・・・・・・・っということで、「光る君へ」の最終回では、風雲急になってこれから戦が始まる=武士の時代の到来をにおわせて終えました。
じゃあ、どんな戦があったのか、気になるでしょう?
紫式部の没年を手掛かりに調べてみましょう。
亡くなった正確な年は記録が残っておらず不明ですが、一般的には1014年頃から1025年頃の間に亡くなったと推測されています。
式部日記が1013年以降記述がないこと、式部が仕えていた藤原彰子(後一条天皇の皇后)が1017年に宮廷から退いたこと。
彼女の同時代人の記録が見えなくなることから推測するしかないのです。
平安時代が終わり、武士の力が顕著に台頭するのは、1185年、源平合戦の後の鎌倉幕府の成立(1192年) ですから、紫式部が生きていた時代は平安後期とくくっていいと思います。
では、このころ起きた大きな戦は何でしょう。
1. 平将門の乱(935年–940年)
常陸(現在の茨城県)や下総(千葉県)、下野(栃木県)などを拠点に、地方豪族として勢力を拡大していた平将門が起こした反乱として有名ですね。
しかし、紫式部よりずっと前の事件で、何か東のほうに火種があることが分かりますね。
2. 前九年の役(1051年–1062年)
陸奥(現在の岩手県や宮城県)で同じく地方豪族の安倍氏が起こした戦い。
源頼義やその子・義家が活躍して鎮圧しました。
この戦いで源氏が軍事力を発揮し、武士の実力を示しました。
3. 後三年の役(1083年–1087年)
同じく陸奥地方で、清原氏の内紛が原因で起きた戦い。
源義家が介入し、藤原清衡(のちの奥州藤原氏)が鎮圧しました。
これにより、奥州藤原氏が後に栄える基盤となるいっぽう、源氏による鎌倉幕府成立に至りました。
征夷大将軍とは読んで字のごとく、夷を征服する将軍という意味ですから、関東以北は貴族社会の頭痛の種だったんですね。