さてさて、どんどんいきますよ。
3日目。この旅で数少ない現代建築。カヒーリョ・ダ・グラサによる教会。
オーバースケールになるかならないかのギリギリのところ。若干オーバースケールだとは思うけれど、周りが団地でそのスケールの中にあることでなんとか、嫌な感じにならずに収まっている。
小さな操作がたくさんなされている。光の取り入れ方は学ぶところが多い。カヒーリョの建築はかっこいい。それと、ポルトガルの光は本当に強いね。ただ光を取り入れるのでなく、うまく光の強さを制御することが必要。
この建築は教会のほかに小学校の機能も含まれていて、平日は本当は入れなかったのだけれど、なんとか交渉し、僕らの大学の身分証を見せたところ、快く内部に案内してくれた。ポルトガルに限ったことじゃないけれど、親切な人が多いね。
さて、そこから少し離れた町にあるポウサーダも訪れた。これもカヒーリョによる設計。ここは急きょ訪れることに。上記の教会も町の中心からは離れていたため、朝一番で街のインフォメーションに聞きに行ったら、そこのお姉さんが完璧で、教会までの行き方、車ならどうやって一通の城壁内から出ればよいか(ポルトガルの旧市街は一通だらけ)、建築を勉強しているなら他にもこんなところがあるよと、たくさんの情報をくれた。ちょっと感動するぐらい完璧なインフォメーション。できる人はどこにでもいるもんだなとしみじみ感じてしまった。
こちらは増築部。増築部はそんなに好きじゃないけれど、修道院部のリノベの仕方はかっこいい。
増築部と既存部のコネクション。かっこいいけれど、少し無理があるような。でも仕方ないのかな。内部のほうがコネクションは自然。
増築部。こういう切り取り方は面白いけれど…
でも、なんだかんだいってこのポウサーダも素晴らしかったのです。
で、カステロ・デ・ヴィーデ(ロッシの都市の建築にも登場するポルトガルの城下町)を昼飯を食うだけでさらっと通り過ぎ、この日の目的地、マルヴァオンへ。ここは山の上の城壁都市で、鳥さえも限られた種しかたどりつけないという地である。
一緒に旅をした素敵な4人。彼らとの愉快な生活は今年6月まで続く。
この日はマルヴァオン泊。マルヴァオンは観光地だし、城壁内が周りの街と切り離されているので、城壁内で宿を探さねばならず、高くなるかと思ったがポルトガルはやっぱり物価が安い。とても良い宿に20ユーロ強で泊まれる幸せ。この日は留学生活で初めて湯船につかった。気持ちよかった~。湯船につかりたいと思わせるほど気温が寒かったということでもある。
で、明日は朝日を観に行こうかなんて話しながら床に就いたのだけれど、翌朝起きてみると、街は雪化粧をまとっており、濃い霧に覆われていて、朝日どころではなかった。
雪は5mm程度つもっていたかな。かなり近くからなのに城の塔さえはっきりと見えない。
ただ、この霧も朝飯を終え、出発するころにはすっきりと晴れた。それから僕らの泊まったホテルには旅行者が感想を書き込むノートが置いてあったのだけれど、こんな僻地なのに結構日本人が多く泊まっていてびっくりした。
少し下ったところから見るマルヴァオン全景。切り立った丘の上にたつ。
さて、この日の一つ目の目的地は、イダーニャ・ア・ヴェーリャ。
ここはちいさなちいさな町なのだけれど、ローマ時代の遺跡が発掘され、建築家が町全体をリノベーションしている。
村人何人いるんだろうっていうくらい小さな町で人気があまりなかったし、観光地として押していくというほど観光地化もされていない。でも、このくらいがちょうどいいよきっと。
で、メインイベントはモンサント!巨岩の村。もっと巨岩に絡んだ家ばかりなのかと思っていたけれど、そうでない普通の家も集落の中にはたくさんあった。
でも、ところどころこんなことに。なんでここに集落作ったんだろうなあ。まあ、元々ここも丘の上に城跡があるので、そこからの発展でできたのだろうけど。
この日はコヴィリャン泊。
5日目、最終日。
ボバデッラ。我らがコエ―リョデザインの広場。ここはローマ時代の交通の要所だったらしい。歴史の経過を可視化したデザインとなっているらしい。まあ、そんなことはどうでも良くて、重要なのは今、現在のデザインがいいか悪いのかということだと思うけれど、正直に言って結構良かった。かっこいいし、ローマ時代の柱やアーチといったエレメントの配置やコールテン鋼の車止め、教会、公共施設、すべてのバランスも良いし。コエ―リョすごいじゃんって思った(上目線ですみません笑) でも、ほんとによかったんだよね、期待してなかったからすごく感動した。山道をずっと攻めて、正直僕は助手席で気持ち悪くなりかけてたけれど、それでも来る甲斐あったなぁって思ったものね。
少し離れた所には古代競技場も。ここでみんなで相撲を取って遊んだ。きっとそんなことしちゃいけないんだろうけれどね。
ピオダオンは黒い村。薄い石のスレートが積み重ねられて壁が構成されている。屋根もスレートで瓦よりも薄い仕上がり。
すごくいいところ。でも急斜面に立っていて、年をとったら生活するのが大変そう。ピオダオンは40年くらい前までは道路も整備されておらず完全に孤立していたらしいのだけれど、今ではもう観光地化されているし、観光で押そうと必死のようです。ただ、僕らが訪れた時はオフシーズンの平日ということであまり観光客もおらず、快適で、十分に町の良さを堪能できた。
こんな場所があることが簡単に調べられること、そして、今この場所に来ているということが不思議だねと話し合った。僕はそこまで深くは考えずにただ感じて、その村々に身を預けていたけれど、「こういう村を見て僕は何を得て、それを日本でどう生かせるのだろうか」って考えているまじめな奴もいた。そういう思考は僕には全くないもので、そういう使命感みたいなものを感じられるってのはすごいなって素直に驚いた。
で、ピオダオンを発ち、ガソリンがなくなる危機も何とか回避し、ピオダオンからコインブラを通ってリスボンへと僕が最後の運転手となり高速を疾走してきた。
車の中でのくだらない話や、毎晩行った大富豪も含めて楽しい旅だった。
僕ら5人は僕ら5人でよかったなって改めて思った旅でもあった。
あと半年くらいになってしまったけれど、これからもどうぞよろしく。
は~、これだけ書くのはほんとにしんどいなぁ







