・・・・・・・っということで、セルビア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→モンテネグロのバルカン半島の三国を回って、心の中にモヤモヤが残ったままです。
ずっとそれを扱いかねています。
そのモヤモヤの正体は、「なぜ彼らは殺し合いをしたのか?」という疑問です。
ギリシャのリゾート地であるロードス島にいて、あの殺伐とした世界との対比を考えざるを得ないのです。
あくまでぼくの印象ですが、男の心がどこかささくれているのです。(女性は別ですよ。)
いまは平和ですから、そんな部分は見えません。
しかし、表面には現れていないだけで、心の奥底にあの殺し合いの記憶が解決されないまま残っているのじゃないか。
ぼくが恐れるのは、なにかのきっかけでまた爆発しないかということです。
民族浄化という限界まで過激化した原因は、チトーがユーゴスラビアという理想国家でまとめたことにあるような気がするんです。
民族、宗教、歴史のバックグラウンドが異なる(弱い)国をまとめて、(第三極として)強力な社会主義国家となるのがチトーの理想でした。
それがあまりも理想的であったために、国民の我慢も大きかった。
その我慢の反動が、あの血塗られた紛争を生んだのではないでしょうか。
・・・つづく。
