・・・・・・・っということで、アメリカの指導者はトランプ、ロシアの指導者はプーチン、じゃあ中国の指導はというと習近平ですよね。
この3人を見比べてみると、なかなか面白い。
中でも習近平氏は本人からの発信が極端に少ない。
作り笑いを浮かべているけれど、挙動を見ていると「有能そうに見えない」のです。
ここで何度も指摘していますが、共産党の前提は、党は誤らない、路線は常に正しい、そして指導部の判断は歴史的必然であることです。
共産主義は国家が定める計画経済によって運営されるのが基本ですからね。
でも人間は間違えるの生き物だから、ここに共産主義の最大の問題(弱点)があるんです。
胡錦濤時代までは、まだ「集団指導体制」でした。
ソ連もこのスタイルでしたが、意見が割れ、責任が分散されると、誤りも水面下で修正できたのです。
ところが経済が行き詰まり、どうしても共産主義に市場経済を持ち込まざるを得なくなった。
看板は共産主義を掲げたまま、資本主義のような民間における競争原理を導入したのです。
ただし、行き過ぎると党が介入しますよという条件付きです。
当然のことながら、経済成長の限界、格差拡大、民族問題、米中対立という問題が噴き出してきたのです。
それまでの集団指導体制ではなく、よりカリスマ性を持った指導者が必要になったのです。
その指導者は間違っても間違っていないと言い張れる人物であることが条件です。
習近平は、カリスマは弱いし、発想は保守的だし、柔軟性も乏しい。
しかし彼は個人崇拝に耐えられる、権力集中に違和感を持たれない人物と見なされたのです。
一般的な尺度では、「良い指導者」とは間違いを認められる柔軟さを持ち、周囲に異論を言わせる度量があって、自分を疑える人物とされます。
習近平はこれと真逆の人物なのです。
たぶん彼は有能な人物なのでしょうが、そう演じなければならない宿命を背負わされているのです。
面白いことに、トランプは間違いを認められる制度の国の指導者でありながら、彼は断じて認めようとしませんね。
プーチンは間違っていても力ずくで押し通せる指導者。
習近平は間違っていないことにしなければならない指導者。
同時代にこのように厄介な指導者たちが揃うのは歴史の不思議なところですね。
