・・・・・・・っということで、両国は民族的には東スラブ民族に属します。
ただ、そのたどった歴史が異なるので、言語や文化において違いが出てきています。
9世紀から13世紀にかけて存在した東スラブの国家キエフ・ルーシが起源です。
ビザンチンの影響を強く受けた国家でモンゴル帝国によって止めを刺されました。
キエフ・ルーシの崩壊後、ウクライナ地方はポーランド・リトアニア連合、オスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国などの支配下にあった時期があり、その過程で独自の民族的アイデンティティが強化されました。
いっぽう、モスクワを中心とするロシアはモンゴルによって支配され(タタールのくびき)、その支配下で他のスラブ民族や非スラブ民族を取り込み、広大な領土を有する帝国へと成長しました。
宗教は同じ東方正教会に属しますが、近年ではウクライナ正教会が設立され、モスクワ総主教庁と距離を置いています。
ウクライナを語る上で無視できないのがコサックの存在です。
コサックは6世紀から18世紀にかけて、ウクライナの草原地帯で形成された自由な戦士集団で、独立心が強く、軍事的な柔軟性と適応力を有していました。
ウクライナ戦争での戦いは、このコサックの特徴が発揮されていると言っていいでしょう。
ソ連時代、ウクライナは技術革新の中心地の一つであり、特に航空宇宙技術や軍事技術で重要な役割を果たしていました。
ドローンの活用をはじめとする独創的な対応力は、ロシアの硬直性と比較し、際立っています。
こうやって両国の比較をすると、辿ってきた歴史の違いが大きく影響していることがわかりますね。
それにしても、ロシアの屈折した国民性を考える上で、タタールのくびきの影響がいかに大きかったか、改めて思い知らされますね。
