・・・・・・・っということで、西日本の大部分が梅雨明けしましたね。
いつも不思議に思うのですが、「梅雨入り」「梅雨明け」宣言って必要なのだろうか?
週間予報とか、月間予報を見れば雨の傾向がわかります。
梅雨明け宣言後に雨が続いたら、宣言した気象庁にとってかえってリスクじゃないでしょうか?
だから、最後に「・・・したもよう」と付けるのでしょうが、別に宣言する必要ないでしょう?
関東地方はほぼ梅雨明けしたとみんな知っているのに、月曜頃にちょこっと雨が降る可能性があるだけで、宣言を渋っています。
責任を取る気がさらさらないのなら、宣言なんてやめた方がいいとぼくは思うのですが。
まあ、「季節のご挨拶」程度だと認識しています。
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ぼくは定年退職後、目黒区のある施設に再就職したことがあります。
マニュアルだらけなのです。
各自のコップを間違わないように写真に撮って印刷していたのには呆れました。
自分のコップくらい自分で洗うワ。
お茶だって自分の好きなときに好きなものを飲むワ。
基本にあるのは「善意」です。
こういうサービスや決まりを作れば自分も困らないし、客にも迷惑がかからないだろうという善意です。
そして、マニュアル化する。
時が経つにつれ、そのマニュアルはどんどん増えていく。
その結果、善意によるサービスが本来やらなければならない本業を邪魔をする結果になるのです。
学校の先生も、銀行の女子社員も、増えるばかりの作業によって本来の仕事が疎かになってしまっている。
残業が増え、自宅へ持ち帰る仕事が増え、自分で自分の首を絞めている。
これって、日本人の悪い癖です。
その根本に「善意」があることが厄介なのです。
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日傘が必要か雨傘が必要か。
何を着ていくか。
洗濯が乾くかどうか。
そんなこと大きなお世話だっていうの。
正確な天気予報をしてくれさえすればそれでいいのヨ。
日本人は足し算が得意すぎて、引き算が苦手だと言われる所以です。
