和船について | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
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・・・・・・・っということで、船に多少興味がある人なら知っていることばかりです。

 

北前船が代表例ですが、「和船」は四角い帆です。

 

海外の船(洋船とします)は三角帆(四角い帆との組み合わせも)です。

 

和船は基本的に「追い風」でしか運用できません。

 

洋船は向かい風でもジグザグに風上に向かっても運用できます。

 

もうひとつ和船の大きな特徴は船底が平で、箱のような形をしています。

 

一方洋船は竜骨(キール)を基準に肋骨状にフレームを作り、それに板を貼り合わせて造られています。

 

日本人は船を「箱」として捉えました。

 

和船は社殿の延長線にある「建築物」のように見えますよね。

 

西洋は船をVesslというように全体を「容器」として捉えました。

 

その結果空間が広く確保できるのと同時に、上からの海水の侵入を防ぐことができました。

 

この違いは「復元力」に大きな影響を与えます。

 

なぜなら、底が平らな和船は高いマストが立てられないのです。

 

・・・・・・・

 

この構造的な違いは「遠洋航海」の性能に大きな影響を与えます。

 

答えは単純、和船は遠洋航海に向かないのです。

 

優秀な日本人がなぜ和船で満足したのか?その疑問に対する説明はつきます。

 

大前提として、江戸幕府は外洋船の建造を禁止したことがあります。

 

もうひとつの理由として、遠洋航海をする必要がなかったのです。

 

北前船は季節風の変化に合わせて、追い風だけで北海道と瀬戸内海間を往復できるのです。

 

和船は平底ですので浅瀬に有利です。

 

「見える範囲」での航海しかできませんが、沿岸航海だけでニーズは満たされたのです。

 

日本は強い海流に囲まれていますので、「操船」はとても難しいのです。

 

その結果日本の船乗りの風を読む力、海流を読む力、危険な海域を回避する力は鍛え上げられました。

 

いかにも日本らしい「名人芸」を身につけた船乗りが養成されたのです。

 

・・・・・・・

 

とはいっても、外国との外交あるいは通商するためには外洋船が不可欠でそのニーズがなかったはずがありません。

 

(鎌倉時代に源実朝が唐船を建造しようとして失敗した例は有名ですね。)

 

その典型的な例が「遣唐使」でした。

 

これについては(気が向いたら)続きを書きます。