戦術核兵器 | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、ロシアには空母が1隻と聞いて驚きました。

 

その空母「アドミラル・クズネツォフ(1990年就航)」も退役との報道があります。

 

 

驚くのが、空母は「近代兵器による破壊が容易」とロシア高官が発言したこと。

 

ぼくは以前から、空母も含め近代兵器による海上艦艇への攻撃は防ぎようがないのではと感じていました。

 

空母は地域的な紛争に対しては有効ですが、国家間の戦争では格好の標的に過ぎないのではないでしょうか。

 

調べてみると、「空母の時代は終わったのではないか」との論調が専門家の間にあるようです。

 

反面、中国は空母を急速に拡充しています。(3隻+試験中1隻)

 

アメリカは11隻もの空母を運用しています。

 

もちろん空母を中心にして護衛の艦船をセットで運用するので(打撃群?)、簡単には撃沈されないでしょう。

 

しかし、高速+軌道変更で迎撃困難な極超音速ミサイルで攻撃されれば迎撃不可能でしょう。

 

他にも無人航空機あるいは無人艦船による飽和攻撃は空母にとって新たな敵です。

 

潜水艦も依然強敵ですね。

 

攻撃する側にとって、空母はあまりに鈍重で巨大な標的であることは間違いありません。

 

・・・・・・・

 

ロシア側の決定には、明らかにウクライナ戦争が影響しています。

 

ウクライナの対艦ミサイルによって、ロシアの旗艦(モスクワ12,000ton)があっけなく撃沈されてしまいました。

 

それ以上に衝撃的なのが、海軍を持たないウクライナが無人機や無人モーターボートによって、黒海艦隊が封じ込められてしまったことです。

 

問題として捉えるべきは、空母だけにとどまらず海軍そのものの有効性に対して大きな疑問が生じたことでしょう。

 

1922年のワシントン海軍軍縮会議で各国の主力艦の保有比率で、日本が国民全体を巻き込んで喧々諤々となったことは遠い昔の思い出です。(あのとき空母は主力艦には含まれていなかったのですよ。^m^)

 

・・・・・・・

 

ウクライナ戦争では海軍の他に大きな問題が提起されました。

 

「戦車って時代遅れじゃないの?」です。

 

次々と破壊されるので、ロシアは博物館から昔の戦車を引っ張り出してくる始末。

 

さらに、戦闘機が全く活躍していませんね。

 

対空ミサイルが怖くて、パイロットが飛行を拒否しているに違いありません。

 

こうやって見ていくと、陸海空の花形兵器が軒並み時代遅れになってしまったと言っても過言ではない状況です。

 

・・・・・・・

 

ウクライナ戦争で浮き彫りになったのは、以下の現実でしょう。

 

安価な兵器が高価な兵器に勝つ

 数千万円のドローン → 数百億円の防空システムに勝利。

 

民間技術が戦争を変える

 Starlink(スペースX)→ ウクライナ通信の生命線。

 民間ドローンの軍事転用(DJIなど)

 

戦場が「前線」ではない

 サイバー空間、宇宙空間、SNS(情報戦)も戦場。

 

これらが示しているのは、金をかければ良いってもんじゃないということでしょう。

 

どの国にとっても軍事費は悩みの種です。

 

怖いのは新しい技術や戦術が登場すれば、それがゲームチェンジャーとなり、それまでの投資がパーになる可能性があることです。

 

どの時代でも戦争における真実は、「戦争はやってみなければ分からない」のです。

 

1週間で落ちると思われたウクライナがロシア相手に3年以上も持ち堪えるなんて、誰が想像したでしょう?

 

歴史ではこのような事例で溢れています。

 

ウクライナ戦争でのゲームチェンジャーはジャベリンであり、ドローンの活用であり、ウクライナ人の粘りです。

 

・・・・・・・

 

ぼくが一番恐れているのは、核兵器です。

 

このように現代の戦争の様相が予測不可能になっていくと、戦争指導者にフラストレーションが生じます。

 

ご自慢の高価な兵器が、安い兵器によって次々に破壊されていくのですから。

 

第一次世界大戦のような塹壕戦になって、時間と共に兵力が消耗していきます。

 

そんな無駄な時間に我慢ならず、「一発で決めたい」という誘惑に駆られるのはごく自然な流れです。

 

プーチンが核の使用をちらつかせるのは単なる脅しと取るのは危険です。

 

使用されるのは、おそらく戦術核でしょう。

 

戦術核とはいえ、一度発射されれば、一気に垣根は低くなり、「核は使える兵器」になってしまうのです。

 

そうなれば、陳腐化する恐れのある高価な最先端兵器に防衛予算を注ぎ込むのは無駄と考える国が増えるでしょう。

 

ぼくらは「人間の理性が問われる」危ない時代を生きているのです。