小さな村 | 断片の集積

断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

北部の村はイスラムの文化もキリストの文化も長いこと入ってはこなかったと思われる農耕民族の村で、村を守る城壁を作ることもなければ寄り添うこともせず、一軒一軒が独立した住宅として存在している。


「農業が手を加え穏やかなものに改造してきた『自然』とは異質な、なまなましく、荒々しく、美しい、別の種類の『人間的自然』がそこには息づいていた」

なんかまさにそういうものを感じた。だからそういう宗教的な面も含めて山梨みたいだなと感じたりもした。


村の話は写真がないと伝えにくいし、自分で覚えておくためにも写真込みで書こうと思っているのでとりあえず飛ばすけど、ソアージョ(Soajo)とかグアドゥラミル(Guadramil)とかポヴォア・ドゥ・ラニョーゾ(Povoa de Lanhoso)とかは百歩譲って行ったことある人いるとしても、ラマス・デゥ・オロ(Lamas de Olo)とかムアス(Muas)とかトウレン(Tourem)とかに村を見るために行った日本人っていないんじゃないかな。


もしこれを読んで時間があるなら今挙げた村々の場所を地図で調べてほしい。本当にすごいところだから。たぶんMuasとかは検索しても絶対出てこないだろうな。あんな村があるってことがすごい。消滅することも拡張することもなく、あの規模でずっと続いているってことがすごい。


で、旅の途中いろいろなことを考えていたけれど、今こうやってこういう小さな村にいられることはものすごい奇跡的な事だし運命の偶然ってすごいなと思った。

もし僕が大学院の試験で今いるのとは違う大学に受かっていたらこの留学制度には参加していなかっただろうし、もし参加していたとしたら、一緒に村巡りをした東大生はいなかっただろうし(まあ、そういうことだ)、リスボンに来たとしても、東大から参加している人が別の人だったらこんなにコアに村を巡ることはなかっただろうし、このイースター休みに他のやつらが他の国に旅立って東大生と二人きりだったからこそちょっと無茶してでも強引に攻めることができたし(五人で回っていたらもっと緩かったと思う)、そういうあらゆる偶然が重なっていまここにいるんだと思うと、いろんな人に、運命に感謝しなければならないなと思った。


今までこの留学制度でリスボンに来た人たちでここまでポルトガルの奥底までを舐めまわした代ってあるのかなって話しながら過去のことに思いを寄せていたら、来年度(もう今年度か)からもこの留学制度に日本政府から奨学金が出て、続けていけることになった、したがって参加希望者は志望動機と~とM1宛のメールがメーリングリストで流れて来た。

もうそんな時期なのか。あっという間に時は流れていく。流されないようにしっかりと時をすごさなければ。


昨日が未来のかけらなら 明日だって思い出だろう


怖い歌詞だ。


今何ができるかだよね。今が充実していれば過去の良い思い出たちを超えていくことができるし、未来を希望のある未来としてとらえることができる。

昨日を未来のかけらに、明日を今の延長にして生きたい。今が充実していればこそそう願うことができる。