・・・・・・・っということで、多分多くの人が感じていながら、あまり口にしないことを書いてみます。
それは、「パンダパンダと騒ぎ過ぎではないか」という疑問です。
愛らしい動物であることは確かですし、その気持ちはよく分かります。
けれど、騒げば騒ぐほど、相手国にとっては“使える材料”になるのも事実でしょう。
野生動物を「外交の道具」として扱うことに、どこか違和感を覚えます。
テレビでは「これで日本からパンダがいなくなる」と連日報じられ、特別機まで仕立てて送り届けるそうです。
少し過剰ではないかと感じませんか。
大人が見られなくなることを惜しみ、涙を流す。
その一方で、相手はこれを「影響力の象徴」として受け取っているのです。
もちろん、ぼく自身も子どもが小さい頃、上野動物園に連れて行きました。
楽しい思い出でしたが、一度見れば十分。
日本人は優しい。
けれど、その優しさが時に「弱さ」と受け取られることもあります。
特別機の費用が税金で賄われているのだとしたら、なおさら考えさせられます。
最初に来日したときは貨物扱いだったパンダが、今や国を挙げた一大イベントになる。
その変化自体が、パンダ外交という言葉の意味を物語っているように思えるのです。
かわいらしさの裏側にある「政治」にも、少し目を向けてみてもいいのではないでしょうか。
報道官は、会いたけりゃこっちに来いと言い放ちます。
それでいいのじゃないでしょうか。
