今日友達といろいろな話をしていたのだけれど、その中で流れに身を任せてみることの重要性みたいな話が出た。間違っていることにはそれは違うと主張しなければならないし、俺はそんな事しに来たんじゃないってキレてみることも大事だと思う。そして、そうやって主張していく方が流れに身を任せているよりも、世界を変える力というか、周りに対して、エネルギーを放出することができるとは思う。でも、僕らはとりあえず今、何も知らない異国にいて、まだわかってきたことよりもわからないことの方が多いこの状況で、日本の感覚で物事を主張していくより、とりあえずこちらのやり方に身を任せて、いろんなことに首を突っ込んでいた方が楽しくなる可能性が多くなると思いませんか。とりあえず、そう信じて、自分のすべきことをしながら状況が把握できるのを待とう。たとえその結果取り返しのつかないこととなっても。
現在、スタジオがそんな感じなのです。今後どうすればよいのかがよく見えていないし、分析するにしても最終的にどこにたどり着くのか、どういう目的をもってやれば良いのかが把握できていないし、知らなかった話が急に出てきて、本当に話が急すぎて意味が分からないし。
話が急と言えば今日エヴォラに行った。本当に唐突に。授業中にクラスメイトに、今日エヴォラに行くぞと言われた。喜んで行くよって答えて彼の車でエヴォラへ。そいつの彼女がエヴォラ大学を去年卒業したらしく、その卒業証書をとりに行くため。4人を乗せた車は150km/hオーヴァーでスピードあげてエヴォラへ。そうそう、その道中で初めて4月25日橋を渡った。夕方はいつもすごい渋滞だけれど、時間が正午ちょい前ということで、たいした渋滞もなくすいすい進む。橋の上から改めてベレンの遠さを実感。リスボン全体を見渡すことによってわかることも多い。
エヴォラに着いて、まず昼食をとる。エヴォラで一番うまいというレストランへ。クラスメイトも2年間エヴォラ大に通ったのちテクニコに来たとのことで二人ともエヴォラのことはよく知っている。街を歩いていた時、ここに住んでいたんだとか、住んでた時に改修作業をずっとしていたけれど、きれいに完成したねとか懐かしそうに話している姿がとても素敵だった。エヴォラの旧市街地(城壁内)に住んでいたなんてうらやましいな。エヴォラはもちろん観光地化されているけれど、そこまで規模も大きくないし、観光客も多くないし、住民の生活が感じられて好感のもてる街だった。
そうそう、それでレストランではミゲッシュ?とかいう名前の食べたことのない食べ物を食べた。うまかったよ、かなり。でも、こんな食べ物日本にはないなあ。パンをほぐして、野菜やら肉やらでとったスープと野菜を混ぜてぐちゃぐちゃにして、また形作って、ちょっと焼いた感じ? 彼らの説明ではそうだった。
おいしくって、量もたくさんあるその店の料理を、いくつか頼んで4人でシェアし、すごい満足感を得て、一人10ユーロ。あの量で10ユーロはすごい。さすが、エヴォラいちばんの店。もうひとつそれなりにうまくて、ガイドブックとかにも載っている店があるらしいのだけれど、高すぎてだれも行かないと言っていた。
昼食を終え、観光。僕らのために町を案内してくれる。イスラムの要素が入っているから、面白い街並みが形成されているのだなと感じる。いわゆる観光スポットというのはあまりないけれど、街を歩いているだけで楽しい。彼女が5時にはリスボンに戻らなければということで、あまり時間がなかったが、一人で行ったら街を歩くだけで何時間でも楽しめると思う。
最後に、中心部に別れを告げ、念願のシザのキンタ・ダ・マラゲイラへ。本当によかった。どうして一人の建築家がこれだけの広い範囲を一人で設計しているのにいやな感じならないのだろうか。集落みたいだったもの。
考えたことは、昔の技術でも作れるようなスケールでつくられているということ。もちろん実際にはコンクリートブロックの構造体なのだけれど、近代にならなければ作ることができないような高さではないし、長いスパンを飛ばしているところもない。小さいスケールを積み重ねて、集合体が出来上がっている。それから、マテリアルが本物だということ。日本のように変なイミテーションの素材ではないし、使っていけば、いい具合に汚れていき、汚れたら住民の手で塗りなおすことができる素材であるということ。また城壁内の町並みから抽出したデザイン要素をしっかりと組みこんでいるということ。白い壁や、ところどころアクセントとして塗られる黄色、道路名を示す看板や番地を示すタイルなど。そして、やっぱりスケールも旧市街のスケールと似ている。一つ一つの住宅のプランにはいくつかのパターンがあり、それらを組み合わせて住宅群ができていると思うのだが、それらを感じさせない外観。窓枠が違ったり、黄色いアクセントが塗られていたり、斜面に建っているので、少しずつ高さが変わっていたり。それらの要素によって、そこが計画された都市ではなくて、集落のような感覚をもたらしている。そういう話を友達としていたら、やはりガルダイアに行かなきゃといわれる。彼はずっとガルダイアに行きたいと言っているのだけれど、僕は危ない気がしてあまり乗りきれていない。でもせっかくの機会だから、そういうことになったら、流れに身を任せて、首を突っ込んでみよう。だって、危ないよって言って安全な暖かい部屋の中にいるより、そっちの方が断然面白そうじゃん。 流れに身を任せるってやっぱり大事。
旧市街の住宅の壁のレイヤとシザのキンタ・ダ・マラゲイラのそれ。何となく似ているよね、やはり。光が強くて、割と低い位置から太陽が差し込むから影の落ち方が美しい。こっちは日差しが強いから日影が本当に大事になる。設計するにあたって、日影の空間をどのように作っていくか、そしてそれをどのように美しく見せるかということはとっても大事だと感じる。
エヴォラにはあと2回ぐらいは行くだろうな。唐突だったし、時間が短かったけれど本当に楽しかった。ありがとう。そうそう、そういえばその彼女の友達がこのシザの住宅群の中に住んでいるということで連絡をとってくれたのだけれど、あいにく外出中だった。残念。 でも、二人とも本当にありがとう。とても親切だし。すごく楽しかったです。

