・・・・・・・っということで、バルカン半島の国々を回って大いに考えさせられたのは、結局のところ「国のかたちとは」でした。
旅行して見たのは、ユーゴスラビアというかつて存在していた理想国家の無惨な失敗の結果でした。
アジアとヨーロッパを結ぶ経路にある山がちな地域。
地政学的に見て、そこは強い周辺国家の抗争の場となる必然性がありました。
土地が豊かであるからではなく、単に交通の要衝としての魅力しかありません。
彼らにとって、そこに存在する小国なんて、気に留めるだけの価値もないのです。
実際、歴史はそう動いてきました。
住んでいる小国にとっては冗談じゃない、オレたちは人間として生きる価値があると主張するようになるのは、必然でしょう。
20世紀になって、ようやくオスマントルコの支配から解き放たれたタイミングで、民族意識が高まったのは当然の成り行きでしょう。
次のオーストリア・ハンガリー帝国による支配が始まろうとしたとき、オーストリア皇太子がセルビア人によって暗殺されたのには、そういう背景があったのです。
第一次と第二次の世界大戦でも、バルカン諸国は悲惨な目に遭いました。
ところが、終盤になってパルチザンの抵抗が成功して、ソ連の手を借りずにドイツ軍の支配から解放してしまったのです。
勝利の立役者はチトーでした。
それまで散々な目に遭ってきたのは、自分たちが弱かったからだ。
弱いのは、バラバラに分かれていたからだ。
小国が結束すれば、このように勝利できるのだ。
そして出来上がったのがユーゴスラビアだったのです。
チトーは単純な理想主義者ではなかったと思います。
国家をまとめるのに、社会主義を取り入れたのが間違いだったとも思いません。
彼は工業立国を目指しました。
それには勝算がありました。
バルカンには豊富な「電力」があるのです。
水力火力両方の電力を、他国に頼ることなく自給できるのです。
セルビアの主な産業の一つに、アルミ製品があります。
アルミ製造には電力が必要なのです。
・・・おっと長くなるので、続きます。
えっ?話が面白くないって?