・・・・・・・っということで、ビミョーな話題を扱っていることは自覚しています。
リスクを承知で取り上げています。
↓このブログの続きです。
上のブログでの黒人に対するぼくの見方は、ステレオタイプじゃないかと批判されるかもしれませんね。
黒人だって多様であることは百も承知で書いているわけで、リズム感のない黒人だっているのは知っています。(^^ゞ
ケニアを初めて訪問したとき、体格の良さ(美しさも含め)に圧倒されました。
彼らが奴隷にされた理由が妙に納できたのです。(こういう現地で感じたことは大切にしたいのです。)
おりしも大航海時代、綿花栽培に大量の労働力が必要とされたわけで、欧米人が彼らに着目した理由が理解できます。
のちの三角貿易につながるのですが、こういうドライな発想はいかにも白人らしいと思うのです。
もちろん善悪(道徳感)は別にしています。
当時の彼らとて、黒人が人間であることくらい知っていたはずです。
姿形が同じで、しかも言葉を理解するのですから。
ところが、無理やり人間ではなく「家畜」と考えたのです。
こうやって心の中の良心の声を黙らせたのです。
日本人がなかなか理解できないところですが、そこには歴史的背景があったのです。
例えばローマ時代、戦争に勝利した側は敗者を奴隷にすることは当然の権利と考えていました。
奴隷は便利な労働力として売り買いされました。
こういう素地があるから、アフリカで暴力をもって組織的に労働力を手に入れることへの道徳的なハードルは低かったのです。
歴史とは皮肉なもので、その後の産業革命によって人間の労働力は機械に置き換わっていきました。
「奴隷制は人道主義によって終わったのではなく、資本主義の発展によって採算が悪くなったから廃止された」(経済史家のエリック・ウィリアムズ)との説があことを知って驚きました。
アメリカ人には(特に誰かさんは)この歴史認識が必要でしょう。
欧米人に残る人種差別や移民排斥のルーツはここにあると思うのです。
とはいえ、人種差別は人間の宿痾ともいえます。
フランス代表に対しての発言者を批判するのは簡単ですが、この問題を考えるとき、歴史はとても役立つと思うのですが。

