いだしていた。ここはほんと地の果てみたいな風景だった。ものすごい風雨のせいもあったが。
ちなみにこの湖にかかる3本の橋のうち西側のものと東側のものはスペインに属し、真ん中のものはポルトガルに属している。そして真ん中の橋の南側にトウレンの村はある。
言葉で説明してもわけわかんないから、もしよかったら地図でご確認を。
そしてピトエシュ・ダス・ジュニアス。
完全に農耕文化。牛たちが村の中を普通に自由に歩いている。ちょっと怖い。もし角で襲われたらひとたまりもないもの。
家々が寄り集まって建っているのだけれど、一つの村の中に二つの大きなまとまりがあってそれが興味深かった。どういう順序で形成されたんだろう。
この村は日本の農村やポルトガルの他の北部の農耕の村と比べても家々がかなりな密度で寄り集まっていた。
それだけが理由ではないと思うけれど、ものすごい風雨(特に風)の中、村の中に入った僕たちは寄り集まっている意味を肌で知った。村の中に入れば風から身を守ることができ、わずかだけれど暖かさもある。これはものすごく重要なこと。生きるための当たり前に出来上がった形態と言えるね。
そこからシャーべスを通りブラガンサへ。途中ヴィニャイシュで休憩。
美しい桜が咲いていた。
桜は結構いろいろなところで目にする。リスボンでもグルベンキアンや、そうだ、大学にも咲いている。
夜のブラガンサ。この日は満月で、城壁の後ろに満月が浮かぶ姿はよかった。
城壁内では犬と出会う。犬とじゃれあう俺。こいつはちょっとちいさめのハスキーといった感じで可愛かった。
5日目 ブラガンサ、グドゥラミル、サント・マメドゥ・ドゥ・りバトゥーア、ヴィリャ・レアル、マテウス邸、ラマス・ド・オロ、ムアス、アマランテ。
まず朝のブラガンサを一人で散策。せっかく来たのだからと早起きしてもう一度市内をぐるぐる。小さな町だからすぐ回れるし。
その中で見つけたのはこんな広場。このコールテン鋼による切り裂きは何なのだろう。特にこれと言って機能も意味もないのだろうけれど、こういうことが大事なんだなとも思う。
城。街のちょっと外れには現代的な劇場もあった。それからソウト・デ・モウラの現代美術館もあるはずなんだけれどこれは探せず。ブラガンサに時間をかけていないからしょうがない。
で、なぜわざわざブラガンサまで来たかというと、この町を見るため。
グアドゥラミル。スペイン国境沿いのポルトガルのほぼ最北東の村。
アレンテージョを旅した時のイメージだとスペイン国境沿いなんていうとどんな城壁都市があるのだろうかなんて想像してしまうけれど、北部においてはただの農村であり、国境なんてものは関係ないことが分かる。
この景色なんかは特に「山梨みたい」と感じた。懐かしさを覚える。
日本に帰ったらまず八ヶ岳のふもとの小海線沿いのあの場所へ行こう!と思った。
同じポルトガルの同じ北部の村と言えど、昨日のピトエシュ・ダス・ジュニアスと比較すると家の屋根の色も壁の色も全然違う。家々の集合の仕方も、もっと小さい単位のまとまりがいくつかあって村になっているような、そんな感覚。
ミランデッラに立ち寄り休憩&昼飯調達をした後、サント・マメドゥ・ドゥ・リバトゥーアへ。
この町は今回の旅で訪れた村の中で一番規模が大きく、一番つかみずらかった村。開発も進んで、新しい家も随分と建っていたし。その中でも路地を巧みに使っている、基本的に上部階へのアクセスが外階段など村固有の特徴を見つけだすことができた。
ヴィリャ・レアル。
アントニオ・ベレン・リマ設計の音楽学校。街の中心のカテドラルに隣接するリノベ+新築というプロジェクト。
これはなかなかよさそうだったけれど、1Fのホワイエの部分しか入れず。
まあ、練習しているところに部外者が入ってきたらすごく迷惑だからそりゃあそうだな。
トップライトの取り方とかは面白い部分もある。下の写真は一番の参考になった空間。
気を取り直してマテウス邸へ。一番の見どころは邸の前の水盤だった。水盤の周りの道がほんの少しの角度を持つ坂道になっているため、あらわれてくるギャップが良い。
ラマス・ドゥ・オロ。一瞬、ピトエシュ・ダス・ジュニアスにも似ているけれど、
そして小さな小さな村、ムアスへ。
この村でも牛は当たり前のように歩いていて(それにしても後ろの建物の石の積み方がすごい。増築したのかなぁ?)、
ムアスはこの岩山の上に張り付いている。ほんとに世帯数2ケタあるの?という小さな規模で成り立っている。
拡大することも、なくなってしまうこともなくこの規模でずーっと維持されているということがすごい。
この日はがっつり回っておなかいっぱいの日。
アマランテの美しい川沿いの宿に泊まる。
この宿は目指した宿がいっぱいでそこで教えてもらったのだけれど、あとで確認したら某ガイドブックにアマランテで唯一のっている宿であった。











