・・・・・・・っということで、現在進行形の2025年には全く興味ない自分ですが、1970年に開催されたEXPO'70には興味津々でした。
当時ぼくは17歳。
超貧乏な高校生でした。
中学生時代から自分には「放浪癖」があるのではないかと薄々気づいていました。
なぜなら自転車を漕いで関東周辺を旅行していたからです。
利用する宿はユースホステル。
ウン、貧乏だった。
そんな若きバックパッカーにとって、大阪万博の誘惑は強かった。
そこで考えたのが、東名高速道路の料金所の前で、「大阪に行きたいです」というプラカードを持ってヒッチハイクすることです。
実際に深夜に自転車を漕いで料金所まで下見に行ったくらい、本気でした、
流石にその計画を聞いて両親はマズいと感じたのでしょう、大阪までの旅費を出してくれました。
東海道線を大阪まで各駅停車で行きました。
テントを背負っていきました。
忘れもしない会場に近い茨木(いばらき)市駅で降りて近くの河原にテントを張りました。
いま調べると安威川(あいがわ)という川だったのですね。
ものすごい蚊の攻撃で、一睡もできませんでした。(;^_^A
翌日は、寝不足のまま万博会場を夢遊病患者のように彷徨しました。
あの時の目玉はアメリカ館の月の石の展示でした、
何時間並んだのだろう?
当時ぼくは星空ウォッチングにのめり込んでいて、毎晩天体望遠鏡で夜空を覗いていました。
「月をこんなに近くで見たのは感動っ!!」というのが当時のぼくの感想です。
もう一つの目玉はソ連館でした。
それもものすごく並んだ。
覚えているのは各パビリオンの冷房が強くて、外に出た途端クシャミが出ることでした。
あの頃は海外など一ヵ国も行ったことがなく、万博は外国を身近に感じるチャンスでした。
あの時の来場者数は6421万8770人だったそうです。
そしてExpo2025年の来場者数は2500万人を超えたそうです。
えっ?!
