・・・・・・・っということで、今回旅行した中央アジアのウズベキスタン(タシケント/サマルカンド)、キルギス(ビシュケク)、カザフスタン(アルマトイ)はシルクロード上にあるオアシスです。
シルクロード全体を眺めてみましょう。
中央にある木の葉のような形をしたのがあのタクラマカン砂漠です。
(図1)
いわゆるシルクロードと言われるのは下図の通りです。
(図2)
縮尺は異なりますが、木の葉のようなタクラマカン砂漠の位置はわかりますよね。
長安を起点として西に進むと「敦煌」があります。
その敦煌から大きく3つのルートが分かれています。
どのルートも砂漠や山岳地帯が待ち構えていて困難なルートです。
以前書いたように、これらの障害物を避けてもっと北のルート「ステップ(平原)ルート(図1の緑色の帯)」を進めばいいじゃんと誰もが思いますよね。
ところがここはモンゴルなどの騎馬民族が支配する地域で、彼らがヨーロッパを侵略するときに使ったハイウェイとしてはいいのですが、商隊が通過するには危険すぎるのです。
敦煌を起点とする3つのルートは1)山岳地帯を通るルート2)タクラマカン砂漠の北側を通るルート3)タクラマカン砂漠の南を通るルートです。
図2の主なポイントを地図に落とし込むと以下のようになります。
(図3)
ウズベキスタンのサマルカンドで合流し、さらにヨーロッパに向かうことになります。
このルートを見ると、中国とヨーロッパを結ぶ大動脈のように見えます。
シルクロードとは19世紀にドイツの地理学者が名付けたもので、それを強く意識しています。
最近になって、中国が調子に乗って「一帯一路」など、中国中心のイメージをうまく利用していますね。
しかし、実際はリレー方式で商品が中国人の商隊によってヨーロッパまで運ばれることはありませんでした。
自然の障害物を超えてたどり着いたオアシスで、商品取引が行われていたのです。
ですから、シルクロードという一本の道を思い描きがちですが、通商のネットワークと考えるのが正しいのです。
もう少しシルクロードについて考えていきましょう。
つづく。



