春旅行記録 第一弾 | 断片の集積

断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

春休みの休暇を利用してフランス・イタリアへ20日間かけての建築巡礼の旅に出てきた。

ブログにも書いたとおり昨日やっと帰ってきて、来週の頭からはもう新セメスターが始まる(クラスの時間割の都合で来週月曜からだが人によっては明日からもう始まる)。


旅程は

1日目 リスボン→リヨン 飛行機が5時間近くの遅延 (冬パリに一緒に行った友達と二人で)

2日目 リヨン→ブザンソン ブザンソン観光とレンタカーのリサーチ

3日目 レンタカーでロンシャンとショーの製塩工場へ(ブザンソン泊)

4日目 リヨンへ戻り荷物だけホテルへ預けそのままフィルミニへ

5日目 リヨン拠点でラ・トゥーレットへ

6日目 アヴィニョンへ アヴィニョン観光とレンタカーのリサーチ (ここでポルトガル組5人が集合)

7日目 レンタカーでル・トロネへ エクス・アン・プロバンス泊

8日目 マルセイユのユニテ セナンク レンタカーを返したのちふたたびマルセイユへ(東大生と2人 他の3人とは別れる。マルセイユ泊)

9日目 マルセイユからミラノへ電車移動 途中ヴェンティミリアというイタリアのフランス国境沿いの町を観光

10日目 ミラノ中心部

11日目 コモ 念願のカサ・デル・ファッショなどテラーニ建築 夜サン・シーロでインテルvsサンプドリア

12日目 ヴェローナ (カステルヴェッキオなど) ヴィツェンツァ(テアトロ・オリンピコなどパッラーディオ)を経てヴェネチアへ(ヴェネチア泊)

13日目 先にヴェネチアへ来ていた東大生と合流しブリオン・ヴェガへ 夜ホステルでどんちゃん騒ぎ

14日目 ヴェネチア ビエンナーレ館など 夜ホステルでどんちゃん騒ぎpart2

15日目 ヴェネチアからボローニャを経由してフィレンツェへ

16日目 フィレンツェ 夜考古学を勉強していて修論のリサーチのためにフィレンツェに来ているというフランス人、職探しのために来ているというスペイン人、よくわからないイギリス人と飲む

17日目 フィレンツェ→ローマ 夜のサン・ピエトロに感動

18日目 ローマ サン・ピエトロ ボッロミー二のいくつかの教会 パンテオン ベルニーニの教会&彫刻巡り 夜スタディオ・オリンピコ(ラツィオvsフィオレンティーナ)

19日目 ヴァチカン美術館 システィーナ礼拝堂 コロッセオ フォロ・ロマーノ EUR

20日目 ヴィラ・アドリアーナ テンピエット

21日目 ローマ→リスボン


というもの。いやはや、全くハードですな。

ヨーロッパ全域を襲っていた寒波によってリヨンについてみるとすごい量の積雪が。

あまりの寒さでフィルミニに行った日の夜に完全に体調を崩した(基本的にタフなので体調を崩したと言ったらとことんやばい状態になったということ、このときはフィルミニから帰ってきて何も食べられずに、吐いてしまいすぐ寝た)のに次の日にはなんとか持ち直した自分にちょっと感動したりと、いろいろ問題はあったけれど、基本的には全工程を楽しく元気に過ごすことができた。


一気に全部の日記を書くのは無理なので、とりあえずフランス分を。


初日、リヨンへの飛行機遅延のせいでリヨンの街に到着したのが夜11時を過ぎる。宿を現地調達するつもりだったので宿泊先が無く、いくつかのホテルをあたったがどこもフルだと言われる。なんとか一つあいていたホテルに泊まることができたけれど、2人で一部屋100ユーロ近くもかかってしまう。幸先の悪いスタート。


2日目、うまくいけばこの日から車を借りて建築巡りを始める予定だったけれど、予想以上にブザンソンまでの移動に時間がかかったため(下調べをしていなかったことが理由、お互い別れてからの旅程が長かったのでそちらはちゃんと調べていたけれどフランスのリサーチが甘くなっていた)、この日はブザンソン観光とブザンソンでのレンタカーの予約、ネットでのいろいろな調べ作業の日とする。もう2日目なのにこれまでに見た建築が飛行場の最寄り駅であるカラトラバのサトラス駅のみという状況。思った以上にうまく進んでいないけれど、僕たちは全然焦ってもいなかったしブザンソンの街を結構楽しんだりもした。


3日目、この日は朝一でレンタカーをピックアップしロンシャンへ向かう。保険の関係でドライバーの数は減らしたほうが安く済むので運転はずっと僕がすることに。運転するのは好きなのでノープロブレム。

ロンシャンにはオープン時間の10時ちょうどくらいにつく。するとすでに日本人の家族連れと大学生くらいの若者二人連れがいる。電車の本数が少ないから彼らは来た時間も帰る時間も同じ。こういう時に車は良い。好きな時に来て好きなだけ建築を味わうことができるし、電車の時間に合わせて他の人々が帰った後に空間を独占することができる。ロンシャンに日本人がいることは予測できていたけれど、やっぱり興ざめではある。

ちなみにレンタカーがノーマルタイヤで、ロンシャンへの最後の坂道は朝早くだったこともあり雪が積もっていて怖かったな。だいぶハンドルが持って行かれた。


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写真はたくさん載せたいのだけれど、UPするのも大変だし、なるべく一建築一写真でと考えている。ロンシャンは外観は想像通りの大きさだったけれど、内部空間は写真よりもだいぶ小さいものだった。つまりそれだけ壁が厚いって言うこと。それから、内部はもっと鮮やかな光が注ぎこんでいるイメージだったけれど、色彩数は意外と少ない。光の取り方はさすがうまいなあという感じ。思っていた以上に削ぎ落とされているという感じ。思っていた以上にミニマム。


続いてショーの製塩工場へ。車でなければ一日でこの二つを回るのは困難だろう。


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ショーについて感じたことは細かいディテールはいろいろと気持ち悪いすごいことをしているのに、全体でみるときれいだなということ。バランスがいいんだよね。ショーでは日本人には会わなかったけれど、こういうとこにこそ来るべきだと思うね。建築やってなかったら興味ないのかもしれないけれど。それから建物の一つがルドゥー博物館のようになっていてその展示も面白かった。


4日目、リヨンへ戻り荷物をホテルに預け、フィルミニへ。フィルミニ行の電車まで少し時間があったのでジャン・ヌーベルのオペラハウスまで歩いて行く。内部は入れないので何とも言えないけれど、覗きこんだ感じだと本当にただファサードだけ残したということなんだろうか。悪くないけれど、屋根形状とかそこまでかっこいいとは思えなかった。

それから、リヨンでは泉が凍っていた。なんだか馬が魔法にかけられて凍らされてしまって身悶えしているようにも見えた。この時は特に何の問題もなく元気だったのだけれど。まあ、旅行に出る前日くらいから咳は出ていたが。
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さて、フィルミニ。フィルミニにはコルビュジエのいくつかの建築が密集して建っている。一番の注目は2006年に完成したばかりの教会であろうか。フィルミニついて書いていたブログ(リサーチの時に行き方などを参考にさせていただきました)の主はユニテを見なければフィルミニに来た意味はないとまで書いていたけれど、僕らが訪れた日には「雪だから」という理由でユニテ見学ツアーは行われず。残念。

下は青年会館。壁にはコルビュジエのドローイングが彫られ、信じられない長さのつららが下がる。
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フィルミニの教会。この教会が寒かったせいで具合が悪くなったと思われるが、この教会、正直そこまで期待していなかった分、とても素晴らしかった。
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5日目、気力で体調を戻し、ラ・トゥーレットへ。着いてみると建築の周りには柵がされており、工事中という表示が。だが、そこに工事関係者は誰もいない。僕らのほかに一人で柵の外から建築の写真を撮っている紳士がいたので話しかけてみると、フランス語で「工事中につき立ち入り禁止」という張り紙と「内部は15時からのツアーでのみ見学できます」という張り紙の両方がなされているとのこと。とりあえず15時まで待って様子を見るしかないねと彼。僕たちも寒い中雪の上を滑って遊んだりと体を動かしながら待っていることにする。

15時を少し過ぎてようやくガイド到着。せっかく来たと思ったのに建物の前で話し始める。しかもフランス語だから何を話しているのか全く分からない。早く中入ろうよ、寒いよ。ガイドじゃなくて建築がすべてを語るんだよ。などと悪口を言い合っているとようやく内部に入れることに。でも、昨日のように内部に入ってもやっぱり寒いのではという心配もあったが、内部は温水ヒーターの管が建物中に行きわたっていて暖かい。とりあえず一安心で落ち着いて建築を見ることができた。修道士の部屋は(工事期間中である現在は違うが)ホテルのような宿泊施設として使われているよう。

この建築は修道院の持ついわゆる回廊のような空間はないが中庭に面した光の差し込む廊下の空間は心地よいものであった。しかし、それ以上に建物に囲われた内側の外部(中庭と表現するのは適切ではない空間。何の為でもない空間とでも言えば良いのか)から見る窓のデザインやディーテイルの処理が面白かった。下はその写真。
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こちらは礼拝堂。コルビュジエの教会建築を3日連続で見て、それもどんどん空間はミニマムなものへなっていくと見る前は思っていたのだけれど、ラ・トゥーレットは想像以上に色彩をまとった面が多く、意外と濃いなという印象であった。
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この礼拝堂は方向性というか、人々はどのように座りどこにむかって祈りをささげるのかがちょっと良くわからなかった。
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コルビュジエの良い建築を3日連続で見たわけだけれど、マテリアルにしても空間の方向性にしても光の取り入れ方にしてもそれぞれに特徴があって素晴らしい。個人的には全然期待していなかった分、フィルミニに一番感動したかな。


この日の夜はオランダ、ベルギー、パリと回ってきた東大生とリヨンで合流し、川を渡りリヨンの旧市街へと足を踏み入れてみる。そして旧市街で豪華な(でもそこまで高くはない)食事。僕は本調子ではなかったのであまり食べられなかったけれど、本場フランスで初めてクレーム・ブリュレを食べた。かなりうまかった。


さて、6日目。この日は朝のうちにリヨンからアヴィニョンへ向かう。

一足先に昨日の晩にアヴィニョンに来ていたほかの二人とも合流し、アヴィニョンを観光する。

アヴィニョンは法王庁宮殿(要塞のよう)と洪水に流され一部だけ残った橋が観光ポイント。5人集まると大勢の良さ、無駄なばか騒ぎの楽しさがある。
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7日目、レンタカーを借りてこの旅の大きな目的の一つであるル・トロネへ。ル・トロネ、セナンク、シルヴァカンヌというシトー派の修道院を訪ねるためにわざわざ5人集まったのだ(ここはいずれも車でないと訪れることは困難、シルヴァカンヌは時間的な都合で今回は残念ながら訪れることは出来なかった)。

また、レンタカーを借りる際のデポジットの関係(僕のクレジットカードを使った)で結局こちらも全工程僕が運転することに。


ル・トロネを形容するのは難しいが、一番印象に残ったのはやはり礼拝堂。非常に単純で装飾のない空間にステンドグラスから淡い色合いの光が差し込んでくる。ステンドグラスは各々が単色の違った色をまとっていたのだけれど、その色はどれもゴシックのステンドグラスに使われるようなヴィヴィッドなものではなく、日本のサクラソウのような淡い色をしていた。 この差し込む光が美しい。空間の純粋さもまた素晴らしい。
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この夜はエクス・アン・プロバンスに泊まる。セザンヌが生まれた町。そこにあった泉が苔に覆われてすごいことになっていた。最初誰かのアートかと思ったのだけれど、近くの泉はこうなる途中段階でそれを見る限りどうやら苔が勝手に侵食しているようだ。
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8日目、朝一でマルセイユへ。マルセイユへ向かうのはユニテを見るため。ユニテへたどりつくのはなかなか困難でマルセイユ旧市街の細い大渋滞の坂道に迷い込んでしまったり、別方向へ結構遠くまで走って行ったりしまったけれど、結局ほどよい時間にたどりつくことができた。
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ユニテは屋上が工事していたり、部屋の中までは見られなかったりと残念な部分もあったが、現在もちゃんと市民の住居として使われていることと、中廊下は非常に暗いということを確認することができた。また妻側の部屋の取り方の処理とか来てみなければわからないことももちろんあった。エントランス近くの一階中央部壁にはモジュロールの実寸大と思われるものが彫り込んであり、その人間と背比べもしてきた。
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そして、午後からはシトー派修道院3姉妹の一つセナンクへ。
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こちらのほうがル・トロネよりもさらに純粋でミニマム
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この写真からもわかるように礼拝堂の内部は素晴らしい。ただし、ここは現役の修道院ということでツアーでしか見ることができず、そのツアーが全然自由じゃなくて残念だ。全然これらの空間を楽しむ時間がない。


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この日はレンタカーを返したのちイタリアへと旅行を続ける東大生とマルセイユにまでまた戻り(レンタカーはアヴィニョンで返し、アヴィニョンで他3人とも別れた)夜を越す。この日のうちにもっとイタリアよりのどこか(あわよくばイタリアに侵入しジェノバあたりまで)行くつもりだったけれど、そう甘くないな。マルセイユからイタリアは意外と遠い。


9日目、いよいよこの日、フランスを後にしてイタリアへ。マルセイユからミラノまではほぼ半日、乗り換えは2回。

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フランス最後の景色はマルセイユの独特の格好をした港に止まる大量のレジャーボートで。


イタリア編に続く。はあしんどい。もう夜の4時だ。眠っ。