北前船の栄華のあと | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、さて今日は青森県の十三湊に向かいます。

 

十三湊(とさみなと)ってほとんど知られていませんよね。

 

でも、ぼくはここへ行きたかった。

 

なぜなら、北前船が北海道に渡る前に、ここで停泊して津軽海峡を渡るタイミングを見計らっていたのです。

 

北前船は、はるばる大阪から北海道(蝦夷地)に日本海伝いに時計回りに向かいましたが、ほとんどの航海は陸伝いでした。

 

北海道は目と鼻の先の距離で目視できますが、ここを渡るにはやはり陸伝いとは違う特別な緊張を強いられたでしょう。

 

もちろん北海道から帰る時も十三湊に停泊したことでしょう。

 

 

 

行ってみて初めて分かりましたが、日本海と十三湖とは狭い水路で結ばれているのです。(いまは短い橋が架かっています。)

 

日本海からこの狭い水路を通って北前船は十三湖に入って停泊したのです。

 

荒々しい日本海の影響を受けずに安全に停泊できたのです。

 

すると、船員相手とする商売が盛んになり、経済的に潤ったのは当然です。

 

↓十三湖です。

 

 

対岸は遥か遠くに見え、どれほど大きな湖かわかりますね。

 

 

ここをどれほどの数の北前船が埋め尽くしたのか、想像するのは楽しいですね。

 

ところがその繁栄の手がかりはどこにも見当たりません。

 

唯一この案内板だけです。

 

 

この裏に大きな町屋跡が発掘されました。

 

ぼくはここに資料館くらい建っているものだと期待していたんですがね。

 

江戸時代に大繁栄したことを示すのがこの立て看板一つとは・・・。

 

ホントーにがっかりしました。

 

もし観光地として整備したとしても、こんな辺鄙なところにわざわざ東京から来るなんて物好きはぼくくらいなのです。

 

要は資金を投じても観光地として成り立たないのです。

 

ドライブで約780kmという距離は本当に遠かった。

 

正直がっかりしました。

 

でも、当時の大繁栄の形跡の手がかりがない寂れた土地に立って、歴史の流れの虚しさを肌で感じたのは無駄ではありませんでした。

 

来て見なきゃ分からない。