民主主義はどうなっちゃうのか(その2) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、資本主義と民主主義をゴチャ混ぜで書いています。<(_ _)>

 

前回は共産主義(社会主義もゴチャ混ぜです(^^ゞ)の欠点を挙げました。

 

それに対して資本主義の強みは何でしょう?

 

多様性を認めること(トランプは違いますが)、自由な競争を許すこと、批判を許容することによって自己修正機能が期待できることです。

 

民主主義も自己修正機能が期待されています。

 

それは、選挙による政権交代、言論の自由、多様な立場からのチェック機能、三権分立というシステムがあるからです。

 

資本主義の自己修正能力とは、競争によって不正が淘汰される、市場が失敗を調整する、古い産業は淘汰され新陳代謝が起きることです。(淘汰される方は辛いですが。)

 
では、これらの自己修正機能はどうすれば成立するのでしょう?
 
「共通の事実」があるからこそ成立するのです。
 
しかし現代は、その「共通の事実(ベース)」が揺らいでいます。

 

SNSに仕組まれたアルゴリズム、フェイクニュースなどによってエコーチェンバーや陰謀論が罷り通るようになり、有権者が異なる事実の中を生きるようになったからです。

 

もはや「事実に基づく議論」が成り立たなくなってしまったのです。

 

これが民主主義の危機です。

 

現代はマルクスが予言した通りになっているのです。

 

グローバル資本、巨大企業(GAFA)による寡占、不動産価格の高騰、医療・教育の高コスト化、中間層の解体がそれです。

 

これらによって、富の偏在が極端に進んでいます。

 

その結果、経済政策が政治の人気取りに堕してしまっているのです。

 

いわゆるポピュリズムですね。

 

こう見ていくと、トランプ現象そのままですね。(ーー゛)

 

いろいろ問題のある人物ですが、時代を象徴しているとも言えるのです。

 

いま社会は不満だらけです。

 

物価高騰による生活苦は極端な貧富の差を生み、一握りの富裕層がますます肥満化しつつあるのが現代の社会です。

 

社会をまとめようにも「共通の事実」が失われてしまっているのですから、「自己修正機能」が上手く働くはずがありません。

 

そうなると、「共産主義(社会主義)」が魅力的に見えます。

 

何たって目指しているのが私有財産の否定、完全なる平等、貧富の差のない労働者のための社会であって、それは計画経済によって実現すると説いているのですから。(究極的には国家を否定しているんですヨ。)

 

共産主義がどういう運命を辿ったか、例を挙げるまでもないのです。

 

ですから、ぼくたちはどうしても民主主義を死守すべきなのです。

 

そのためには、自己修正機能が正常に働くようにしなけらばならないのです。

 

どうやって?

 

民主主義の基本は「共通の事実」を持つことです。

 

じゃあ「事実って何なんだ?」となりますよね。

 

これは国民の事実を見る目を養うこと以外にないのです。

 

ここで、悲観論と楽観論に分かれます。

 

ぼくはどちらかというと悲観論なんですね。(;^_^A

 

ぼくの人生は残り少ないですから、これからの民主主義に期待を持ちながら死にたいと切に願うのであります。