・・・・・・・っということで、聖トマスはキリストの使徒12人のうちの一人で、最後の晩餐にも参加しています。
ぼくは彼が好きです。
キリストが磔になって死んで埋葬されたのに復活したのはご存知でしょうが、トマスだけは復活を疑ったのです。
普通、死者が蘇るってあり得ないですよね。
多分トマスはキリストの埋葬も手伝ったはずです。
そこにキリストが現れたのですから、この人物は本物のキリストか?と疑うのは当然です。
彼のすごいところは、キリストが槍で突かれた傷に指を突っ込むことまでしてようやく納得したことです。
ぼくの好きなカラバッジョがそのシーンを描いています。↓
キリストはその時、「見ないで信じる者は幸いである」とイヤミを言ったと伝えられています。
キリストは神の子、外見は人間だから神であることを信じさせるには「奇跡」を起こさなくちゃならない。
だから、聖書には奇跡の話がたくさん出てくるんです。
「とにかく信じろ」という態度では科学は進歩しません。
疑って疑って、調べて実験して結果から正しいか正しくないかの結論を出す。
トマスはそういう科学的な態度をとった人なのです。
だから好きなのです。
そのほかマリア様が昇天した時も、墓が空っぽだったためトマスは疑いました。
そのとき、天からマリアが身につけていたベルト?が落ちてきたというおまけの話があります。
トマスはその後インドまで行き、布教に努めました。
最後は領主の反感を買い、槍で刺されて殉教します。
イエスの槍の傷に指を突っ込んだ彼が槍に刺されて死ぬとは、皮肉ですね。
ぼくがキリスト教で嫌だなぁ〜と思うのは、奇跡という(姑息な)手段を用いて信じさせようとしていることです。
疑り深いトマスでさえ信じざるを得なかったんだよ、という理屈の展開は何か小賢しいように感じるのですが。(^^ゞ
「子は怪力乱神を語らず」のほうがずっと潔い。

