・・・・・・・っということで、ラグビーの起源は1823年で、今年が200年なんですね。
チームに分かれてボールを中心に競技をするという発想は、紀元前からありました。
まあ、人間の本能に属する競技といっていいんじゃないでしょうか。
エリスという青年が、ボールを持って走ったのが最初という伝説は有名ですね。
それまでは、サッカーとラグビーは明確に分かれておらず、混在していたそうです。
1850年代までにはイートン校を中心とする「手を使うことを制限するルール」と、ラグビー校を中心とする「手を使うことを許可するルール」との二大勢力に収束していったのだそうです。
両方とも、イギリスのパブリックスクールで進化したところが面白いですね。
ボールを中心に奪い合うのですから、本質的に「危険で暴力的」な競技なのです。
それをいいことに、上級生が下級生を「イジメる手段」で使っていたところがイギリス人らしいですよね。
どんだけ野蛮な人種なんだって思いますね。
ところが、イギリス人の偉いところは「スポーツ」として昇華させたことです。
スポーツにするには、「ルール」が必要です。
基本的な面白さを損なわずに、安全にするのがルールです。
何をもって安全とするか?・・・その辺の匙加減が微妙です。
ラグビーの野蛮さを見ていつも思うのは、イギリス人らしいなぁ〜です。
安全を目指したといえ、最低限の安全しか担保していないのです。
肉体同士のぶつかりこそが、観客が求めるところだと知っているのです。
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同じフットボールでも、アメリカンフットボールはずいぶん違います。
アメリカ人は、もっと過激な肉体のぶつかりを欲するのです。
しかし、怪我をしたら困る。
じゃあ、防具を着けてぶつかり合わせりゃいいじゃないかと考えるのです。
ボールを前に投げちゃいかんというルールもまどろっこしい。
同じアングロサクソンなのに、島国から大陸に移った途端、ずいぶん変わるものですね。
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ここで見落としていけないことは、彼らがルールを作るのが実に巧妙であることです。
それは政治の分野でも、経済の分野でも発揮されるということなんです。
彼らは、闘う土俵を作ることは、どんな分野でも有利であるということを本能的に知っているのです。
今日の試合でイングランドに日本代表は、健闘したものの大差で負けました。
日本が彼らに勝つまでの道のりは、想像以上に長いのです。
