・・・・・・・っということで、中央アジアの感想をまとめます。
ぼくの旅では恒例ですが、このまとめがぼくの旅の目的であり、いちばん大事なことなのです。
いわば、これを書くために旅行に行くと思っていただいても結構です。
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中央アジアはぼくにとって未知の世界でした。
そこに行こうと思ったのは、全くの偶然でした。
4月に行った南米旅行で初めてパックツアーに参加しましたが、何も考えない旅行の何とつまらないことか。
分かっちゃいたけど、ぼくの旅行スタイルは一人旅しかないと再認識させられました。
前回の鬱憤を晴らすために、次はちょっとハードルが高い、すなわち多少の困難が予想される場所に行くと決めました。
一度も行ったことがない発展途上国で、物価が安く、治安が比較的良く、そして言葉が全然通じない国という条件で消去法で絞った結果が中央アジアだったのです。
そうか、憧れのサマルカンドはウズベキスタンにあるのか・・・と初めて知った次第です。(;^_^A
どうせ行くなら近隣諸国も行きたい、交通の便を考えてウズベキスタン、キルギス、カザフスタンの3カ国に決めました。
これら諸国はシルクロードの中継地点、いわゆるオアシス国家と言われています。
シルクロードというロマン溢れるネーミングは以前から眉唾だと思っていたので、確かめるいいチャンスでもありました。
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結論から言うと、「国の形とは」を深く考えさせられました。
現代は、この「国の形」を再認識する必要に迫られていると思います。
日本人は国の形など考える機会はありません。
なぜなら、極東にある離れ小島に住むのが日本人だと、昔から決まっているからです。
ところが、逆にそういう国は世界において非常に稀で、国の形をしっかり定義しないと、国家としての存続がすぐに危うくなるのです。
ガザ戦争、ウクライナ戦争は現在進行形ですが、元を正せば国の形を決める戦争です。
戦争中ではないものの、アメリカでも最重要課題なのがこの国の形なのです。
アメリカはそもそも移民国家であり、国の形を定義するには憲法しかないのです。
いわば「人工の定義による国家」です。
日本のように地理的条件で簡単に決まる国家とは違うのです。
トランプは移民排除、有色人排除、イスラム教排除・・・という線引きをして敵味方を作ることにより、彼の思い描く通りの「国の形」を定義しようとしています。
ヨーロッパも同様です。
移民を排除することによって、国の形を再定義しようともがいています。
それほど「国の形」は世界の共通の課題なのです。
ぼくには資本主義の行き詰まり、民主主義の行き詰まりと見えます。
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さて、中央アジアです。
この地域の歴史は紀元前1000年に遡ります。
乾燥地帯と草原地帯(ステップ)が広がり、農耕民(オアシス)と遊牧民(草原)が混在してきたのがこの地域なのです。
なんとサマルカンドオアシスはこの時代まで遡るのです。
その後、アケメネス朝ペルシャ(前6世紀~)、アレクサンドロス大王の遠征(前4世紀)と続き、
すでに触れた「タラス河畔の戦い」で勝利したイスラム教がこの地域を支配します(7〜8世紀)。
この時点でシルクロードを中心とした、通商の重要ハブになるのです。
上で述べた農耕民と遊牧民に加え商人の三者が混在する地域となるのです。
9~12世紀はサーマーン朝、カラハン朝、ホラズム朝などが興きます。
そして13世紀になってやって来るのがモンゴル(チンギス・ハーン)です。
彼らは、オアシス都市を破壊し尽くしました。
しかし、この地域の重要性を知ると再建・繁栄させるのです。
そして、14世紀後半〜15世紀になってティムールがサマルカンドを中心に大発展させるのです。
ティムール帝国が衰退すると分裂してハン国が林立するとともに商業は衰退していきます。(16〜18世紀)
そしてやってきたのがロシアです。(19世紀〜20世紀)
ロシアは途中1917年にソ連になり、ソ連崩壊後1991年にオアシス諸国は独立して現代に至ります。
こうやって長々と歴史を振り返ったのは、数多くの支配者の変遷があったにもかかわらず、オアシス都市は東西の十字路であり続け昔ながらの人々が紀元前からの生活形態を維持し続けたと言いたかったからです。
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さて、国家の形です。
このような歴史を辿ってきた中央アジアにとって国家とは何なのでしょう。
国家を定義するにはいくつかの要素があります。
川や山脈など自然の境界線、文化、民族、宗教、言語、歴史、憲法、敵などで、何かしら共通の「物語」か「価値」が必要です。
海で囲まれた島国では自らのアイデンティティを持つのに全く苦労しません。
それでも、国家を意識させるのに「古事記」や「日本書紀」などの「物語」を必要としたのです。
中央アジア諸国にとって、上で挙げた要素の何をもって国家と定義すればいいのでしょう。
一応「カ・ト・ウ・キ・タ」スタンと国が分かれて国境が設定されていますが、ソ連時代に勝手に引かれたものです。
宗教においてもイスラム教でまとまっていますが、仏教、イスラム、ゾロアスター、キリスト教がこの地を通って伝播していきました。
すでに述べたように生活の基盤も、農業、牧畜、通商と入り混じっています。
こうやって国の形を定義しようとしても、あまりにも要素が多すぎて、自分たちのアイデンティティを特定するのはとても難しいと分かっていただけると思います。
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ロシアの勢力圏だった時代は、そんなことで頭を悩ます必要はなかった。
ロシアの都合の良いように、国家を決められ、社会主義のもと国家の役割を与えられた。
カザフスタンはその資源の豊富さから、社会主義圏の優等生として工業化が進められた。
ウズベキスタンは農業に力を入れ、大規模灌漑事業が進められたが、アラル海消失といういかにも社会主義らしい大失敗があった。
資源の少ないキルギスやタジキスタンは出稼ぎによって収入を得ざるを得ない状態。
そして「ロシアのくびき」から解き放されたいま、中央アジアの国々は国家としての将来を自ら描かなければならない状態です。
残念なことに、「自由主義」は根付いておらず、独立後は強権的な政権が生まれています。
トルクメニスタンなどは、北朝鮮と比較されるほど独裁的な政権が支配しています。
それぞれのスタン国を比較すると下表のようになります。
長い歴史を持った地域ですが、国家としては歩み始めたばかりと言えるでしょう。
さて、今後どんな「国の形」を目指すのでしょう?
資源の豊富なカザフスタンやトルクメニスタンは経済を資源に頼る国となるのでしょうか?
その資源を狙って、「一帯一路」を掲げる中国が着々と影響力を強めています。
ロシアの影響力も依然強いでしょう。
ぼくは欧米型経済を目指して欲しくないと思っています。
遅かれ早かれ、行き詰まるからです。
アメリカもヨーロッパも(日本も)「国の形」を再定義しようともがいているではないですか。
それよりも自分たちの「多様性」を武器にした国家の形を描いて欲しいのです。
世界は多様性に否定的な動きが主流になりつつあります。
中央アジアはずっと昔から「多様性」であり続けたではないですか。
その多様性を認めなければ、ハブとしてのオアシス国家は成り立つはずがないのです。
中央アジアは自由な取引を維持することの大切さを自然に身につけているのです。
排他的であってはならないのです。
彼らは、自由経済の最大の敵は「戦争」であることを知っているのです。
この地域を支配して独占しようとする試みをイヤというほど経験してきました。
そして、どの国も結局は成功しなかったのです。
支配者が変わっても、数千年も変わらず巨大な市場が続いているのです。
そう考えると、中央アジアは時代の先を行っていると考えられます。
多様性を否定し、独占した者が勝者と考える欧米や中国の後を追う必要などないのです。
農業、牧畜、通商の全てを実に自然な形で実現させているのが中央アジアなのです。
それを念頭に置いて、今後の「国の形」を描いて欲しいと心から願うのです。
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初めてこの地を旅行して、強く印象に残ったのが「人の良さ」です。
ソ連時代を経験してなおこの人の良さの秘密はなんなのでしょう。
ぼくは、これが交易の十字路であったオアシス国家が育て上げた気質じゃないかと考えます。
ロシアのくびきが厳しい時代、海外旅行ビザが制限されていました。
アニメを通してしか知ることができなかった日本人に実際に会える喜びが伝わってくるのです。
いやいや、旅行客慣れしてないだけだよと言われるかもしれません。
そうかも知れませんが、彼らの本質はキャラバンサライで培ったおもてなしの心がそうさせると信じたいのです。
「国の形」を作っていくのはこれからです。
どうか、多様性という強みを活かした国づくりをしてもらいたいと願わざるを得ません。
それが、世界の手本となる未来を夢見て。
以上が、ぼくの中の中央アジアです。

