・・・・・・・っということで、お隣韓国では大統領を弾劾しました。
ここまで至る経緯を見ていると、国全体がまるで「お祭り」を楽しんでいるように見えるんです。
特に彼らのデモを見ていると、アイドルのコンサートのようなノリなのです。
常日ごろ溜まっていたウップンを晴らしているような高揚感です。
そこには政治に参加するという本来の意味は、限りなく希薄になっている。
絶好のターゲットを見つけたから引き摺り下ろせと騒いでいるんじゃないですか。
要はお祭りなのです。
こういうことを言うと、彼らから反感を買うでしょう。
これこそ民意を反映する民主主義そのものだと。
だが奇しくも、同じタイミングでシリアのアサド大統領が引き摺り下ろされました。
アラブ人たちが手放しで喜ぶ光景を、これまで何度見てきたことか。
彼らの歓喜と韓国民の歓喜とどこが違うのだろうか。
一方は独裁政権からの解放による喜びで、こちらは独裁から民主主義を守った喜び。
どちらも民衆の勝利で終わった。
だが本当にそうなんだろうか?
権威主義と民主主義と、これら相反する政体の本質は、結局のところ同じではないか。
だって貴方たちの大統領は、貴方たち自身が選んだのじゃなかったのか?
人類が大きな犠牲を払って得た民主主義は正しい道であることは間違いないでしょう。
しかし、それを実行するのはとても難しいことを自覚せねばなりません。
世界同時多発的にポピュリズムが台頭してきています。
これは民主主義の危機と捉えて良いでしょう。
民主主義とは読んで字の如く、「民を主に置く」考え方です。
その民がしっかりしていないと成り立たないじゃないですか。
単に目立ちたがり屋のアジテートに引っかかり、お祭り騒ぎしている場合じゃないでしょう。
